転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第三十話:選ばれた明日の代償

 

 選ぶということは、残りを捨てることだ。

 

 それは理屈では理解していた。

 だが、この場所でそれをやると――

 

 “誰かの明日”を切り落とすことになる。

 

 朝。

 

 ステイ区画は、妙に静かだった。

 

 アナグマがいない。

 

 それだけで、空気の密度が変わる。

 

 

「……軽くなったね」

 

 ハルが小さく言う。

 

 

「そうだな」

 

 

 ルイが腕を組む。

 

 

「だが、その分“意識”が上がっている」

 

 

 視線が増えている。

 

 誰もが、少しだけ周囲を気にしている。

 

 

 レゴシが低く言う。

 

 

「……見られてる感じがする」

 

 

「実際、見てるからな」

 

 

 俺はボードを指す。

 

 

 メモの数は増えている。

 

 内容も、より具体的だ。

 

 

『音のズレ 少しだけ戻った』

『裏口 風が一定じゃない』

『共有 人の動きが揃いすぎてる』

 

 

 ……最後のはいいな。

 

 

「“揃いすぎてる”か」

 

 

 俺は小さく呟く。

 

 

 イオリが頷く。

 

 

「不自然な同期です」

 

 

 ◇

 

 

 その違和感は、すぐに形になった。

 

 

 昼。

 

 共有スペース。

 

 

 ミナ、ノエル、そして新規の小型草食が一体。

 

 

 何気ない時間。

 

 

 だが――

 

 

 三体の動きが、揃う。

 

 

 同じタイミングで視線を上げる。

 同じタイミングで手を動かす。

 

 

 わずかに。

 

 だが確実に。

 

 

「……見てるな」

 

 

 俺は低く言った。

 

 

 レゴシが息を呑む。

 

 

「これって……」

 

 

「“外からの同期”だ」

 

 

 イオリが補足する。

 

 

「個体を直接壊すのではなく、“動きを合わせる”」

 

 

「集団を崩すやり方です」

 

 

 ◇

 

 

 対処は即断だった。

 

 

「散らす」

 

 

 俺が言う。

 

 

 ハルがすぐに動く。

 

 

「ミナ、こっち来て」

 

 

 レゴシが新規個体を誘導。

 

 

 ノエルは、その場に残る。

 

 

 動きが分断される。

 

 

 数秒。

 

 

 同期が崩れた。

 

 

「……切れた」

 

 

 ノエルが小さく言う。

 

 

 ◇

 

 

 詰所。

 

 

「今のは明確だな」

 

 ルイ。

 

 

「個体じゃなく、“関係”を壊しに来てる」

 

 

 ハルが眉をひそめる。

 

 

「いやらしいね」

 

 

「合理的だ」

 

 

 俺は答える。

 

 

「ここは“関係で持ってる場所”だ」

 

 

 イオリが頷く。

 

 

「だから、そこを崩す」

 

 

 ◇

 

 

 その対策として――

 

 

 新しいルールを入れる。

 

 

 ・固定配置をやめる

 ・意図的に動線を変える

 ・“ズレ”を常態化させる

 

 

「揃わせない、ってこと?」

 

 ハル。

 

 

「そうだ」

 

 

「安定しなくならない?」

 

 

「する」

 

 

 即答。

 

 

「だが、崩されるよりマシだ」

 

 

 ◇

 

 

 夕方。

 

 

 ミナが、少しだけ変わっていた。

 

 

「……分かる」

 

 

 小さな声。

 

 

「何が」

 

 

「揃う感じと、ズレる感じ」

 

 

 目が、以前よりもはっきりしている。

 

 

「今は、ズレてる」

 

 

「それでいい」

 

 

 俺は言う。

 

 

「ズレてる方が、安全だ」

 

 

 ◇

 

 

 だが――

 

 

 その夜。

 

 

 別の形で、代償が来た。

 

 

 リナだ。

 

 

 個室で、座り込んでいる。

 

 

「……疲れた」

 

 

 小さな声。

 

 

「何が」

 

 

「分かるのが」

 

 

 ハルが静かに横に座る。

 

 

「何が分かるの?」

 

 

「音も、動きも、ズレも」

 

 

 息が浅い。

 

 

「全部気になる」

 

 

 ……来たな。

 

 

 過敏化。

 

 

 レゴシが低く言う。

 

 

「……限界か」

 

 

 俺は少しだけ考えた。

 

 

 ここで抑えれば――

 

 “見る力”は落ちる。

 

 

 だが、放置すれば――

 

 壊れる。

 

 

(……どっちだ)

 

 

 その時。

 

 

「止めます」

 

 

 イオリが言った。

 

 

 全員がそちらを見る。

 

 

「観測を切ります」

 

 

「リナの“見る役割”を外す」

 

 

 ハルが頷く。

 

 

「それがいい」

 

 

 俺は数秒だけ考え――

 

 

「やれ」

 

 

 と答えた。

 

 

 ◇

 

 

 その夜。

 

 

 リナから、“見る役割”を外した。

 

 

 ボードには近づけない。

 共有スペースの滞在時間も制限。

 

 

 代わりに――

 

 

「これだけでいい」

 

 

 ハルが、小さなカップを渡す。

 

 

「飲むこと」

 

 

 リナは、それを見つめて――

 

 

 ゆっくりと頷いた。

 

 

 ◇

 

 

 詰所。

 

 

「……一つ削ったな」

 

 ルイ。

 

 

「そうだ」

 

 

「基準から外れたわけではない」

 

 イオリ。

 

 

「だが、“役割からは外した”」

 

 

 レゴシが小さく言う。

 

 

「……それも“切る”か」

 

 

「違う」

 

 

 俺は首を振る。

 

 

「これは“戻す”だ」

 

 

 ◇

 

 

 夜明け前。

 

 

 ボードの前。

 

 

 ノエルが立っている。

 

 

「……減った」

 

 

「何が」

 

 

「書く人」

 

 

 確かに。

 

 観測者は減った。

 

 

「それでいい」

 

 

 俺は言う。

 

 

「無理に増やす必要はない」

 

 

 ノエルは少しだけ考えた後――

 

 

「……じゃあ、私は書く」

 

 

 そう言った。

 

 

 ◇

 

 

 空が明るくなる。

 

 

 また一日が始まる。

 

 

 だが、この場所の意味は、さらに変わった。

 

 

 ただ選ぶだけじゃない。

 

 

 選び続ける。

 

 

 それが、この場所の本質になった。

 

 

 そして、その代償は――

 

 

 確実に、積み重なっていく。

 

 

 ――メインクーンの俺が、この場所の“代償ごと”、抱え込んで前に進めてやる。

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