転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第四十話:地下に残る価値

 

 

 罠と情報は、紙一重だ。

 

 罠は、踏み込まなければ形が分からない。

 

 情報は、確かめなければ価値にならない。

 

 だから結局、やることは同じだ。

 

 

 踏み込む。

 

 

 ◇

 

 

 南部再開発区。

 

 そのさらに奥。

 

 

 地図に示されていた地点は、古い資材置き場の裏だった。

 

 表向きには、再開発予定地から外れた空白区画。

 

 行政の地図では“保留地”。

 

 不動産業者の資料では“未整備区域”。

 

 裏の連中にとっては──

 

 

 見えない物流の口。

 

 

 

 俺、レゴシ、イオリ。

 

 そして黒狼。

 

 

 四体で地下搬送路の入口に立っていた。

 

 

「……懐かしい匂いだな」

 

 黒狼が低く言う。

 

 

「来たことがあるのか」

 

 

「昔、一回だけな」

 

 

「何を運んだ」

 

 

「聞くなよ」

 

 

「聞いてる」

 

 

 黒狼は少しだけ黙り、やがて吐き捨てるように言った。

 

 

「草食のガキ」

 

 

 レゴシの耳がわずかに伏せる。

 

 

 黒狼はそれを見て、苦く笑った。

 

 

「そういう顔すんな。俺も好きでやったわけじゃねえ」

 

 

「……分かってる」

 

 

「いや、分かんなくていい」

 

 

 黒狼は入口の暗闇を見た。

 

 

「ただ、俺はここを知ってる」

 

 

 それで十分だ。

 

 

 ◇

 

 

 地下搬送路は、以前見た旧食肉処理場の支線より古かった。

 

 壁面はひび割れ、床のレール跡は錆びている。

 

 だが、完全に死んではいない。

 

 ところどころ新しい照明がある。

 

 仮設バッテリー。

 

 簡易通信線。

 

 そして、最近通った車輪の跡。

 

 

「使われてるな」

 

 レゴシが言う。

 

 

「そうだ」

 

 

 イオリが端末で壁面を読み取る。

 

 

「搬送路の番号が削られています。意図的ですね」

 

 

「記録から消したい支線か」

 

 

「あるいは、最初から記録にない」

 

 

 行政が作った地下物流網。

 

 それが裏市場に転用される。

 

 珍しいことじゃない。

 

 むしろ、この世界なら当然だ。

 

 肉の流通を“存在しないこと”にするためには、存在しない道が必要になる。

 

 

 その道を、今は別の価値が流れている。

 

 薬。

 

 個体。

 

 労働力。

 

 情報。

 

 

 全部だ。

 

 

 ◇

 

 

 十分ほど進むと、開けた空間に出た。

 

 古い中継所。

 

 天井は高く、左右に複数の支線が伸びている。

 

 中央には、簡易テーブル。

 

 まだ新しい足跡。

 

 

 そして──壁に貼られた紙。

 

 

 黒狼が近づき、眉をひそめる。

 

 

「……何だこれ」

 

 

 俺も見た。

 

 

 そこには、いくつかの項目が書かれていた。

 

 

 自制。

 

 関与。

 

 維持。

 

 戻る意思。

 

 

 俺たちの基準だ。

 

 

 ただし、その横に別の言葉が加えられている。

 

 

 再利用適性。

 

 服従性。

 

 売却不可リスク。

 

 感情残存度。

 

 

 レゴシの表情が険しくなる。

 

 

「……真似てるのか」

 

 

「違う」

 

 俺は答えた。

 

 

「反転させてる」

 

 

 俺たちは、戻すために測る。

 

 外の連中は、使うために測る。

 

 

 同じ基準を、逆向きに使っている。

 

 

 イオリが紙を一枚外し、静かに言った。

 

 

「危険ですね」

 

 

「ああ」

 

 

「これが広がれば、“保護の基準”が“選別商品の基準”になります」

 

 

 ハルがいたら、たぶん気持ち悪いと言っただろう。

 

 実際、気持ち悪い。

 

 

 だが、こうなることは読めていた。

 

 基準は武器になる。

 

 武器になれば、誰かが奪う。

 

 

「どうする」

 

 黒狼が聞く。

 

 

「潰す」

 

 

 即答した。

 

 

 ◇

 

 

 さらに奥へ進む。

 

 支線の一つから、声が聞こえた。

 

 

「──こいつは駄目だな。自制はあるが、戻る意思が強すぎる」

 

 

「じゃあ?」

 

 

「売れない。逃げる」

 

 

「廃棄か」

 

 

「いや、別用途だ。見せしめに使える」

 

 

 

 レゴシの呼吸が少し乱れた。

 

 

「落ち着け」

 

 俺は短く言う。

 

 

「分かってる」

 

 

 だが、灰色の狼の拳は固く握られていた。

 

 

 奥には、小さな作業区画があった。

 

 檻が三つ。

 

 中には二体。

 

 一体は草食の若いインパラ。

 

 もう一体は肉食のジャッカル。

 

 どちらも衰弱している。

 

 

 そして、外にいるのは四体。

 

 キツネ。

 

 犬。

 

 イタチ。

 

 そして、見覚えのあるハイエナ──グレイではない。別個体だ。

 

 

「どうする」

 

 黒狼が低く聞く。

 

 

「証拠を取る」

 

 

「その後は」

 

 

「壊す」

 

 

 黒狼が少し笑った。

 

 

「分かりやすいな」

 

 

 ◇

 

 

 イオリが端末を壁面に固定する。

 

 記録開始。

 

 音声、映像、配置、紙資料。

 

 十分だ。

 

 

 俺は一歩前に出た。

 

 

「採点中か」

 

 

 四体が一斉に振り向く。

 

 

「なっ──」

 

 

 最初に動いたのは犬。

 

 短刃を抜いて突っ込んでくる。

 

 遅い。

 

 手首を払う。

 

 顎へ打つ。

 

 落とす。

 

 

 次にイタチ。

 

 こいつは速い。

 

 床すれすれを走り、足元へ入る。

 

 だが、読める。

 

 ステイ区画に入り込んだ個体と動きが似ている。

 

 同じ訓練か。

 

 

 俺は半歩下がり、進路を絞り、横から膝で止めた。

 

 

 イタチが壁に叩きつけられる。

 

 

 レゴシはハイエナと組み合っていた。

 

 押されてはいない。

 

 だが相手も場慣れしている。

 

 

「狼が、保護施設の番犬かよ!」

 

 ハイエナが笑う。

 

 

 レゴシは答えない。

 

 ただ、相手の腕をずらし、肩を入れ、重心を崩す。

 

 

 以前のレゴシなら、挑発に揺れた。

 

 今は違う。

 

 止めるべき相手を止めている。

 

 

「……終わりだ」

 

 

 レゴシが低く言い、ハイエナを床に伏せた。

 

 

 黒狼はキツネを押さえていた。

 

 こちらは少し荒い。

 

 だが、致命的ではない。

 

 

「逃げんなよ」

 

 

「っ、離せ……!」

 

 

「嫌だね」

 

 

 黒狼の目は冷たい。

 

 だが、昔の外側の目ではない。

 

 今は“戻れなかった自分”を見ている目だ。

 

 

 ◇

 

 

 檻を開ける。

 

 インパラは怯えて動けない。

 

 ジャッカルは、こちらを睨んでいた。

 

 

「助けに来た」

 

 レゴシが言う。

 

 

 ジャッカルは笑った。

 

「助け? どこに連れてく気だ」

 

 

「ステイ区画だ」

 

 

「知ってるよ。選ばれる場所だろ」

 

 

 声に棘がある。

 

 

「俺は選ばれねえよ」

 

 

 俺はしゃがんで目を合わせた。

 

 

「誰が決めた」

 

 

「俺が」

 

 

「ならまだ保留だ」

 

 

 ジャッカルは一瞬、言葉を失った。

 

 

「……何だよそれ」

 

 

「判断は後でいい」

 

 

 俺は言った。

 

 

「今は出ろ」

 

 

 ジャッカルはしばらく睨んでいたが、やがて立ち上がった。

 

 

 ◇

 

 

 押収した資料は、想像以上に多かった。

 

 

 外側の連中はすでに、こちらの基準を分解し、自分たち用に変換していた。

 

 

 自制がある個体は、長期労働向き。

 

 関与できる個体は、運搬役向き。

 

 維持できる個体は、管理側候補。

 

 戻る意思が強い個体は、リスク。

 

 

 さらに、草食獣については“従順性”と“恐怖反応”。

 

 肉食獣については“出力”と“服従性”。

 

 

 俺たちが“戻すため”に見ていたものを、向こうは“使うため”に見ている。

 

 

 つまり、基準はもう盗まれた。

 

 

 なら次は──

 

 

 基準の正統性を奪い返す。

 

 

 ◇

 

 

 ステイ区画に戻ると、ルイが資料を見てすぐに理解した。

 

 

「これはまずいな」

 

 

「広がるぞ」

 

 

「すでに広がってる」

 

 俺は答える。

 

 

 ハルは紙を見て、露骨に嫌悪感を浮かべた。

 

 

「……最悪」

 

 

「ああ」

 

 

「これ、私たちが作った言葉が使われてるんだよね」

 

 

「そうだ」

 

 

 ハルはしばらく黙った。

 

 それから、静かに言う。

 

 

「悔しいね」

 

 

 その言葉は、重かった。

 

 

 ハルは普段、軽口で空気を逃がす。

 

 だが今は逃がさない。

 

 

「だから取り返す」

 

 俺は言った。

 

 

「どうやって」

 

 レゴシが聞く。

 

 

「公開する」

 

 

 ルイが即座に反応した。

 

「全部か」

 

「全部じゃない。だが、“基準の意味”を表に出す」

 

 

 イオリが頷く。

 

「公式化ですね」

 

「そうだ」

 

 

 基準が盗まれるなら、こちらが先に正当な意味を固定する。

 

 自制とは、服従ではない。

 

 関与とは、利用価値ではない。

 

 維持とは、搾取に耐える力ではない。

 

 戻る意思とは、商品価値を下げる欠点ではない。

 

 

 それらを、社会に言葉として出す。

 

 

 言葉が出れば、盗んだ側は“歪めて使っている”ことになる。

 

 

 ◇

 

 

 翌日、ステイ区画で小規模な公開説明会が開かれた。

 

 住民監視委員会。

 

 行政。

 

 報道。

 

 地域協力店の代表。

 

 そして、数名の保護対象者。

 

 

 壇上に立ったのは、俺だけではない。

 

 

 ルイが制度の説明をし、イオリが監査の枠組みを示し、ハルが現場の言葉に直し、レゴシが肉食獣側の自制について話す。

 

 

 そして──黒狼が立った。

 

 

「俺は、外で使われる側だった」

 

 

 短い言葉。

 

 会場が静まる。

 

 

「自制があるって言われたことがある。扱いやすいって意味だった」

 

 

 黒狼は、少しだけ拳を握った。

 

 

「でもここでは違った」

 

 

「自分で止まれるかどうかだった」

 

 

「命令を聞くことじゃない」

 

 

「自分で決めて、止まることだ」

 

 

 沈黙。

 

 

 いい。

 

 

 俺が言うより、ずっと刺さる。

 

 

 次にミナが立った。

 

 ハルがすぐ近くにいる。

 

 

「私は……怖いまま外に出ました」

 

 

 声は少し震えている。

 

 だが、止まらない。

 

 

「戻る意思があるって、最初は弱いことだと思っていました」

 

 

「でも、戻れる場所があるから、外に出られました」

 

 

「戻りたいって思うことは……逃げじゃなくて、線です」

 

 

 会場の空気が変わる。

 

 

 ハルが、少しだけ笑った。

 

 

 レゴシは静かにミナを見ている。

 

 その横顔は、前よりずっと落ち着いていた。

 

 

 ◇

 

 

 最後に俺が立った。

 

 

「基準は、個体を商品にするためのものじゃない」

 

 

 会場を見る。

 

 

「自制は、服従ではない」

 

「関与は、利用価値ではない」

 

「維持は、搾取への耐性ではない」

 

「戻る意思は、欠点ではない」

 

 

 言葉を一つずつ置く。

 

 

「これは、“社会へ戻るための基準”だ」

 

 

「これを別の目的で使うなら、それは偽物だ」

 

 

 少し間を置く。

 

 

「今後、ステイ区画および前圏観測所は、この基準の公式な運用主体として動く」

 

 

「外で似たような基準を使う者がいれば、監査対象にする」

 

 

 報道陣がざわつく。

 

 

 ルイが微かに笑う。

 

 イオリは無表情だが、満足している気配がある。

 

 

 ハルは、小さく息を吐いた。

 

 

「強引だね」

 

 

「いつものことだ」

 

 

 ◇

 

 

 説明会の後、反応は割れた。

 

 

 住民の一部は安心した。

 

 行政の一部は警戒した。

 

 裏の連中は、たぶん苛立った。

 

 

 そしてグレイは──

 

 

 笑っていた。

 

 

 夜、門前にまた封筒が置かれた。

 

 

 中には一枚の紙。

 

 

『基準の看板を立てたな。なら次は、看板を背負って戦え』

 

 

 ハルがそれを読んで、うんざりした顔をする。

 

 

「この人、いちいち詩的で嫌」

 

 

「同感だ」

 

 

 レゴシが低く言う。

 

「次、来るな」

 

 

「ああ」

 

 

 イオリが静かに続ける。

 

「正面からではなく、比較で来ます」

 

 

「比較?」

 

 ハルが聞く。

 

 

「偽物の基準で“成功例”を出す」

 

 

 ルイが頷く。

 

「そしてこちらより効率的だと見せる」

 

 

 その通りだ。

 

 

 偽物は、本物より速い。

 

 なぜなら、戻す必要がないからだ。

 

 壊れない範囲だけ見て、使える個体を流せばいい。

 

 

 表面上の成果は出る。

 

 

 だが、その先で壊れる。

 

 

 問題は──壊れるのが遅れて見えることだ。

 

 

「なら、先に暴く」

 

 

 俺は言った。

 

 

「どうやって?」

 

 レゴシ。

 

 

「偽物の成功例を追う」

 

 

 ハルが目を細める。

 

「つまり、外に出たやつのその後を見る?」

 

 

「そうだ」

 

 

 イオリが端末を開く。

 

「候補はすでにあります」

 

 

 画面に、一体の名前。

 

 

 カナン。

 

 

 種族、オオカミ。

 

 年齢十九。

 

 外側の類似施設を経由し、現在は南部物流会社に就労。

 

 

 表向きの記録では“成功例”。

 

 

 だが、三日前から勤務時間が異常に伸びている。

 

 睡眠記録なし。

 

 食事記録不明。

 

 それでも評価は高い。

 

 

 つまり──

 

 

 壊れながら働いている。

 

 

 レゴシの表情が変わる。

 

 

「行くのか」

 

 

「行く」

 

 

 ◇

 

 

 夜。

 

 出発前、ハルがレゴシを呼び止めた。

 

 

「レゴシ」

 

 

「何?」

 

 

「今度は本当に無茶しないで」

 

 

「……うん」

 

 

 ハルは少しだけ迷った後、言った。

 

 

「戻ってきて」

 

 

 レゴシは、目を丸くした。

 

 それから、真面目に頷いた。

 

 

「戻る」

 

 

 短い。

 

 けれど、十分だった。

 

 

 俺はそのやり取りを横目で見て、何も言わなかった。

 

 

 こういうものは、分析しすぎると壊れる。

 

 

 ◇

 

 

 南部物流会社。

 

 

 夜勤用の裏口。

 

 

 そこに、カナンはいた。

 

 

 灰色ではなく、黒に近い毛並みの若いオオカミ。

 

 荷物を運んでいる。

 

 動きは正確。

 

 速い。

 

 だが──

 

 

 目が死んでいる。

 

 

 レゴシが低く呟く。

 

 

「……あれは、駄目だ」

 

 

「まだ駄目じゃない」

 

 俺は答える。

 

 

「まだ?」

 

 

「壊れてる途中だ」

 

 

 だから間に合う。

 

 

 カナンが荷物を持ち上げる。

 

 その瞬間、膝がわずかに揺れた。

 

 限界が近い。

 

 

「行くぞ」

 

 

 俺たちは、夜の物流場へ踏み込んだ。

 

 

 偽物の成功例。

 

 

 それを壊している現場。

 

 

 ここを押さえる。

 

 

 そして、基準の違いを証明する。

 

 

 ◇

 

 

 俺は静かに呟いた。

 

 

「本物と偽物の差を見せてやる」

 

 

 レゴシが隣で頷く。

 

 イオリが記録端末を起動する。

 

 黒狼が拳を鳴らす。

 

 

 外で測る戦いは、次の段階へ入った。

 

 

 ──メインクーンの俺が、偽物の基準ごと、この世界の流れから叩き落としてやる。

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