転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話 作:微糖コーヒー
翌朝のチェリートン学園は、どこか“静かすぎた”。
ざわめきがないわけではない。だが、それは表層だけのものだ。奥底に、押し殺された緊張が沈殿している。
(匂うな)
昨日の裏市の気配とは違う。
これは――もっと身近で、もっと危うい“崩れ方”の兆しだ。
俺は教室の扉を開ける。
瞬間、空気がわずかに硬直した。
原因は分かっている。
俺だ。
ここ数日で、“妙な猫”として認識された俺は、もはや単なる一生徒ではない。
観察対象であり、警戒対象であり――場合によっては“脅威”だ。
(上等)
恐れられるのは、悪くない。
少なくとも、“無視される”よりはよほど扱いやすい。
席に着くと、すぐに隣から気配が寄る。
「……昨日、どこ行ってた?」
レゴシだ。
声は小さいが、明確な意志がこもっている。
「散歩だ」
「嘘だ」
「即答かよ」
思わず笑う。
レゴシは真剣な顔のまま続けた。
「匂いが……違った」
(やっぱり鋭いな)
「どんな匂いだ?」
「……血と、肉と……あと、変な安心感」
「安心感?」
「うん……おかしいと思うけど……」
レゴシは自分の感覚に戸惑っているようだった。
(それが“裏市”だ)
抑圧された本能が、一時的に解放される場所。
だからこそ、危険で――同時に“救い”でもある。
「間違ってない」
「……え?」
「そういう場所がある」
俺はそれ以上は言わなかった。
今はまだ、情報を与えすぎる段階じゃない。
「そのうち連れていく」
「……え!?」
レゴシが目を見開く。
「ただし、条件付きだ」
「条件?」
「今のままじゃ無理だ」
俺ははっきりと言い切る。
「お前はまだ、“自分”を制御できてない」
「……」
レゴシは黙り込む。
「裏市はな、“弱い肉食”から壊れる場所だ」
「弱い……?」
「力じゃない。精神の話だ」
俺は机に指をトントンと打ちつける。
「欲に飲まれるか、恐怖に潰されるか。そのどっちかだ」
「……俺は」
「どっちにもなりうる」
言葉を遮る。
「だから、鍛える」
レゴシはゆっくりと息を吐いた。
「……分かった」
(素直で助かる)
扱いやすい駒――いや、違うな。
(“核”だ)
この世界を動かす中心点。
だからこそ、壊させるわけにはいかない。
◇
その日の放課後。
トレーニングは、さらに苛烈さを増していた。
「遅い」
俺はレゴシの拳を紙一重でかわす。
「考えすぎるな」
次の瞬間、足払い。
レゴシの体が宙に浮き、地面に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
「思考と本能を分離するな」
俺は淡々と続ける。
「両方を同時に使え」
「そんなの……無理だ……!」
「無理じゃない」
俺はレゴシの胸ぐらを掴み、引き上げた。
「お前は“できる側”だ」
「……っ」
「できない理由を探すな」
そのまま突き放す。
「やれ」
レゴシの目が変わる。
迷いが、ほんの少しだけ削ぎ落とされる。
(いい傾向だ)
完全ではない。
だが、“兆し”はある。
再び踏み込んでくるレゴシ。
さっきより速い。
さっきより鋭い。
そして――
「……!」
ほんの一瞬だが、俺の頬をかすめた。
(当てたか)
初めての“有効打”。
レゴシ自身も驚いている。
「今のだ」
俺は軽く距離を取る。
「余計なことを考えてなかった」
「……あ……」
「その感覚を忘れるな」
レゴシは自分の手を見つめている。
震えているが、それは恐怖だけではない。
(自覚が芽生え始めたな)
◇
数日後。
学園内に、新たな波紋が広がっていた。
「また……出たらしい」
「え、どこで?」
「夜の寮……草食獣が……」
食殺未遂。
事件には至っていない。
だが――
(時間の問題だな)
俺は廊下を歩きながら、情報を整理する。
抑圧が強まるほど、反動は大きくなる。
裏市という“逃げ道”があっても、それは全体をカバーできるものじゃない。
(いずれ、表に溢れる)
その引き金が、今まさに引かれかけている。
「……お前、知ってるのか」
背後から声。
振り返ると、そこには――
赤鹿の生徒。
堂々とした立ち振る舞いと、圧倒的な存在感。
ルイ。
(来たか)
この学園における、もう一つの“中心”。
「何をだ?」
とぼける。
「最近の騒ぎだ」
ルイは真っ直ぐに俺を見据える。
「お前、関わっているだろう」
「随分な言いがかりだな」
「違うのか?」
「違うな」
即答。
だが、ルイは引かない。
「……妙な猫だ」
「褒め言葉として受け取っておく」
「誰も褒めていない」
ぴしゃりと言い切る。
数秒の沈黙。
「一つ聞く」
ルイが口を開いた。
「お前は、この学園をどう見る」
(直球だな)
俺は少しだけ考え――そのまま答えた。
「歪んでる」
ルイの目が細まる。
「理由は?」
「表面だけ整えて、中身が追いついてない」
俺は肩をすくめる。
「理想だけ先行して、現実を無視してる」
「……続けろ」
「その結果が、今の状態だ」
廊下の向こうで、草食獣と肉食獣がぎこちなく距離を取る。
「誰もが無理してる」
「それが共生だ」
ルイが即座に返す。
「違うな」
俺は首を振る。
「それは“停滞”だ」
一瞬、空気が張り詰めた。
「……面白いことを言う」
ルイの口元がわずかに歪む。
「なら、お前はどうする?」
「変える」
迷いなく答える。
「この構造そのものを」
沈黙。
そして――
「できると思っているのか?」
「できる」
即答。
ルイはしばらく俺を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……狂っているな」
「よく言われる」
「だが――」
ルイは一歩だけ近づく。
「嫌いじゃない」
その言葉を残し、彼は去っていった。
(接触成功)
これで、主要なピースは揃った。
レゴシ。
ハル。
ルイ。
そして――裏市。
(あとは、どう繋ぐか)
◇
その夜。
俺は寮の窓から外を眺めていた。
学園の灯り。
その裏に潜む、無数の不安。
「……そろそろだな」
小さく呟く。
崩壊は、もう始まっている。
だがそれは――
“終わり”ではない。
「再構築のチャンスだ」
俺は目を閉じる。
頭の中で、構造が組み上がっていく。
規制。
管理。
教育。
そして――
“力”。
理想だけでは足りない。
暴力だけでも足りない。
その両方を、現実に落とし込む。
「面倒だが……やるしかない」
目を開く。
その視線の先には――
まだ何もない未来。
だが。
そこに、俺は“形”を与える。
この世界の、次の姿を。
――メインクーンの俺が。