転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第四十二話:剥がされる笑顔

 

 映像は、よくできていた。

 

 明るい食堂。

 清潔な作業服。

 同僚らしき獣たちの笑顔。

 インタビューを受ける若い肉食獣。

 

 字幕にはこう出ている。

 

 “新しい再参加の形”

 “自立を支える民間モデル”

 “保護ではなく雇用へ”

 

 実に分かりやすい。

 

 分かりやすすぎる。

 

「……気持ち悪い」

 

 ハルが画面を見ながら、ぼそりと言った。

 

「同感だ」

 

 俺は答える。

 

 映像の中の若い肉食獣は、笑っている。

 種族はリカオン。

 年齢は十代後半から二十代前半。

 細身だが、動きは安定している。

 

 名前は、映像内ではライカと紹介されていた。

 

『以前は行き場がなく、危険な状態でした』

『でも、ここで働くことで、自分の力を社会に活かせるようになりました』

『もう保護されるだけの存在ではありません』

 

 台詞は綺麗だ。

 綺麗すぎる。

 

 本人の言葉ではない。

 

 暗記した文章。

 いや、暗記ですらない。

 何度も言わされて、形だけ口に乗っている言葉だ。

 

 レゴシが低い声で言う。

 

「目が……違う」

 

「ああ」

 

「笑ってるのに、全然……」

 

「戻ってない」

 

 俺が言うと、レゴシは黙って頷いた。

 

 カナンが、詰所の隅で映像を見ていた。

 まだステイ区画に来て日が浅い。

 だが、この映像の異常さは誰よりも分かるらしい。

 

「……あれ、仕事の顔だ」

 

 小さな声。

 

 黒狼が隣で問う。

 

「分かるのか」

 

「分かる」

 

 カナンは画面を見つめたまま言った。

 

「“ちゃんと笑え”って言われた顔」

 

 その一言で、詰所の空気が少し冷えた。

 

 ハルが、静かに画面を消す。

 

「助けるの?」

 

「助ける」

 

 俺は即答した。

 

「ただし、今回は救出だけじゃ足りない」

 

 ルイが椅子に腰かけたまま、目を細める。

 

「世論戦だな」

 

「そうだ」

 

 イオリが端末を操作しながら言う。

 

「映像元を追えました」

 

「早いな」

 

「粗いので」

 

 画面に地図が出る。

 

 南部再開発区から少し離れた、旧食品加工センター。

 現在は民間委託の就労支援施設として登録されている。

 

 名称。

 

 リスタート・ワークス南部支所。

 

「名前までそれっぽいな」

 

 黒狼が鼻で笑う。

 

「やってることは?」

 ハルが聞く。

 

 イオリは淡々と答えた。

 

「表向きは、未登録個体・住居不安定個体向けの短期就労支援です」

 

「実態は?」

 

「現時点では未確認。ただし、勤務記録と滞在記録に不整合があります」

 

 ルイが続ける。

 

「民間モデルとして議会に提案されている資料にも名前がある」

 

「つまり、誰かがこいつらを“ステイ区画の代替案”として押している」

 

「そうだ」

 

 俺は地図を見る。

 

「なら、潰すだけじゃ弱い」

 

 レゴシが顔を上げる。

 

「どうする」

 

「比べる」

 

 俺は答えた。

 

「本物と偽物を、同じ場所に並べる」

 

 その日の午後。

 

 ステイ区画では、緊急の内部説明が行われた。

 

 対象は利用者側。

 ミナ、ノエル、リナ、ザク、カナン、コル、ほか数体。

 

 共有スペースに集められた彼らは、不安そうだった。

 当然だ。

 外で“成功例”が流れた。

 それは、彼ら自身の不安を刺激する。

 

 自分たちは遅いのではないか。

 外の方が正しいのではないか。

 ここにいることは、甘えなのではないか。

 

 そういう疑念が、静かに湧く。

 

 だから先に潰す。

 

 俺は画面をつけ、例の映像を短く流した。

 

 空気が固まる。

 

 ザクが小さく言う。

 

「……すごいな」

 

「何が」

 

「ちゃんと働いてる」

 

 カナンが即座に首を振った。

 

「違う」

 

 全員がそちらを見る。

 

 カナンは少し震えながら、それでも続けた。

 

「あれは、ちゃんと働いてるんじゃない」

 

「止まれないだけだ」

 

 沈黙。

 

 その言葉は、誰よりも重い。

 

 ミナがゆっくりと頷く。

 

「笑ってるけど……怖い」

 

 ノエルが短く言う。

 

「目が遅れてる」

 

 リナはカップを握りしめたまま、小さく呟く。

 

「戻る場所、なさそう」

 

 いい。

 

 彼らはもう、ただ映像を受け取る側じゃない。

 測れる。

 見抜ける。

 

「そうだ」

 

 俺は言った。

 

「あれは“成果”に見せているだけだ」

 

「だが、社会はこういう映像を好む」

 

 ハルが少し苦い顔で言う。

 

「分かりやすいからね」

 

「そうだ」

 

「ここは分かりにくい」

 

 俺は共有スペースを見渡した。

 

「眠れない個体を一晩置く」

 

「戻れない個体を保留する」

 

「進んだ個体を戻す」

 

「見られない個体に、見なくていい役割を与える」

 

「外へ出て、戻ってくる」

 

「成果としては遅い」

 

 誰も否定しない。

 

「だが、壊れない」

 

 俺は続けた。

 

「少なくとも、壊れる前に戻れる」

 

 そこで、カナンを見る。

 

「それが違いだ」

 

 カナンは目を伏せた。

 

 だが、逃げなかった。

 

 夜。

 

 俺たちは作戦を詰めた。

 

 目的は三つ。

 

 一、リスタート・ワークス南部支所の実態確認。

 二、ライカの状態確認。

 三、偽基準の運用証拠確保。

 

 参加メンバーは、俺、レゴシ、イオリ、黒狼。

 

 今回はカナンは連れていかない。

 本人は行きたがった。

 

「俺も行く」

 

 そう言った時、レゴシが止めようとした。

 だが俺は先に言った。

 

「駄目だ」

 

「何で」

 

「お前はまだ戻ったばかりだ」

 

「でも、分かる」

 

「分かるから駄目だ」

 

 カナンは黙った。

 

 俺は続ける。

 

「お前は今、映像の中のライカを見て、自分を見ている」

 

「その状態で現場に行けば、判断が歪む」

 

「行かせない」

 

 カナンは悔しそうに拳を握った。

 

 だが、黒狼が横から言う。

 

「今回は待て」

 

「……」

 

「お前が現場に行くのは、そのうちだ」

 

「そのうち?」

 

「ああ」

 

 黒狼は少しだけ笑った。

 

「途中のやつが、別の途中のやつを迎えに行く日が来る」

 

 カナンは何も言わなかった。

 

 だが、少しだけ力を抜いた。

 

 ハルがその様子を見て、小さく頷いていた。

 

 こういうところで黒狼を入れた意味が出る。

 

 リスタート・ワークス南部支所。

 

 建物は、想像以上に綺麗だった。

 

 白い壁。

 明るい照明。

 清潔な看板。

 入口には、肉食と草食が並んで笑うポスター。

 

 “保護から自立へ。”

 

 嫌な言葉だ。

 

 保護を否定し、自立だけを善とする。

 それは、弱っている個体にとって非常に危険な圧になる。

 

 レゴシが低く言う。

 

「……普通の施設に見える」

 

「だから厄介だ」

 

 イオリが端末を確認する。

 

「登録上は問題ありません。清掃記録、勤務記録、外部評価、すべて整っています」

 

「整いすぎだな」

 

「ええ」

 

 黒狼が鼻を鳴らす。

 

「匂いがない」

 

「何の」

 

「生活の匂い」

 

 それは大きい。

 

 人がいる施設には、必ず生活の匂いがある。

 食事、睡眠、汗、緊張、雑談。

 

 ここには、清潔さだけがある。

 

 それは“生きている場所”ではなく、“見せる場所”の匂いだ。

 

「裏を見る」

 

 俺は言った。

 

 侵入は難しくなかった。

 

 表が綺麗な施設ほど、裏の動線は単純だ。

 見せたい場所と見せたくない場所が、はっきり分かれている。

 

 搬入口。

 資材倉庫。

 管理室。

 休憩棟。

 

 俺たちは裏の通路を進み、まず管理室の外へ出た。

 

 中から声が聞こえる。

 

「映像の反応は?」

 

「好調です。民間モデルとして支持が伸びています」

 

「ステイ区画側は?」

 

「反論準備中かと」

 

「構わん。向こうは遅い。こちらは結果を見せられる」

 

 レゴシの顔が険しくなる。

 

 黒狼が小さく舌打ちした。

 

 イオリが記録を取る。

 

 さらに声。

 

「ライカの状態は?」

 

「まだ持ちます」

 

「持つ?」

 

「投与量を抑えていますので」

 

 そこで、空気が凍った。

 

 投与。

 

 やはり薬だ。

 

「撮影はあと二回。そこまでは崩さないでください」

 

「承知しています」

 

 俺は扉に手をかけた。

 

 イオリがちらりとこちらを見る。

 

「証拠は十分です」

 

「なら入る」

 

 扉を開けた。

 

 中にいたのは、スーツ姿のアライグマと、白衣を着たテン。

 

 二体とも、こちらを見て硬直した。

 

「監査だ」

 

 イオリが言う。

 

「正式な──」

 

 アライグマが言いかけたが、俺が机に手をついた。

 

「投与記録を出せ」

 

「何のことだ」

 

「三秒やる」

 

 テンが後退する。

 

 白衣の袖口に手を入れた。

 

 注射器か。

 

 遅い。

 

 俺は机を蹴り飛ばし、その勢いでテンの手首を打つ。

 注射器が床に落ちる。

 

 レゴシがアライグマを押さえた。

 

「暴れるな」

 

「くっ、違法侵入だぞ!」

 

 イオリが端末を見せる。

 

「薬物使用の会話記録を取得済みです。緊急監査権限を行使します」

 

 アライグマの顔色が変わった。

 

 やはり、表の書類には強いが、想定外の正規手続きには弱い。

 

 ライカは奥の撮影室にいた。

 

 明るい照明。

 食卓のセット。

 壁には“自立支援プログラム修了者”のパネル。

 

 その中央に、リカオンの若者が座っている。

 

 映像よりもさらに痩せていた。

 

 目は開いているが、焦点が薄い。

 

 首元に投与痕。

 前足にも細い傷。

 

「ライカ」

 

 レゴシが声をかける。

 

 反応が遅れる。

 

「……はい」

 

「ここから出るぞ」

 

「撮影は……」

 

「終わりだ」

 

 ライカは不安そうに周囲を見る。

 

「でも、まだ笑えてない」

 

 ハルがいれば、たぶん泣きそうな顔をしただろう。

 

 俺は言った。

 

「笑わなくていい」

 

 ライカの目が、わずかに動いた。

 

「でも、笑わないと……」

 

「笑わなくていい」

 

 もう一度言う。

 

「今のお前の仕事は、笑うことじゃない」

 

「何ですか」

 

「立つことだ」

 

 ライカは、意味が分からないという顔をした。

 

 レゴシが前に出る。

 

「立てるか」

 

 ライカは、ゆっくりと立とうとした。

 膝が震える。

 

 崩れかける。

 

 レゴシが支えようとして、一瞬止まる。

 

 許可なく触れない。

 それを覚えている。

 

「支えていいか」

 

 レゴシが聞く。

 

 ライカは数秒遅れて頷いた。

 

「……はい」

 

 レゴシが支える。

 

 優しく、だが確実に。

 

「大丈夫だ」

 

「……大丈夫じゃないです」

 

「うん」

 

 レゴシは静かに頷いた。

 

「大丈夫じゃないなら、戻ろう」

 

 ライカの目が揺れた。

 

「戻る……?」

 

「そうだ」

 

「戻る場所、あるんですか」

 

「作ってる」

 

 レゴシの声は、以前よりずっと強かった。

 

「だから来た」

 

 その直後、施設内に警報が鳴った。

 

 逃げるための警報ではない。

 外部侵入者を閉じ込めるタイプだ。

 

 通路の防火扉が下り始める。

 

 黒狼が叫ぶ。

 

「急げ!」

 

 イオリが端末を操作する。

 

「扉ロック、外部制御です」

 

「誰が」

 

「分かりません。ですが、内部ではありません」

 

 グレイか。

 あるいは別の誰か。

 

 つまり、この施設自体も使い捨てか。

 

「出口は?」

 

「搬入口側がまだ開いています。ただし三分以内」

 

「行くぞ」

 

 ライカをレゴシに任せ、俺たちは走る。

 

 途中で警備が二体。

 黒狼が先に突っ込む。

 

「邪魔だ!」

 

 一体を肩で弾き、もう一体を壁へ押し込む。

 

 荒いが速い。

 

 俺は倒れかけた警備の足元を払い、意識を刈る。

 

 イオリは後方で記録端末を守りながら、必要な通路だけを開けていく。

 

「万能か」

 

「必要なので」

 

「便利だな」

 

「自覚しています」

 

 少し余裕があるのが腹立つ。

 

 搬入口へ出る。

 

 外の空気。

 

 レゴシがライカを支えたまま出る。

 

 扉が背後で閉まった。

 

 間一髪。

 

 外には、狐がいた。

 

 安全管理局の狐。

 

 珍しく疲れた顔をしている。

 

「また派手にやりましたね」

 

「今回はそっちが遅い」

 

「否定しません」

 

 狐は施設を見上げる。

 

「証拠は?」

 

 イオリが端末を渡す。

 

「映像、音声、投与記録の一部、管理室内の文書」

 

「十分です」

 

 狐は小さく息を吐いた。

 

「民間モデル案は一旦停止になります」

 

「一旦じゃなく潰せ」

 

「手続きがあります」

 

「面倒だな」

 

「社会なので」

 

 ……その返しは正しい。

 

 ライカは、その場に座り込んでいた。

 

 レゴシが隣にいる。

 

 黒狼は少し離れて警戒。

 

 俺はライカに聞いた。

 

「ステイに来るか」

 

 ライカは不安そうに言う。

 

「でも……俺、映像に出ました」

 

「だから?」

 

「成功例って言われて……」

 

「違う」

 

 俺は短く言った。

 

「お前はまだ成功してない」

 

 ライカの顔が沈む。

 

 だが続ける。

 

「失敗もしてない」

 

「今は保留だ」

 

 ライカは、泣きそうな顔で笑おうとした。

 

 俺は遮る。

 

「笑うな」

 

 ライカの表情が止まる。

 

「今は笑わなくていい」

 

 その瞬間、ライカの目から涙が落ちた。

 

 ようやく表情が崩れた。

 

 レゴシが、黙って隣にいた。

 

 ◇

 

 翌日。

 

 リスタート・ワークス南部支所への監査と薬物使用疑惑は報道された。

 

 当然、大騒ぎになった。

 

 昨日まで“民間モデルの成功例”として流れていた映像が、今日は“偽装された成功例”として批判されている。

 

 世論は手のひらを返す。

 

 だが、それでいい。

 

 問題は、怒りの向きだ。

 

 俺たちは即座に公式声明を出した。

 

 ルイが文章を整え、イオリが法的に固め、ハルが住民向けに言葉を柔らかくした。

 

 声明の中心は一つ。

 

 “笑顔は回復の証明ではない。”

 

 これは効いた。

 

 ハルの案だ。

 

 映像で笑っていたライカ。

 だが実際には、薬と指示で作られた笑顔だった。

 

 だからこそ、その言葉は刺さる。

 

 ステイ区画には、問い合わせが殺到した。

 

 批判もある。

 支持もある。

 保護依頼も増えた。

 

 また流れが変わった。

 

 ライカはステイ区画に入った。

 

 初日は、ずっと表情を作ろうとしていた。

 誰かが近づくと笑う。

 質問されると笑う。

 食事の前にも笑う。

 

 ハルが、そのたびに言った。

 

「笑わなくていい」

 

 ライカは何度も戸惑った。

 

「でも」

 

「いい」

 

「でも」

 

「いいの」

 

 ハルは根気よく繰り返した。

 

 やがて、ライカは一度だけ、笑わずにスープを飲んだ。

 

 それだけで、ハルは小さく頷いた。

 

「それでいい」

 

 カナンが、その様子を見ていた。

 

 後でライカの隣に座り、ぽつりと言った。

 

「俺も、最初は何していいか分からなかった」

 

 ライカは、無表情のまま聞いていた。

 

「今も分からない」

 

 カナンは続ける。

 

「でも、分からなくても座ってていいらしい」

 

 ライカが小さく聞く。

 

「本当に?」

 

「たぶん」

 

 黒狼が後ろから言う。

 

「そこは言い切れよ」

 

 カナンが少し困った顔をする。

 

「……本当」

 

 ライカは、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。

 

 その夜。

 

 詰所。

 

 俺たちは次の問題に向き合っていた。

 

 偽物の成功例は剥がした。

 

 だが、その効果は一時的だ。

 

 グレイはまだ動く。

 外側の民間モデルも消えない。

 行政は、民間委託の誘惑を捨てない。

 なぜなら安いからだ。

 

 安く、速く、見栄えがいい。

 

 それは社会にとって強い。

 

 ルイが資料を置く。

 

「議会で、“公式認証制度”の話が出始めた」

 

「来たな」

 

「民間支援施設を完全に潰すのではなく、認証制にして管理する案だ」

 

 ハルが顔をしかめる。

 

「また増えるの?」

 

「増える」

 

 イオリが言う。

 

「止められません。需要があります」

 

 レゴシが低く言う。

 

「でも、また偽物が出る」

 

「だから認証する」

 

 俺は言った。

 

「こちらの基準を公式認証にする」

 

 ルイが目を細める。

 

「つまり、民間モデルを敵にするのではなく、こちらの基準の下に置く」

 

「そうだ」

 

「強引だな」

 

「今さらだ」

 

 イオリが静かに続ける。

 

「認証制度を作るなら、監査主体が必要です」

 

「お前がやれ」

 

「想定していました」

 

 即答。

 

「ただし、現場基準の監修はあなたです」

 

「面倒だな」

 

「必要なので」

 

 本当に便利だな。

 

 ◇

 

 その頃。

 

 グレイは、また映像を見ていた。

 

 ライカの偽成功例が剥がされ、批判されているニュース。

 

 隣のキツネが苛立つ。

 

「また負けたな」

 

 グレイは笑った。

 

「負けてない」

 

「どこがだ」

 

「あいつらは、基準を公式化するしかなくなった」

 

 キツネが怪訝な顔をする。

 

 グレイは続ける。

 

「公式化すれば、広がる」

 

「広がれば、管理できない場所が出る」

 

「そこに俺たちが入る」

 

 キツネは黙った。

 

「つまり?」

 

「基準が広がるほど、外側にも仕事が増える」

 

 グレイは楽しそうに言った。

 

「猫は世界を変えたい」

 

「なら俺たちは、変わった世界で稼ぐ」

 

 ◇

 

 屋上。

 

 夜風が強い。

 

 レゴシとハルが少し離れて話している。

 

 ハルが何かを言い、レゴシが困ったように笑う。

 

 その距離は、以前より少し近い。

 

 俺はそれを横目で見ながら、街を見下ろす。

 

 イオリが隣に来た。

 

「次は認証制度ですね」

 

「ああ」

 

「難しいですよ」

 

「知ってる」

 

「広げれば、必ず薄まります」

 

「薄まらないようにする」

 

「不可能です」

 

 断言か。

 

 俺は少しだけ笑った。

 

「なら、薄まっても壊れない形にする」

 

 イオリは、少しだけこちらを見る。

 

「それができるなら、制度になります」

 

「制度にするんだよ」

 

 街の光が、遠くで揺れている。

 

 偽物は剥がした。

 

 だが、偽物が出る理由は消えていない。

 

 需要。

 利益。

 安さ。

 速さ。

 見栄え。

 

 それらを上回る仕組みを作らなければ、また同じことが起きる。

 

 なら次は。

 

 ステイ区画だけでは足りない。

 前圏観測所だけでも足りない。

 

 この世界そのものに、基準を刻む。

 

 ──メインクーンの俺が、偽物が生まれる余地ごと、この社会の制度に縛りつけてやる。

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