転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第四十六話:線の外にいるもの

 

 制度は線を引く。

 

 ここまでが内側。

 ここからが外側。

 

 戻れる。

 戻れない。

 

 扱える。

 扱えない。

 

 救える。

 救えない。

 

 ──そして、必ず残る。

 

 線の外にいるものが。

 

 朝。

 

 ステイ区画の詰所に、珍しい来訪者があった。

 

 狐でもない。

 議会でもない。

 民間施設でもない。

 

 単独の依頼者。

 

 ドアの前に立っていたのは、小柄な草食獣──テンレック。

 全身の針毛がわずかに逆立っている。

 

 極度の緊張状態。

 

 ハルが最初に気づいた。

 

「どうしたの?」

 

 テンレックは言葉を詰まらせながら言った。

 

「……助けて、ほしいです」

 

 その一言で、空気が変わった。

 

 レゴシが静かに距離を取る。

 威圧にならないように。

 

 黒狼は入口の外へ移動する。

 逃げ道を塞がない位置に。

 

 イオリは端末を開き、最低限の記録を開始。

 

 俺は一歩だけ前に出た。

 

「名前」

 

「……ミロ」

 

「何があった」

 

 ミロは何度か口を開きかけて、やっと言った。

 

「妹が……戻れなくて」

 

 ◇

 

 話は単純だった。

 

 妹──名前はリィ。

 小型の草食獣。

 南部の民間支援施設を経由して外へ出た。

 

 数日後、一度だけ連絡があった。

 

 “仕事はある。でも、戻れない”

 

 それが最後。

 

 その後、連絡は途絶えた。

 

 ミロは民間施設へ問い合わせた。

 

 答えは──

 

 “自立済みとして処理されています”

 

 つまり、消えた。

 

 数字の上では成功。

 

 現実では不明。

 

 ハルが、静かに言った。

 

「……どこに行ったかは?」

 

「分かりません」

 

 ミロの声は震えている。

 

「でも、戻れないって言ってて……」

 

 レゴシが低く聞く。

 

「帰り道、知ってたのか?」

 

「……多分、知らなかったと思います」

 

 それで十分だ。

 

 戻る道を知らない個体は、戻れない。

 

 当たり前の話だが、それを前提にしていない支援が多すぎる。

 

「対象施設は」

 

 イオリがすぐに答える。

 

「セカンド・ラン系列の別拠点です」

 

 あそこか。

 

 完全な偽物ではない。

 だが、戻り導線が弱い。

 

 そして、今は認証外。

 

 つまり、線の外だ。

 

 ◇

 

 ルイが冷静に言う。

 

「制度上、直接介入は難しいな」

 

「認証外だからか」

 

「そうだ。現時点では監査権限が及ばない」

 

 ハルが苛立つ。

 

「でも、このままだと消えるよ」

 

「分かってる」

 

 レゴシが俺を見る。

 

「どうする」

 

 答えは決まっている。

 

「探す」

 

「制度は?」

 

「後で追いつかせる」

 

 ルイが小さく息を吐いた。

 

「強引だな」

 

「いつも通りだ」

 

 イオリが淡々と言う。

 

「今回は“前圏観測”として扱います」

 

「線の外でも観測はできる」

 

「そうだ」

 

 黒狼が笑った。

 

「結局、やることは同じか」

 

「そうだ」

 

 ◇

 

 南部外圏。

 

 青い灯りの範囲外。

 

 戻る道の“外側”。

 

 ここは、まだ制度が届いていない。

 

 いや、届かせていないとも言える。

 

 なぜならコストが高いから。

 危険だから。

 責任が重いから。

 

 だから線を引いた。

 

 その線の外に、リィはいる。

 

「位置は?」

 

 イオリが端末を見ながら答える。

 

「最後の通信は、旧搬送路北支線付近」

 

「例の地下か」

 

「可能性が高いです」

 

 黒狼が舌打ちする。

 

「嫌な場所だな」

 

 レゴシが静かに言う。

 

「でも、戻れないって言ったなら……」

 

「ああ」

 

 俺は答える。

 

「戻る道がない場所にいる」

 

 ◇

 

 地下搬送路。

 

 以前押さえた中継所とは別の支線。

 

 空気は湿っている。

 

 足音が響く。

 

 レゴシの耳がわずかに動く。

 

「音がする」

 

「どっちだ」

 

「右」

 

 進む。

 

 やがて、小さな作業スペースが見えた。

 

 灯りは弱い。

 

 そこに、数体の獣がいた。

 

 肉食二体。

 草食三体。

 

 そして、その中に。

 

 小さなテンレック。

 

 リィだ。

 

 だが──

 

 様子がおかしい。

 

 動きが遅い。

 

 目がぼんやりしている。

 

 薬か。

 

 レゴシが一歩踏み出そうとする。

 

「待て」

 

 俺は止めた。

 

 周囲を見ろ。

 

 出口は一つ。

 通路は狭い。

 

 無理に入れば、草食を巻き込む。

 

「どうする」

 

 黒狼が低く聞く。

 

「分断する」

 

 イオリが即座に補足する。

 

「照明を落とします。三秒」

 

「やれ」

 

 灯りが落ちる。

 

 闇。

 

 その三秒で動く。

 

 俺は右。

 レゴシは中央。

 黒狼は左。

 

 音だけを頼りに距離を詰める。

 

 肉食が反応する。

 

「何だ!?」

 

 遅い。

 

 顎。

 膝。

 壁。

 

 黒狼が一体を押さえ込む。

 

 レゴシはリィの前に入る。

 

「大丈夫だ」

 

 リィは反応が遅れる。

 

 目が焦点を結ばない。

 

 やはり薬。

 

 もう一体の肉食が突っ込んでくる。

 

 俺が横から叩き落とす。

 

 短時間で制圧完了。

 

 灯りが戻る。

 

 草食三体は壁際で固まっていた。

 

 リィは座り込んでいる。

 

「……お兄ちゃん」

 

 小さな声。

 

 遅れて、認識が戻る。

 

 ミロが連れてきた写真と一致。

 

 間違いない。

 

 レゴシがゆっくり言う。

 

「迎えに来た」

 

 リィは、ぼんやりとしたまま聞く。

 

「戻れるの?」

 

「戻れる」

 

 俺が言った。

 

「道を作った」

 

 リィの目が、少しだけ揺れる。

 

「……知らなかった」

 

「今知ればいい」

 

 リィは、しばらく何も言わなかった。

 

 そして、小さく頷いた。

 

「戻る」

 

 ◇

 

 問題は、その場で終わらなかった。

 

 拘束した肉食の一体が、笑った。

 

「意味ねえよ」

 

 黒狼が睨む。

 

「何がだ」

 

「戻してどうすんだ」

 

 肉食は言う。

 

「外に出たやつを、いちいち拾ってたらキリがねえ」

 

 正論だ。

 

 だからこそ、制度は線を引いた。

 

 全ては拾えない。

 

 だが。

 

「だから拾う範囲を決めた」

 

 俺は答える。

 

「それでも外は残る」

 

「そうだ」

 

「じゃあ意味ねえ」

 

 肉食は笑う。

 

「線の外は、結局同じだ」

 

 黒狼が拳を握る。

 

 レゴシが止めた。

 

「待て」

 

 俺はその肉食を見た。

 

「お前は何だ」

 

「は?」

 

「施設か」

 

「違う」

 

「個人か」

 

「そうだ」

 

「なら、ここで終わりだ」

 

 肉食は意味が分からない顔をした。

 

「どういう意味だ」

 

「お前は制度じゃない」

 

 俺は言った。

 

「だから、潰せば終わる」

 

 短い沈黙。

 

 そして、黒狼が動いた。

 

 ◇

 

 帰路。

 

 リィはレゴシに支えられて歩いていた。

 

 足取りは不安定。

 

 だが、進んでいる。

 

 途中、青い灯りが見えた。

 

 “帰り道の灯り”。

 

 リィがそれを見て、小さく言った。

 

「……これ、何?」

 

 ハルがいれば答えただろう。

 

 代わりにレゴシが言った。

 

「戻っていい場所の印だ」

 

 リィは少しだけ考えた。

 

「最初から、あればよかった」

 

「これから増える」

 

 俺が言う。

 

 リィは小さく頷いた。

 

 ◇

 

 ステイ区画。

 

 ミロは門の前で待っていた。

 

 リィを見た瞬間、駆け寄る。

 

「リィ!」

 

 リィは少し遅れて、顔を上げた。

 

「……お兄ちゃん」

 

 二体は抱き合った。

 

 ハルが静かに目を逸らす。

 

 レゴシも何も言わない。

 

 黒狼は壁にもたれ、目を閉じる。

 

 イオリは記録を止めた。

 

 こういう場面は、数字にしない。

 

 必要なものもある。

 残さない方がいいものもある。

 

 ◇

 

 詰所に戻り、俺は記録を書く。

 

 対象:リィ(テンレック)

 状態:薬物影響下・認識遅延

 帰還:成功

 外部接続:不適合

 帰還妨害:あり(軽度)

 再崩壊:未確認

 

 そして、最後に一行。

 

 線外回収。

 

 新しい分類だ。

 

 線の外から拾った個体。

 

 制度の外にいたもの。

 

 これをどう扱うか。

 

 ルイが言った。

 

「これが増えると、制度が崩れる」

 

「分かってる」

 

「線を守るか、外を拾うか」

 

 ハルが小さく言う。

 

「どっちもやるんでしょ」

 

「そうだ」

 

「無茶だね」

 

「いつものことだ」

 

 レゴシが静かに言う。

 

「でも、やらないと……」

 

「消える」

 

 カナンが続けた。

 

 ライカも小さく頷く。

 

 黒狼が笑う。

 

「結局そこか」

 

 ◇

 

 夜。

 

 屋上。

 

 街の灯りの外側。

 

 暗い部分が、まだ広がっている。

 

 青い灯りは、そこまで届いていない。

 

 イオリが隣に立つ。

 

「線外回収を制度に組み込みますか」

 

「まだ無理だ」

 

「コストが跳ね上がります」

 

「そうだ」

 

 しばらく沈黙。

 

「ですが」

 

 イオリが続ける。

 

「今日の事例は、無視できません」

 

「分かってる」

 

 線の外にいるもの。

 

 そこを切り捨てれば、制度は軽くなる。

 

 だが、その分だけ“消える数”が増える。

 

 ならどうする。

 

 答えはまだない。

 

 だが、やることは決まっている。

 

 まずは記録する。

 分類する。

 積み上げる。

 

 そして、いつか制度に押し込む。

 

 無理やりでも。

 

 ──メインクーンの俺が、“線の外にいるもの”ごと、この世界の中へ引きずり込んでやる。

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