転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第四十七話:拾いきれないものの重さ

 

 すべては拾えない。

 

 それは最初から分かっている。

 

 どれだけ制度を整えても、どれだけ灯りを増やしても、どれだけ戻る道を広げても──

 

 必ず、手から零れるものがある。

 

 問題は、その零れたものをどう扱うかだ。

 

 見なかったことにするのか。

 仕方ないと切り捨てるのか。

 それとも、無理を承知で拾い続けるのか。

 

 どれも正しい。

 

 どれも間違っている。

 

 だから選び続けるしかない。

 

 ◇

 

 朝。

 

 ステイ区画の詰所には、いつもより静かな緊張があった。

 

 理由は一つ。

 

 線外回収が二件、同時に上がった。

 

 イオリが端末を操作しながら報告する。

 

「南部外圏、西側廃倉庫群。草食獣一体、肉食獣二体の目撃情報」

 

「もう一件」

 

「中圏外、旧鉄道跡。小型肉食複数、状態不明」

 

 ルイが眉を寄せる。

 

「同時か……」

 

「偶然じゃないな」

 

 俺は答える。

 

 黒狼が壁にもたれながら言う。

 

「“戻る道”が広がったからだろ」

 

 その通りだ。

 

 灯りが増えた。

 帰還が認知された。

 戻れる可能性が見えた。

 

 だから、線の外にいた個体が動き出した。

 

 ──こちらへ。

 

 ハルが小さく言う。

 

「いいこと……だよね」

 

「いいことだ」

 

 俺は答える。

 

「だが、同時に危険だ」

 

 レゴシが頷く。

 

「拾いきれない」

 

「そうだ」

 

 カナンが少し強く言った。

 

「じゃあ、どうするんですか」

 

 ライカも不安そうにこちらを見る。

 

 いい。

 

 その不安は必要だ。

 

 現実を見ている。

 

「優先順位をつける」

 

 俺は言った。

 

「切るんですか」

 

 カナンの声が揺れる。

 

「切る」

 

 即答。

 

 空気が少し重くなる。

 

 ハルが俺を見る。

 

 だが止めない。

 

 理解している。

 

「だが、見てから切る」

 

 俺は続ける。

 

「見ずに切るのと、見て切るのは違う」

 

 イオリが静かに補足する。

 

「観測を優先し、回収可能性と危険度で分類します」

 

 ルイが言う。

 

「今回は二班に分けるしかないな」

 

「そうだ」

 

 レゴシが一歩前に出る。

 

「俺は西側に行く」

 

 黒狼が笑う。

 

「じゃあ俺もそっちだな」

 

 ハルがすぐに言う。

 

「レゴシ、無茶しないで」

 

「しない」

 

 少しだけ間。

 

「……戻る」

 

 ハルは小さく頷いた。

 

「うん」

 

 短い。

 

 だが、それで十分だった。

 

 ◇

 

 西側廃倉庫群。

 

 古びた建物が並ぶ、半ば放棄された区域。

 

 青い灯りはまだ少ない。

 

 ここも、線の外だ。

 

「匂いがある」

 

 黒狼が低く言う。

 

「新しいな」

 

 レゴシが耳を動かす。

 

「音も」

 

 進む。

 

 倉庫の奥。

 

 そこにいたのは、予想通りの構図だった。

 

 草食一体。

 肉食二体。

 

 だが、少し違う。

 

 肉食が草食を囲んでいるのではない。

 

 三体とも、同じ方向を見ていた。

 

 こちらではない。

 

 倉庫の奥。

 

 さらに暗い場所。

 

 そこに、何かがいる。

 

「……何だ」

 

 黒狼が呟く。

 

 次の瞬間。

 

 影が動いた。

 

 速い。

 

 肉食の一体が弾き飛ばされる。

 

 壁に叩きつけられ、動かなくなる。

 

 レゴシが即座に前に出る。

 

「止まれ!」

 

 影が止まる。

 

 暗がりの中から現れたのは──

 

 大型の肉食獣。

 

 種族は……ヒョウ。

 

 だが、状態がおかしい。

 

 目が濁っている。

 

 呼吸が荒い。

 

 明らかに制御が効いていない。

 

 黒狼が舌打ちする。

 

「やべえな、これ」

 

 ヒョウは低く唸った。

 

 草食と肉食、区別していない。

 

 ただ、“動くもの”を見ている。

 

 レゴシが一歩前に出る。

 

「落ち着け」

 

 無意味だ。

 

 だが、それでも言う。

 

 ヒョウが飛び込んでくる。

 

 速い。

 

 レゴシが受ける。

 

 重い。

 

 完全に本能側へ傾いている。

 

「黒狼!」

 

「分かってる!」

 

 黒狼が横から入る。

 

 だが押し返される。

 

 力が違う。

 

 俺は距離を詰める。

 

 関節。

 重心。

 

 だが──

 

 止まらない。

 

 理性がほぼ残っていない。

 

 この状態で止めるなら。

 

 選択肢は一つだ。

 

「……やるか」

 

 黒狼が低く言う。

 

 レゴシが叫ぶ。

 

「待て!」

 

 その一瞬の隙で、ヒョウが再び飛びかかる。

 

 レゴシが踏み込み、受け止める。

 

 押される。

 

 だが、離さない。

 

「まだ……戻れる!」

 

 無理だ。

 

 そう判断しかけた、その時。

 

 ヒョウの動きが、ほんの一瞬だけ鈍った。

 

 何かを見た。

 

 草食の一体──小さなウサギ。

 

 震えている。

 

 だが、逃げていない。

 

 その目を見て、ヒョウの瞳が揺れた。

 

 ほんの一瞬。

 

 それで十分だった。

 

 俺は顎を打ち、黒狼が脚を払う。

 

 レゴシが体重をかけて押さえ込む。

 

 ヒョウが崩れた。

 

 意識はまだある。

 

 だが、動けない。

 

 荒い呼吸。

 

 そして、低い声。

 

「……戻れるのか」

 

 レゴシが息を切らしながら答える。

 

「戻れる」

 

 ヒョウはしばらく黙り、それから目を閉じた。

 

「……遅えよ」

 

 その言葉は、誰に向けたものか分からなかった。

 

 ◇

 

 結果。

 

 西側案件は、四体回収。

 

 だが、そのうち一体──ヒョウは重度。

 

 通常のステイ区画では扱えない可能性が高い。

 

 つまり。

 

 線の内側でも、扱えない個体。

 

 これが出た。

 

 ◇

 

 同時刻。

 

 旧鉄道跡。

 

 イオリとルイが担当した案件は、別の意味で厄介だった。

 

 そこにいたのは、小型肉食の集団。

 

 群れではない。

 

 寄り集まり。

 

 互いに干渉せず、ただ同じ場所にいる。

 

 そして──

 

 戻る意思がない。

 

 イオリの報告。

 

「外部接続拒否。保護拒否。帰還導線の説明にも反応なし」

 

 ルイが言う。

 

「つまり?」

 

「選ばない個体です」

 

 選ばない。

 

 戻らない。

 

 進まない。

 

 ただ、そこにいる。

 

 これもまた、線の外。

 

 ◇

 

 夜。

 

 ステイ区画。

 

 詰所に、両方の報告が揃った。

 

 空気が重い。

 

 ハルが小さく言う。

 

「……増えてるね」

 

「増える」

 

 俺は答える。

 

「灯りを増やせば、外も動く」

 

 カナンが拳を握る。

 

「全部は拾えないんですよね」

 

「拾えない」

 

「じゃあ……」

 

 言葉が続かない。

 

 ライカがぽつりと言った。

 

「でも、見た」

 

 全員がそちらを見る。

 

「ヒョウの人、戻れるって聞いた」

 

「……ああ」

 

「それ、前はなかった」

 

 静かな言葉。

 

 だが、核心だ。

 

 前はなかった。

 

 戻る道も。

 灯りも。

 選択肢も。

 

 今はある。

 

 全部は拾えない。

 

 だが、“拾えるもの”は確実に増えている。

 

 ハルが小さく頷く。

 

「それでいいと思う」

 

 レゴシが言う。

 

「俺も」

 

 黒狼が笑う。

 

「全部やろうとして潰れるよりマシだ」

 

 ルイが静かに言う。

 

「問題は、その“拾えないもの”をどう扱うかだ」

 

 その通りだ。

 

 ヒョウのように重すぎる個体。

 

 鉄道跡のように、選ばない個体。

 

 制度の外。

 制度の内でも扱えないもの。

 

 これをどうする。

 

 ◇

 

 俺はホワイトボードに書いた。

 

 線内。

 線外。

 

 その下に、新しく線を引く。

 

 緩衝帯。

 

 ハルが眉を上げる。

 

「何それ」

 

「中でも外でもない場所だ」

 

「そんなの作れるの?」

 

「作る」

 

 イオリがすぐに理解した。

 

「高負荷個体の一時隔離・観測・減圧施設」

 

「そうだ」

 

 ルイが言う。

 

「コストが跳ねるぞ」

 

「分かってる」

 

「場所は?」

 

 黒狼が口を開く。

 

「地下だろ」

 

 全員がそちらを見る。

 

「搬送路の使われてない支線、まだある」

 

「危険だぞ」

 

「だからいい」

 

 黒狼は肩をすくめた。

 

「外よりマシで、内ほど厳しくない場所」

 

「ちょうどいいだろ」

 

 ……悪くない。

 

 ハルがぽつりと言う。

 

「それ、“帰り道の途中”って感じだね」

 

 レゴシが頷く。

 

「うん」

 

 俺は決めた。

 

「やる」

 

 ◇

 

 こうして、新しい構想が生まれた。

 

 緩衝帯。

 

 線の内でも外でもない場所。

 

 重すぎる個体を、一度受け止める場所。

 

 選ばない個体を、放置せず観測する場所。

 

 戻る道の、さらに手前。

 

 そして──

 

 戻るかどうかすら、決めなくていい場所。

 

 当然、反発は来る。

 

 コスト。

 危険。

 責任。

 

 全部乗る。

 

 だが、それでも。

 

 拾いきれないものの重さを、少しでも減らすなら。

 

 やる価値はある。

 

 ◇

 

 夜。

 

 屋上。

 

 街の灯りの外側を見ながら、俺は呟いた。

 

「次は、間を作る」

 

 イオリが静かに言う。

 

「難易度は上がります」

 

「知ってる」

 

「それでも?」

 

「それでもだ」

 

 少し間。

 

「拾いきれないなら、落ちる場所を作る」

 

 イオリは、わずかに頷いた。

 

「了解しました」

 

 ◇

 

 全部は拾えない。

 

 だから、落ちる先を用意する。

 

 それが優しさかどうかは分からない。

 

 だが、消えるよりはいい。

 

 ──メインクーンの俺が、“拾いきれないものの重さ”ごと、この世界に受け止めさせてやる。

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