転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話 作:微糖コーヒー
間を作るのは、線を引くより難しい。
線は切ればいい。
だが間は、崩れやすい。
内でもない。
外でもない。
だから誰も責任を取りたがらない。
――それでも、作る。
朝。
ステイ区画の詰所は、静かな熱気に包まれていた。
ホワイトボードには、新しく大きく書かれている。
緩衝帯設計案。
ハルが腕を組みながら睨む。
「名前、ちょっと硬い」
「正式名は硬くていい」
「じゃあ呼び方は?」
「考えろ」
ハルは少し考えたあと、ぽつりと言う。
「……途中」
レゴシが反応した。
「途中?」
「うん。戻る途中でも、外へ行く途中でもない場所」
黒狼が鼻で笑う。
「曖昧だな」
「いいじゃん」
ハルは言う。
「ここって、曖昧なのが必要なんでしょ」
……悪くない。
ルイが小さく頷く。
「住民説明には使えるな」
イオリが記録に書き込む。
「通称“途中”で登録します」
「軽いな」
「機能的です」
◇
問題は、名前ではない。
条件だ。
緩衝帯を作るための条件。
これを間違えれば、ただの隔離施設になる。
それは絶対に避ける。
俺はボードに書く。
一、強制収容禁止。
二、出入り自由(ただし観測付き)。
三、武力介入は最小限。
四、観測優先・矯正禁止。
五、帰還導線接続。
カナンがすぐに反応する。
「出入り自由って……危なくないですか」
「危ない」
即答。
空気が少しざわつく。
ライカが不安そうに言う。
「じゃあ……暴れたら?」
黒狼が答えた。
「止める」
「それだけ?」
「それだけだ」
レゴシが補足する。
「止めるけど、閉じ込めないってことだよね」
「そうだ」
俺は言う。
「閉じ込めた瞬間、そこは緩衝帯じゃなくなる」
ハルが頷く。
「“途中”じゃなくなるね」
「そうだ」
◇
問題はさらにある。
誰が入るのか。
線内で扱えない個体。
ヒョウのような重度。
鉄道跡のような非選択型。
それを受け入れる。
だが、全てではない。
「基準は?」
ルイが問う。
俺は書いた。
一、自傷他害の即時危険性が管理可能範囲内。
二、完全非接触状態ではない。
三、観測可能。
イオリが補足する。
「完全に暴走状態の個体は除外です」
「つまりヒョウは?」
レゴシが聞く。
「ギリギリ対象」
俺は答えた。
「今の状態ならな」
黒狼が肩をすくめる。
「ギリギリ好きだな」
「そこを拾う場所だからな」
◇
昼。
場所の選定が始まった。
候補は三つ。
一、旧搬送路地下支線。
二、廃工場跡地。
三、南部外圏緩衝地帯。
それぞれ利点と欠点がある。
イオリが説明する。
「地下は外部干渉が少ないですが、閉鎖性が高くなります」
「廃工場はアクセスが良いですが、民間との接触リスクが高い」
「外圏は広いですが、管理が難しい」
ルイが言う。
「一つに絞る必要はない」
全員がそちらを見る。
「段階的に作る」
……正しい。
俺は頷いた。
「第一段階は地下」
「制御しやすい」
「第二段階で地上に広げる」
ハルが少し顔をしかめる。
「地下って、閉じ込められてる感じしない?」
「する」
「じゃあ」
「だから条件で縛る」
俺は言う。
「出入り自由」
「灯り接続」
「観測開示」
「透明化する」
ハルは少し考え、それから頷いた。
「見えるなら、まだいい」
◇
夕方。
最初の“途中”が決まった。
旧搬送路北支線。
以前回収を行った区域のさらに奥。
未使用区画。
危険だが、制御可能。
黒狼が言う。
「懐かしいな」
「お前の庭か」
「庭って言うな」
だが、黒狼の経験はここで活きる。
彼は“外”を知っている。
途中を運用するには必要な視点だ。
◇
準備は速かった。
最低限の灯り。
連絡端末。
観測装置。
簡易食料。
そして――
青い灯り。
帰り道の灯りを、ここにも置く。
ハルがそれを見て言う。
「ここも、帰れる場所なんだね」
「途中だがな」
「途中でもいいよ」
◇
夜。
最初の受け入れ。
対象は二体。
一体は、例のヒョウ。
もう一体は、鉄道跡の集団から一体だけ選んだ小型肉食。
選んだ理由は一つ。
こちらを見たから。
ほんの一瞬。
それだけで十分だ。
完全に閉じていない。
それが条件。
◇
ヒョウは、まだ荒い。
だが、暴走は収まっている。
黒狼が距離を保ちながら言う。
「ここは檻じゃねえ」
「……分かる」
ヒョウが低く答える。
「出ていい」
「……どこに」
「好きなとこだ」
ヒョウは少し笑った。
「雑だな」
「分かりやすいだろ」
ヒョウは沈黙した。
それでいい。
もう一体。
小型肉食――フェレット。
名前は、まだ言わない。
ただ、灯りを見ている。
ハルが少し離れて言う。
「ここ、嫌だったら出ていいよ」
フェレットは答えない。
だが、逃げない。
それで十分だ。
◇
運用初日。
何も起きなかった。
それが一番いい。
事件が起きないこと。
暴走しないこと。
逃げないこと。
それだけで成功だ。
詰所に戻り、俺は記録を書く。
緩衝帯運用開始。
対象:二体。
異常なし。
短い。
だが重い。
◇
問題は、すぐに来た。
翌日。
議会から問い合わせ。
“無認可施設の運用について説明を求める”
当然だ。
制度の外に、新しい構造を作った。
しかも危険個体を扱う。
放置すれば問題になる。
ルイが言う。
「想定内だな」
「説明する」
「どう説明する」
俺は少し考えた。
そして言った。
「暫定観測区域」
イオリが即座に補足する。
「高負荷個体の一時減圧および帰還導線接続試験区」
ハルが呆れた顔をする。
「長い」
「正式名だからな」
「途中でいいじゃん」
「それは通らない」
◇
同時に、外からも動きがあった。
グレイ。
当然、嗅ぎつける。
夜、また封筒が届いた。
中には短い一文。
『いい場所を作ったな』
その下に続く。
『そこは、壊れたやつの溜まり場になる』
ハルがそれを見て、顔をしかめる。
「……嫌な言い方」
「間違ってない」
俺は言った。
黒狼が笑う。
「溜まり場、ね」
「そうなる可能性はある」
ルイが言う。
「だから管理が必要だ」
イオリが静かに続ける。
「観測と介入のバランスが崩れれば、ただの外延になります」
レゴシが低く言う。
「外と同じになるってことか」
「そうだ」
◇
夜。
“途中”の見回り。
ヒョウは座っていた。
フェレットは灯りの下にいる。
静かだ。
だが――
ヒョウが言った。
「ここ、何日いられる」
黒狼が答える。
「決まってねえ」
「……いいのか、それで」
「いい」
ヒョウは少し笑った。
「初めてだな」
「何が」
「期限がねえ場所」
黒狼は何も言わなかった。
それが答えだ。
◇
戻る道の前に、途中を作った。
だが、これで終わりじゃない。
ここは崩れやすい。
放置すれば外になる。
締めすぎれば内になる。
その間を保ち続ける必要がある。
それが一番難しい。
◇
屋上。
夜風の中、イオリが言った。
「これは制度化が難しい領域です」
「分かってる」
「数値化もしづらい」
「だから観測を積む」
イオリは少しだけ頷く。
「時間がかかります」
「構わない」
少し沈黙。
「それでもやる理由は?」
イオリが聞く。
俺は街を見る。
青い灯り。
その外側の暗闇。
そして、その間にある小さな光。
“途中”。
「落ちる場所を作らないと、消えるからだ」
イオリは静かに答えた。
「了解しました」
◇
緩衝帯は動き出した。
まだ小さい。
まだ不安定。
だが確かにある。
線の外と内の間に。
――メインクーンの俺が、“途中”という場所ごと、この世界に根付かせてやる。