転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第四十九話:途中に棲むもの

 

 “途中”は、場所ではない。

 

 状態だ。

 

 戻りたいわけではない。

 外にいたいわけでもない。

 内側のルールには耐えられない。

 けれど、外側の雑音にも潰される。

 

 そういう獣が、一時的に呼吸できる隙間。

 

 それが“途中”だった。

 

 だからこそ──

 

 そこに長くいると、獣は自分がどこに向かっているのか分からなくなる。

 

 緩衝帯、通称“途中”。

 

 旧搬送路北支線に作ったその場所は、運用開始から三日で性質を変え始めていた。

 

 最初はただの減圧区だった。

 灯り。

 水。

 食料。

 最低限の観測。

 出入り自由。

 

 それだけ。

 

 だが、そこに二体が滞在し始めると、空気が変わる。

 

 ヒョウ──名前はバルド。

 暴走寸前で回収された大型肉食。

 

 フェレット──まだ名前を名乗らない小型肉食。

 

 この二体が、何もしないままそこにいる。

 

 その“何もしない”が、最初の問題だった。

 

 ◇

 

 朝。

 

 黒狼が見回りから戻ってくるなり言った。

 

「バルドが動かねえ」

 

「暴れてないならいい」

 

「そうじゃねえ」

 

 黒狼は眉を寄せる。

 

「座ったまま、ずっと出口見てる」

 

 レゴシが反応する。

 

「出たいのか?」

 

「多分な。でも出ない」

 

 ハルが小さく言う。

 

「出ていいって言われてるのに?」

 

「ああ」

 

 出ていい場所で、出られない。

 

 よくある。

 

 自由は、選択肢として渡せば済むものではない。

 使い方を忘れた個体には、自由そのものが重い。

 

「見に行く」

 

 俺は立ち上がった。

 

 ◇

 

 “途中”。

 

 地下支線の空気は冷たい。

 だが、以前のような死んだ暗さはない。

 

 青い灯りが一定間隔で置かれ、床には簡易マットと水の容器。

 奥に観測端末。

 壁には大きく書かれた文。

 

 出てもいい。

 戻ってもいい。

 止まってもいい。

 

 ハルの案だ。

 

 バルドは、その灯りの下に座っていた。

 大きな体を丸めるようにして、出口を見ている。

 

「出たいのか」

 

 俺が聞くと、バルドは低く答えた。

 

「分からねえ」

 

「なら何を見てる」

 

「出口」

 

「出ればいい」

 

「……出たら、戻れなくなる気がする」

 

 なるほど。

 

 戻る道があると分かっていても、身体が信じていない。

 

 レゴシが静かに言う。

 

「俺、一緒に行こうか」

 

 バルドの目が少し動く。

 

「狼が?」

 

「うん」

 

「俺が暴れたら?」

 

「止める」

 

「止められるのか」

 

「多分」

 

 黒狼が横から言う。

 

「そこは言い切れよ」

 

 レゴシは少し困った顔をする。

 

「止める」

 

 バルドはしばらく黙っていた。

 

 やがて、少しだけ立ち上がる。

 

 一歩。

 

 出口へ。

 

 止まる。

 

 呼吸が荒くなる。

 

「……無理だ」

 

「戻れ」

 

 俺は即答した。

 

 バルドは一瞬だけ驚いた顔をする。

 

「いいのか」

 

「今日は一歩で十分だ」

 

 ハルが後ろで小さく頷く。

 

「うん。一歩はでかいよ」

 

 バルドは何も言わず、元の場所へ戻った。

 

 だが、さっきとは違う。

 

 出口を見ているだけの獣ではなく、一歩だけ出口に触れた獣になった。

 

 それでいい。

 

 ◇

 

 一方、フェレットは別の問題を抱えていた。

 

 名前を言わない。

 食事は取る。

 水も飲む。

 暴れない。

 逃げない。

 

 だが、こちらの問いにほとんど反応しない。

 

 ノエルが見て、短く言った。

 

「動きが薄い」

 

「薄い?」

 

 ハルが聞く。

 

「いるけど、関わってない」

 

 いい表現だ。

 

 フェレットは、途中に“棲んで”いる。

 だが、途中へ“関わって”はいない。

 

 これは危険だ。

 

 緩衝帯は、止まる場所ではある。

 だが、完全に沈む場所ではない。

 

 放っておけば、そこに根を下ろす。

 

 根を下ろせば、もう動かない。

 

「役割を渡す」

 

 俺は言った。

 

 ハルが少し警戒する。

 

「また見る側?」

 

「違う」

 

「じゃあ何」

 

「灯り係」

 

 ◇

 

 フェレットの前に、小さな予備ランプを置く。

 

「これを見ろ」

 

 フェレットは反応しない。

 

「消えたら、こっちに替えろ」

 

 沈黙。

 

「できるか」

 

 数秒。

 

 フェレットの耳がわずかに動いた。

 

「……消えたら?」

 

 初めて声が出た。

 

「替える」

 

「替えなかったら?」

 

「暗くなる」

 

 フェレットはランプを見た。

 

「……暗いのは嫌だ」

 

「なら替えろ」

 

 フェレットは、ゆっくり頷いた。

 

 それだけ。

 

 だが、それだけでいい。

 

 観測でもない。

 戦闘でもない。

 ケアでもない。

 

 ただ、灯りを絶やさない役割。

 

 途中には、それくらいが必要だった。

 

 ◇

 

 詰所に戻ると、ルイが待っていた。

 

「議会から追加質問だ」

 

「何だ」

 

「緩衝帯は、支援なのか、隔離なのか」

 

 当然の問いだ。

 

 ハルがため息をつく。

 

「どっちでもないって言っても、納得しないよね」

 

「しない」

 

 イオリが資料を出す。

 

「公式には、“高負荷個体一時減圧区域”と定義するのが妥当です」

 

「長い」

 

「必要なので」

 

 レゴシが少し考えながら言う。

 

「でも、隔離って言われるのは嫌だな」

 

「なぜ」

 

「閉じ込めてるわけじゃないから」

 

「そうだ」

 

 俺は頷いた。

 

「だから、出入り記録を公開する」

 

 ルイが目を細める。

 

「透明化か」

 

「そうだ」

 

「危険だぞ。出入り自由を批判される」

 

「閉じ込めてると言われるよりマシだ」

 

 イオリが頷く。

 

「出入り自由、滞在時間、介入回数、暴走件数。これを出せば、隔離施設ではないと示せます」

 

 ハルが言う。

 

「バルドの“一歩出た”も記録する?」

 

「する」

 

「それ、成果?」

 

「成果だ」

 

 バルドが外へ出て一歩で戻った。

 

 普通の数字なら何でもない。

 

 だが、ここでは成果だ。

 

 途中では、一歩が数字になる。

 

 ◇

 

 夜。

 

 “途中”に、三体目が来た。

 

 自分からだった。

 

 種族はカラス。

 黒い羽毛。

 片目に傷。

 

 青い灯りをたどってきたらしい。

 

 入口で止まり、こう言った。

 

「ここ、止まっていい場所だろ」

 

 黒狼が答える。

 

「そうだ」

 

「入っていいか」

 

「入ればいい」

 

 カラスは中に入った。

 

 名をクロウと名乗った。

 

 そのままだな、とハルが小声で言い、レゴシが少し困った顔をした。

 

 クロウは情報を持っていた。

 

「外で、ここを“沈み場”って呼んでるやつらがいる」

 

「沈み場?」

 

「ああ」

 

 クロウは壁にもたれた。

 

「戻れないやつが沈む場所」

 

 グレイか。

 あるいは、その周辺か。

 

 名前を変えることで意味を汚す。

 

 緩衝帯。

 途中。

 沈み場。

 

 同じ場所でも、呼び方で印象が変わる。

 

「誰が言っている」

 

「南部の連中」

 

「目的は」

 

「さあな」

 

 クロウは笑った。

 

「でも、ここに来るやつを増やしたいんじゃねえか」

 

 ……なるほど。

 

 “途中”を溜まり場にするつもりか。

 

 拾いきれない個体を送り込み、緩衝帯を過負荷にする。

 

 潰れれば、やはり重すぎる基準は現実的ではない、と言える。

 

「来たな」

 

 俺は言った。

 

 ルイが頷く。

 

「過負荷攻撃だ」

 

 ハルが嫌そうに顔をしかめる。

 

「ほんと、嫌なこと考えるね」

 

「効果的だからな」

 

 レゴシが低く言う。

 

「どうする」

 

 俺は答えた。

 

「上限を決める」

 

 沈黙。

 

 カナンが緊張した顔をする。

 

「……また、切るんですか」

 

「そうだ」

 

 ハルは口を挟まない。

 

 もう分かっている。

 

 場所を守るためには、入れない判断も必要だ。

 

「ただし、今回は入口で切らない」

 

 俺は続ける。

 

「待機線を作る」

 

 イオリが理解する。

 

「緩衝帯前の滞留管理ですね」

 

「そうだ」

 

 ハルが頭を抱える。

 

「また層が増える……」

 

「増やさなきゃ壊れる」

 

「知ってるけど」

 

 ◇

 

 翌日。

 

 “途中”の入口前に、新しい小さなスペースを作った。

 

 待機線。

 

 そこには灯りは少ない。

 水も最低限。

 だが、完全な外ではない。

 

 ここで、入れるかどうかを測る。

 

 バルドは中。

 フェレットは灯り係。

 クロウは情報提供者として一時滞在。

 

 上限は五体。

 

 それ以上は入れない。

 

 厳しい。

 

 だが必要だ。

 

 ◇

 

 その日の夕方、実際に六体が来た。

 

 情報は正しかった。

 

 “沈み場”と呼ばれたことで、線の外の個体が集まり始めている。

 

 待機線で、俺たちは一体ずつ見た。

 

 入れる。

 待機。

 外。

 

 その判断を繰り返す。

 

 四体目までは入れた。

 

 五体目は待機。

 

 六体目。

 

 若い肉食獣。

 目が完全に開いていない。

 

 だが、腕には新しい傷。

 他害の可能性が高い。

 

「入れない」

 

 俺は言った。

 

 レゴシが顔を歪める。

 

「外に戻すのか」

 

「待機線にも置けない」

 

「じゃあ」

 

「安全管理局へ回す」

 

 若い肉食は笑った。

 

「結局、檻か」

 

 俺は答えた。

 

「今のお前は、ここでは扱えない」

 

「見捨てるんだな」

 

「違う」

 

 少し間を置く。

 

「扱える場所へ回す」

 

 若い肉食は笑い続けた。

 

 だが、その笑いは震えていた。

 

 レゴシは何か言いたそうだったが、飲み込んだ。

 

 黒狼が後で言った。

 

「よく耐えたな」

 

 レゴシは苦く笑った。

 

「耐えたくなかった」

 

「でも耐えた」

 

「……うん」

 

 ◇

 

 夜。

 

 緩衝帯の記録。

 

 入所三体。

 待機一体。

 外部回送一体。

 拒否一体。

 

 拒否。

 

 嫌な言葉だ。

 

 だが記録する。

 

 記録しなければ、拒否したものは消える。

 

 消えれば、こちらも偽物と同じになる。

 

 ハルが記録を見て、静かに言った。

 

「拒否って書くの、きついね」

 

「きつい」

 

「でも、書くんだ」

 

「ああ」

 

 ハルは少しだけ頷いた。

 

「じゃあ、拒否した理由も書こう」

 

「書く」

 

「よかった」

 

 ◇

 

 屋上。

 

 青い灯りが、少しずつ増えている。

 

 その外側に、まだ暗闇がある。

 

 そして、途中には小さな光。

 

 だが、その光に獣が集まり始めている。

 

 集まれば、濁る。

 

 濁れば、沈む。

 

 だから流れを作る。

 

 途中もまた、流さなければならない。

 

 イオリが隣で言う。

 

「緩衝帯は定着し始めています」

 

「同時に狙われ始めた」

 

「ええ」

 

「なら、次は出口だ」

 

「緩衝帯から、どこへ出すか」

 

「そうだ」

 

 途中に入れるだけでは足りない。

 

 そこから内へ。

 あるいは外へ。

 あるいは別の場所へ。

 

 流す必要がある。

 

 “途中”に棲ませてはいけない。

 

 俺は街を見下ろす。

 

「次は、途中の出口を作る」

 

 イオリが静かに頷いた。

 

「了解しました」

 

 ◇

 

 途中は生まれた。

 

 だが、そこに棲まわせてはいけない。

 

 途中は、途中であるから意味がある。

 

 ──メインクーンの俺が、“途中に棲むもの”まで流れの中へ戻してやる。

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