転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話 作:微糖コーヒー
夜は、境界を曖昧にする。
昼の顔を剥ぎ取り、抑え込まれていたものを浮上させる。
チェリートン学園も例外ではない。
(来るな)
寮の廊下を歩きながら、俺は確信していた。
“未遂”は、いずれ“本番”になる。
そしてそれは、予告もなく起きる。
――だから、俺は“待っていた”。
◇
それは、深夜を少し回った頃だった。
静寂の中に、不自然な音が混じる。
――荒い呼吸。
――擦れる音。
――そして、抑えきれない“匂い”。
(ビンゴ)
俺は足音を消し、音の発生源へと向かう。
階段を降り、寮の裏手へ。
そこにいたのは――
肉食獣の男子生徒と、追い詰められた草食獣。
既視感のある構図。
だが、今回は“限界”が近い。
肉食の目は、完全に理性を失いかけていた。
「……っ、やめ……」
草食獣の声は震えている。
逃げ場はない。
(間に合うか?)
距離は数メートル。
だが――
俺は、動かなかった。
(観る)
まずは、限界を測る。
どこまで行けば“越える”のか。
肉食獣の牙が、ゆっくりと近づく。
その瞬間――
「やめろ!!」
別の声が響いた。
振り向くまでもない。
レゴシだ。
彼は息を荒げながら、二人の間に割って入った。
「……離れろ」
低い声。
だが、その内側は激しく揺れている。
「うるさい……! 邪魔するな……!」
暴走しかけた肉食が、レゴシに襲いかかる。
(さて)
俺は、静かに観察を続ける。
レゴシの動き。
呼吸。
目。
すべてが、“境界線”の上にある。
ぶつかる二つの肉食獣。
力では、レゴシが上だ。
だが――
(問題はそこじゃない)
“欲求”だ。
暴走した相手の匂いが、レゴシの本能を刺激する。
抑え込んでいたものが、揺らぐ。
「……っ……!」
レゴシの動きが、一瞬止まる。
その隙を突かれ、体勢を崩す。
(来るな)
これは、危険な兆候だ。
“戦い”から、“捕食”へと変質する瞬間。
俺は、ほんの少しだけ重心を前に移す。
だが――
「……違う」
レゴシが、低く呟いた。
「俺は……違う……!」
その声には、明確な意思があった。
次の瞬間。
彼の動きが変わる。
無駄が消えた。
衝動ではなく、“制御された力”。
相手の腕をいなし、重心を崩し――
“叩き伏せる”。
ズンッ、と鈍い音。
暴走しかけた肉食獣は、そのまま気を失った。
静寂。
荒い呼吸だけが、夜に残る。
「……大丈夫か」
レゴシが、震える声で草食獣に声をかける。
「あ、ああ……」
草食獣は、半ば崩れ落ちながら答えた。
その様子を見て、レゴシは膝をつく。
手が震えている。
(耐えたな)
ギリギリだが――
“越えなかった”。
俺はそこで、初めて姿を現した。
「……見てたのか」
レゴシが気づく。
「最初からな」
「なんで……止めなかった」
その問いに、俺は少しだけ考え――答えた。
「お前がやるべきだったからだ」
「……っ」
「今回は、な」
俺は淡々と続ける。
「だが、次も同じとは限らない」
レゴシは何も言わない。
「よくやった」
短く告げる。
その一言に、レゴシの肩がわずかに震えた。
◇
翌日。
事件は、当然のように学園中に広まった。
「まただって……」
「今度はレゴシが止めたらしい」
「でも、危なかったって……」
ざわめきは、以前よりも強い。
“未遂”が続くという事実は、確実に不安を増幅させる。
(臨界点が近い)
このままでは、いずれ大規模な崩壊が起きる。
そしてそれは――
学園だけでは済まない。
「……話がある」
昼休み、声をかけてきたのは――
ルイだ。
「いいだろう」
俺は素直に頷いた。
場所は、誰もいない屋上。
「昨夜の件、聞いた」
ルイは単刀直入に切り出す。
「感想は?」
「悪くない」
「……悪くない、か」
ルイの目が鋭くなる。
「事態は悪化している」
「当然だ」
俺は即答する。
「抑圧が限界に近い」
「だからといって、許容するのか?」
「違うな」
俺は首を振る。
「“再定義”する」
「……何?」
ルイの眉がわずかに動く。
「捕食という概念そのものを、作り替える」
沈黙。
「……狂気だな」
「現実的だ」
俺は淡々と続ける。
「禁止ではなく、管理」
「逸脱ではなく、制度」
「そうしなければ、いずれ全てが崩れる」
ルイは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「……理屈は分かる」
「だが、受け入れられるとは思えない」
「だから“力”がいる」
俺は言い切る。
「納得させるか、従わせるか」
「どちらにせよ、主導権を握る必要がある」
ルイは、ゆっくりと息を吐いた。
「お前は……本気で、この世界を変えるつもりか」
「最初からそう言ってる」
再び、沈黙。
そして――
「……一つ、提案がある」
ルイが口を開いた。
「ビースター」
「その地位を、利用しろ」
(なるほど)
学園の頂点。
象徴的存在。
そこに立てば、影響力は一気に広がる。
「興味はある」
「なら、協力しろ」
ルイの目が、真っ直ぐに俺を射抜く。
「俺は表を動かす」
「お前は……裏を動かせ」
(役割分担、か)
悪くない。
「いいだろう」
俺は頷いた。
「ただし、条件がある」
「何だ」
「最終的な判断は、俺がする」
「……随分だな」
「嫌なら断れ」
数秒の沈黙。
そして――
「……いいだろう」
ルイは受け入れた。
(成立だな)
これで、表と裏が繋がった。
学園。
裏市。
そして――
レゴシ。
すべてが、一つの流れになる。
◇
その夜。
俺は再び、裏市へと向かっていた。
(次の段階だ)
観察は終わり。
ここからは――
「介入」だ。
裏市の灯りが、闇の中に浮かび上がる。
その奥で、ヒグマが待っていた。
「また来たか、ガキ」
「ああ」
「で、今日は何だ?」
俺は、まっすぐに答える。
「この場所のルールを、変える」