転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

5 / 59
第五話:夜に裂ける理性と、選別される者たち

 夜は、境界を曖昧にする。

 昼の顔を剥ぎ取り、抑え込まれていたものを浮上させる。

 チェリートン学園も例外ではない。

 

(来るな)

 

 寮の廊下を歩きながら、俺は確信していた。

 “未遂”は、いずれ“本番”になる。

 そしてそれは、予告もなく起きる。

 

 ――だから、俺は“待っていた”。

 

 ◇

 

 それは、深夜を少し回った頃だった。

 

 静寂の中に、不自然な音が混じる。

 

 ――荒い呼吸。

 ――擦れる音。

 ――そして、抑えきれない“匂い”。

 

(ビンゴ)

 

 俺は足音を消し、音の発生源へと向かう。

 階段を降り、寮の裏手へ。

 

 そこにいたのは――

 

 肉食獣の男子生徒と、追い詰められた草食獣。

 

 既視感のある構図。

 だが、今回は“限界”が近い。

 

 肉食の目は、完全に理性を失いかけていた。

 

「……っ、やめ……」

 

 草食獣の声は震えている。

 逃げ場はない。

 

(間に合うか?)

 

 距離は数メートル。

 

 だが――

 

 俺は、動かなかった。

 

 

(観る)

 

 

 まずは、限界を測る。

 

 どこまで行けば“越える”のか。

 

 

 肉食獣の牙が、ゆっくりと近づく。

 

 その瞬間――

 

「やめろ!!」

 

 

 別の声が響いた。

 

 

 振り向くまでもない。

 

 

 レゴシだ。

 

 

 彼は息を荒げながら、二人の間に割って入った。

 

 

「……離れろ」

 

 

 低い声。

 

 だが、その内側は激しく揺れている。

 

 

「うるさい……! 邪魔するな……!」

 

 

 暴走しかけた肉食が、レゴシに襲いかかる。

 

 

(さて)

 

 

 俺は、静かに観察を続ける。

 

 

 レゴシの動き。

 

 呼吸。

 

 目。

 

 

 すべてが、“境界線”の上にある。

 

 

 

 ぶつかる二つの肉食獣。

 

 

 力では、レゴシが上だ。

 

 だが――

 

 

(問題はそこじゃない)

 

 

 “欲求”だ。

 

 

 暴走した相手の匂いが、レゴシの本能を刺激する。

 

 

 抑え込んでいたものが、揺らぐ。

 

 

「……っ……!」

 

 

 レゴシの動きが、一瞬止まる。

 

 

 その隙を突かれ、体勢を崩す。

 

 

(来るな)

 

 

 これは、危険な兆候だ。

 

 

 “戦い”から、“捕食”へと変質する瞬間。

 

 

 俺は、ほんの少しだけ重心を前に移す。

 

 

 だが――

 

 

「……違う」

 

 

 レゴシが、低く呟いた。

 

 

 

「俺は……違う……!」

 

 

 

 その声には、明確な意思があった。

 

 

 

 次の瞬間。

 

 

 彼の動きが変わる。

 

 

 無駄が消えた。

 

 衝動ではなく、“制御された力”。

 

 

 相手の腕をいなし、重心を崩し――

 

 

 “叩き伏せる”。

 

 

 ズンッ、と鈍い音。

 

 

 暴走しかけた肉食獣は、そのまま気を失った。

 

 

 

 静寂。

 

 

 荒い呼吸だけが、夜に残る。

 

 

 

「……大丈夫か」

 

 

 レゴシが、震える声で草食獣に声をかける。

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 草食獣は、半ば崩れ落ちながら答えた。

 

 

 

 その様子を見て、レゴシは膝をつく。

 

 

 手が震えている。

 

 

(耐えたな)

 

 

 ギリギリだが――

 

 

 “越えなかった”。

 

 

 

 俺はそこで、初めて姿を現した。

 

 

「……見てたのか」

 

 

 レゴシが気づく。

 

 

「最初からな」

 

 

「なんで……止めなかった」

 

 

 

 その問いに、俺は少しだけ考え――答えた。

 

 

「お前がやるべきだったからだ」

 

 

 

「……っ」

 

 

 

「今回は、な」

 

 

 俺は淡々と続ける。

 

 

「だが、次も同じとは限らない」

 

 

 

 レゴシは何も言わない。

 

 

 

「よくやった」

 

 

 短く告げる。

 

 

 

 その一言に、レゴシの肩がわずかに震えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 翌日。

 

 

 事件は、当然のように学園中に広まった。

 

 

「まただって……」

「今度はレゴシが止めたらしい」

「でも、危なかったって……」

 

 

 ざわめきは、以前よりも強い。

 

 

 “未遂”が続くという事実は、確実に不安を増幅させる。

 

 

(臨界点が近い)

 

 

 このままでは、いずれ大規模な崩壊が起きる。

 

 

 そしてそれは――

 

 

 学園だけでは済まない。

 

 

 

「……話がある」

 

 

 昼休み、声をかけてきたのは――

 

 

 ルイだ。

 

 

 

「いいだろう」

 

 

 俺は素直に頷いた。

 

 

 

 場所は、誰もいない屋上。

 

 

 

「昨夜の件、聞いた」

 

 

 ルイは単刀直入に切り出す。

 

 

 

「感想は?」

 

 

「悪くない」

 

 

「……悪くない、か」

 

 

 ルイの目が鋭くなる。

 

 

 

「事態は悪化している」

 

 

「当然だ」

 

 

 俺は即答する。

 

 

 

「抑圧が限界に近い」

 

 

「だからといって、許容するのか?」

 

 

「違うな」

 

 

 俺は首を振る。

 

 

 

「“再定義”する」

 

 

 

「……何?」

 

 

 

 ルイの眉がわずかに動く。

 

 

 

「捕食という概念そのものを、作り替える」

 

 

 

 沈黙。

 

 

 

「……狂気だな」

 

 

 

「現実的だ」

 

 

 

 俺は淡々と続ける。

 

 

 

「禁止ではなく、管理」

 

 

「逸脱ではなく、制度」

 

 

 

「そうしなければ、いずれ全てが崩れる」

 

 

 

 ルイは腕を組み、しばらく考え込んだ。

 

 

 

「……理屈は分かる」

 

 

「だが、受け入れられるとは思えない」

 

 

 

「だから“力”がいる」

 

 

 

 俺は言い切る。

 

 

 

「納得させるか、従わせるか」

 

 

 

「どちらにせよ、主導権を握る必要がある」

 

 

 

 ルイは、ゆっくりと息を吐いた。

 

 

 

「お前は……本気で、この世界を変えるつもりか」

 

 

 

「最初からそう言ってる」

 

 

 

 

 再び、沈黙。

 

 

 

 そして――

 

 

 

「……一つ、提案がある」

 

 

 

 ルイが口を開いた。

 

 

 

「ビースター」

 

 

 

「その地位を、利用しろ」

 

 

 

(なるほど)

 

 

 学園の頂点。

 

 象徴的存在。

 

 

 そこに立てば、影響力は一気に広がる。

 

 

 

「興味はある」

 

 

 

「なら、協力しろ」

 

 

 

 ルイの目が、真っ直ぐに俺を射抜く。

 

 

 

「俺は表を動かす」

 

 

「お前は……裏を動かせ」

 

 

 

(役割分担、か)

 

 

 悪くない。

 

 

 

「いいだろう」

 

 

 

 俺は頷いた。

 

 

 

「ただし、条件がある」

 

 

 

「何だ」

 

 

 

「最終的な判断は、俺がする」

 

 

 

「……随分だな」

 

 

 

「嫌なら断れ」

 

 

 

 

 数秒の沈黙。

 

 

 

 そして――

 

 

 

「……いいだろう」

 

 

 

 ルイは受け入れた。

 

 

 

(成立だな)

 

 

 

 これで、表と裏が繋がった。

 

 

 

 学園。

 

 裏市。

 

 そして――

 

 レゴシ。

 

 

 

 すべてが、一つの流れになる。

 

 

 

 ◇

 

 

 その夜。

 

 

 俺は再び、裏市へと向かっていた。

 

 

 

(次の段階だ)

 

 

 

 観察は終わり。

 

 

 ここからは――

 

 

 

「介入」だ。

 

 

 

 裏市の灯りが、闇の中に浮かび上がる。

 

 

 

 その奥で、ヒグマが待っていた。

 

 

 

「また来たか、ガキ」

 

 

 

「ああ」

 

 

 

「で、今日は何だ?」

 

 

 

 俺は、まっすぐに答える。

 

 

 

「この場所のルールを、変える」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。