転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話 作:微糖コーヒー
外へ手を伸ばすというのは、単純な行為じゃない。
内側から外側へ触れるとき、必ず摩擦が起きる。
拒絶。
利用。
誤解。
奪取。
そして何より──
内側の論理が通じない。
朝。
詰所は、珍しく全員が揃っていた。
理由は一つ。
外側への“途中”設置計画。
ホワイトボードには新しく書かれている。
外縁緩衝帯(仮)。
ハルがそれを見て、顔をしかめる。
「また名前が硬い」
「正式名だ」
「通称は?」
「考えろ」
ハルは腕を組み、少し考えて言った。
「……“外の途中”」
黒狼が吹き出す。
「そのまんまかよ」
「分かりやすいでしょ」
レゴシが小さく頷く。
「うん、分かりやすい」
イオリが淡々と記録する。
「通称“外の途中”で登録します」
「軽いな」
「機能的です」
◇
問題は、どこに作るか。
内側の“途中”は地下だった。
だが外側は違う。
完全な地下は危険すぎる。
完全な地上は干渉が多すぎる。
そこで候補に上がったのは──
南部外圏、廃水処理施設跡。
半地下構造。
複数の出入口。
広いが見通しが悪い。
良くも悪くも、外だ。
ルイが言う。
「危険だな」
「だからいい」
俺は答える。
「内側と同じ条件では意味がない」
イオリが補足する。
「外縁緩衝帯は、外部との接触を前提に設計する必要があります」
ハルが少し不安そうに言う。
「襲われたりしない?」
黒狼が肩をすくめる。
「されるだろうな」
レゴシが真顔で言う。
「守る」
短い。
だが、そこに迷いはない。
◇
外側に作る以上、ルールも変わる。
内側の“途中”は、
・出入り自由
・観測優先
・最小介入
だった。
外側では──
介入強度を一段上げる。
俺はボードに書く。
一、出入り自由(維持)
二、観測開示(維持)
三、武力介入条件拡張
四、外部接触管理
五、緊急回収優先
カナンが聞く。
「武力介入って……増えるんですか」
「増える」
「危ないから?」
「そうだ」
外では、“止める”の定義が変わる。
内側では抑えるだけでいい。
だが外では、抑えきれない場合がある。
その時は、強く止める。
黒狼が言う。
「甘くやると、全員死ぬ」
重い言葉。
ハルは黙る。
だが、否定しない。
◇
午後。
設営が始まった。
黒狼が先行してルート確認。
レゴシが安全圏を確保。
イオリが観測端末設置。
俺とルイが動線設計。
ハルは後方支援。
灯りの設置と、簡易導線の可視化。
青い灯りが、外へ伸びていく。
途中の灯り。
その先に、新しい灯り。
繋がる。
◇
設営中、最初の接触があった。
外側の連中だ。
若い肉食三体。
様子を見るように近づいてくる。
黒狼が前に出る。
「何だ」
肉食の一体が笑う。
「ここ、“沈み場”か?」
来たな。
言葉を歪めて広める。
俺は答える。
「違う」
「じゃあ何だ」
「途中だ」
肉食は笑う。
「どっちも同じだろ」
「違う」
俺は言った。
「沈むなら出ていけ」
「は?」
「ここは沈む場所じゃない」
「流す場所だ」
沈黙。
肉食たちは少し戸惑う。
黒狼が低く言う。
「入りたいなら、動け」
肉食はしばらく考えた。
そして一体が言った。
「……見るだけならいいか」
「いい」
それで十分だ。
最初は見るだけ。
それでも流れは生まれる。
◇
夕方。
“外の途中”が最低限形になった。
内側より粗い。
だが、それでいい。
整えすぎると、外では使えない。
ハルが灯りを見て言う。
「ここ、ちょっと怖い」
「怖いのが普通だ」
俺は答える。
「怖くない外は嘘だ」
ハルは少し黙り、それから頷いた。
「……うん」
◇
最初の受け入れ。
予想以上に早かった。
二体の草食。
一体の肉食。
全員、線の外から自発的に来た。
理由は同じ。
“灯りを見たから”。
それだけでいい。
◇
問題はすぐに出た。
肉食の一体が、草食へ距離を詰めた。
威圧。
レゴシが即座に入る。
「止まれ」
肉食は睨む。
「外だぞ」
「だから止まれ」
低い声。
だが、強い。
黒狼も横に立つ。
挟む形。
肉食は舌打ちし、距離を取った。
これだ。
外では、“止める”の質が変わる。
早く。
確実に。
それでも、過剰にしない。
バランス。
◇
夜。
詰所へ戻る。
報告。
受け入れ三体。
衝突一件。
負傷なし。
成功だ。
だが、疲労は大きい。
ハルがソファに沈む。
「……内側より疲れる」
「当然だ」
ルイが言う。
「外は調整が効かない」
レゴシが静かに言う。
「でも、必要だと思う」
「そうだ」
俺は答える。
「ここを作らないと、途中に来る前に消える」
カナンが小さく言う。
「……俺も、ここがあったら」
言葉を切る。
ライカが続ける。
「来てたと思う」
沈黙。
それが答えだ。
◇
だが、当然。
外側で動けば、目立つ。
グレイも動く。
その夜。
封筒ではなく、直接だった。
外の途中。
青い灯りの外側。
影が一つ立っていた。
グレイ。
笑っている。
「やるな」
黒狼が舌打ちする。
「出てきやがったか」
レゴシが一歩前に出る。
だが、俺は手で止めた。
「何だ」
グレイは肩をすくめる。
「挨拶だ」
「用件を言え」
「ここ、面白いな」
周囲を見回す。
「内でも外でもない」
「いい玩具だ」
ハルが小さく呟く。
「最悪」
グレイは続ける。
「だが、長くは持たない」
「なぜ」
「簡単だ」
笑う。
「外は食う場所だ」
「流す場所じゃない」
レゴシが低く言う。
「変える」
グレイは少しだけ目を細めた。
「変えられると思うか?」
沈黙。
俺は答えた。
「変える」
短い。
だが、それでいい。
グレイはしばらくこちらを見ていた。
やがて、笑った。
「いい」
「壊しがいがある」
そう言って、闇へ消えた。
◇
戻る道。
途中。
外の途中。
流れは繋がった。
だが、それを壊そうとするものも現れた。
当然だ。
流れは、利害を変える。
利害が変われば、争いが起きる。
◇
屋上。
イオリが静かに言う。
「外縁緩衝帯、稼働確認」
「まだ細い」
「ですが、繋がりました」
「そうだ」
少し沈黙。
「次は?」
イオリが聞く。
俺は答える。
「守る」
「どこを」
「流れをだ」
途中も。
外の途中も。
繋いだ流れ。
それを維持する。
それが次だ。
◇
手は伸びた。
外へ。
だが、伸ばした手は掴まれる。
引き込まれる。
切られる。
それでも、伸ばし続ける。
──メインクーンの俺が、“外へ伸びる手”ごと、この世界を繋ぎ直してやる。