転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

52 / 54
第五十三話:流れを奪う手

 

 流れを止める方法は単純だ。

 

 道を塞ぐ。

 灯りを消す。

 番を潰す。

 

 だが──それは一時的だ。

 

 流れは別の道を探す。

 灯りはまた点く。

 番は増える。

 

 だから、本当に流れを奪う者は──

 

 流れの意味そのものを変える。

 

 朝。

 

 詰所に届いた一枚の紙。

 

 それは、今までのどの妨害よりも厄介だった。

 

 イオリが静かに読み上げる。

 

「南部外圏にて、“自由滞在区”設置」

 

 ハルが顔をしかめる。

 

「何それ」

 

「緩衝帯の模倣です」

 

 ルイが補足する。

 

「だが、中身が違う」

 

 資料を机に広げる。

 

 そこにはこう書かれていた。

 

 “出入り自由、滞在無期限、干渉なし”

 

 黒狼が鼻で笑う。

 

「ただの放置だな」

 

「そうだ」

 

 俺は答えた。

 

 だが、問題はそこじゃない。

 

「名前が問題だ」

 

 ハルが言う。

 

「“自由滞在区”……それ、良さそうに見える」

 

 その通り。

 

 戻らなくていい。

 選ばなくていい。

 誰にも何も言われない。

 

 楽だ。

 

 そして──

 

 沈む。

 

 ◇

 

 レゴシが低く言う。

 

「途中とどう違う」

 

「途中は流す」

 

 俺は答えた。

 

「自由滞在区は、止める」

 

 カナンが小さく呟く。

 

「……止まれる方が楽に見える」

 

 ライカも頷く。

 

「選ばなくていいなら……」

 

 ハルが強く言う。

 

「でも、それって戻れないってことでしょ」

 

「そうだ」

 

 俺は言った。

 

「戻らないんじゃない。戻れなくなる」

 

 ◇

 

 クロウが情報を補足する。

 

「もう流れてる」

 

「どこから」

 

「外の途中からも」

 

 空気が変わる。

 

 つまり。

 

 せっかく作った流れが、別の場所へ引き込まれている。

 

 しかも、“楽な方向へ”。

 

 黒狼が舌打ちする。

 

「分かりやすいな」

 

「だから効く」

 

 ルイが言う。

 

「これは危険だ。流れが二分される」

 

 イオリが淡々と分析する。

 

「自由滞在区への流入が増えれば、緩衝帯の負荷は一時的に下がります」

 

「ですが、長期的には帰還率が低下します」

 

「そして、“戻らないことが普通”になる」

 

 最悪だ。

 

 ◇

 

 午後。

 

 現地確認。

 

 南部外圏。

 

 “自由滞在区”。

 

 そこは──

 

 広かった。

 

 灯りは少ない。

 

 だが、空間がある。

 

 獣が、いる。

 

 座っている。

 寝ている。

 何もしていない。

 

 そして、誰も何も言わない。

 

 黒狼が低く言う。

 

「静かだな」

 

「違う」

 

 俺は答える。

 

「止まってる」

 

 レゴシが周囲を見る。

 

「危険は?」

 

「表には出てない」

 

 ハルが小さく言う。

 

「でも……なんか、嫌だ」

 

 その感覚は正しい。

 

 ここは、“何も起きない”場所だ。

 

 だが、それは安全ではない。

 

 動きが死んでいる。

 

 ◇

 

 一体の草食に声をかける。

 

「ここはどうだ」

 

 草食はゆっくり顔を上げる。

 

「楽だ」

 

「何をしている」

 

「何も」

 

「戻る気は」

 

 草食は少し考えた。

 

「……今はいい」

 

 その言葉。

 

 “今はいい”。

 

 それが積み重なれば、二度と動かない。

 

 ◇

 

 奥へ進む。

 

 そこに──

 

 グレイがいた。

 

 椅子に座っている。

 

 周囲に数体。

 

 完全に“場を持っている”。

 

「どうだ」

 

 笑う。

 

「静かでいいだろ」

 

 黒狼が吐き捨てる。

 

「腐ってるな」

 

 グレイは肩をすくめる。

 

「腐るのも自由だ」

 

 レゴシが言う。

 

「ここにいたら、戻れない」

 

「戻らなくていいんだろ?」

 

 グレイは笑う。

 

「お前らが言ったんだ。“出てもいい、戻ってもいい、止まってもいい”ってな」

 

 ハルが息を呑む。

 

 使われた。

 

 言葉を。

 

 意味を。

 

 俺は一歩前に出る。

 

「止まるのは一時だ」

 

「決めたのは誰だ?」

 

 グレイの目が細くなる。

 

「お前か?」

 

 沈黙。

 

「こいつらは選んだ」

 

 周囲の獣を指す。

 

「何も選ばないことをな」

 

 強い。

 

 論としては成立している。

 

 だから厄介だ。

 

 ◇

 

 レゴシが低く言う。

 

「それでも……動いた方がいい」

 

 グレイは笑う。

 

「誰のために?」

 

「自分のために」

 

 グレイは首を傾げる。

 

「ここにいるやつらは、“動かない自分”を選んでる」

 

 ハルが言う。

 

「それって、選んでないのと同じでしょ」

 

「違うな」

 

 グレイは即答した。

 

「選ばないって選択だ」

 

 沈黙。

 

 重い。

 

 ◇

 

 俺は言った。

 

「ここに流れてきたやつ、返せ」

 

 グレイは笑った。

 

「断る」

 

「理由は」

 

「面白いからだ」

 

 黒狼が一歩出る。

 

 だが、俺は止めた。

 

 ここでやる意味はない。

 

 力で奪えば、同じになる。

 

 ◇

 

 帰路。

 

 空気は重かった。

 

 ハルが言う。

 

「どうするの」

 

 ルイが答える。

 

「対抗するしかない」

 

「どうやって」

 

 イオリが静かに言う。

 

「意味を取り戻します」

 

 全員がそちらを見る。

 

「途中の定義を明確にする」

 

「流れることを前提とした構造を強化する」

 

「そして──」

 

 少し間。

 

「“止まることの代償”を見せる」

 

 ハルが顔をしかめる。

 

「代償って……」

 

「現実です」

 

 ◇

 

 翌日。

 

 動いた。

 

 まず、途中のルールを更新。

 

 滞在上限の明示。

 選択回数制限。

 未選択時の外部回送。

 

 厳しくなる。

 

 だが、必要だ。

 

 次に。

 

 “自由滞在区”の観測開始。

 

 外から見る。

 

 何が起きているか。

 

 何が起きていないか。

 

 そして──

 

 崩れを記録する。

 

 ◇

 

 三日後。

 

 変化が出た。

 

 自由滞在区で、初めての衝突。

 

 理由は単純。

 

 資源不足。

 

 水。

 食料。

 

 誰も管理していない。

 

 だから奪い合う。

 

 それを記録する。

 

 流す。

 

 見せる。

 

 ハルが言う。

 

「これ……見たら分かる」

 

「そうだ」

 

 俺は答えた。

 

「止まるだけの場所は、長く持たない」

 

 ◇

 

 同時に、こちらも動く。

 

 途中の出口を強化。

 

 外部再接続先を増やす。

 

 灯りをさらに伸ばす。

 

 そして──

 

 道番を増やす。

 

 カナンは正式に一員になった。

 

 ライカも、ついに手を挙げた。

 

「……やります」

 

 ハルが少し笑う。

 

「無理しないでね」

 

 ライカは頷いた。

 

「無理はしません」

 

 嘘だ。

 

 だが、それでいい。

 

 ◇

 

 夜。

 

 屋上。

 

 流れはまだ続いている。

 

 だが、分岐ができた。

 

 こちらの流れ。

 

 止まる流れ。

 

 どちらを選ぶか。

 

 獣たちが決める。

 

 だが、そのためには──

 

 両方を見せる必要がある。

 

 イオリが言う。

 

「流れの競合状態です」

 

「そうだ」

 

「どちらが残るか」

 

 俺は答える。

 

「残す方を残す」

 

 単純だ。

 

 だが、難しい。

 

 ◇

 

 流れは奪われた。

 

 だが、取り返す。

 

 力ではなく、構造で。

 

 意味で。

 

 選択で。

 

 ──メインクーンの俺が、“流れを奪う手”ごと、この世界の中に組み込んでやる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。