転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第五十六話:止まる場所の底

 

 止まる場所には、底がある。

 

 最初は柔らかい。

 

 何も求められない。

 何も選ばなくていい。

 何も背負わなくていい。

 

 だが、時間が経てば──

 

 必ず触れる。

 

 底に。

 

 朝。

 

 詰所の空気は、意図的に静かだった。

 

 昨日の判断──“一度負ける”。

 

 それを全員が理解している。

 

 だが、納得しているわけではない。

 

 ハルが言う。

 

「本当に……何もしないの?」

 

「しない」

 

 俺は答える。

 

「少なくとも、直接は」

 

 レゴシが低く言う。

 

「流れを戻さない?」

 

「戻さない」

 

「……消えるやつが出る」

 

「出る」

 

 短い沈黙。

 

 黒狼が壁にもたれて言う。

 

「だからやるんだろ」

 

「そうだ」

 

 ◇

 

 今日の役割は変わる。

 

 道番は、守らない。

 

 見る。

 

 流れが止まる過程。

 

 その中で何が起きるか。

 

 どこで崩れるか。

 

 全部、記録する。

 

 イオリが端末を操作する。

 

「観測モードに移行します」

 

「全導線、外縁含めて追跡」

 

「了解」

 

 ◇

 

 昼。

 

 自由滞在区。

 

 昨日より、明らかに数が増えていた。

 

 獣が集まっている。

 

 座る。

 寝る。

 何もしていない。

 

 そして──

 

 少しずつ、距離が近い。

 

 密度が上がっている。

 

 ハルが小さく言う。

 

「増えすぎてない?」

 

「増えてる」

 

 俺は答える。

 

「意図的だ」

 

 クロウが補足する。

 

「外からも流してる」

 

「餌か」

 

 黒狼が言う。

 

「そうだ」

 

 グレイは“止まる場所”を完成させようとしている。

 

 人を集め。

 資源を入れ。

 

 動かない場所を“成立させる”。

 

 ◇

 

 だが、問題はそこじゃない。

 

 問題は──

 

 管理がないことだ。

 

 

 一体の肉食が、別の個体の水を取る。

 

 小さな衝突。

 

 だが、誰も止めない。

 

 誰も責任を持たない。

 

 

 レゴシが低く言う。

 

「これ、昨日はなかった」

 

「供給が切れ始めてる」

 

 イオリが分析する。

 

「外部からの資源投入が不安定です」

 

 ルイが言う。

 

「当然だな」

 

「持続しない」

 

 

 ハルが言う。

 

「でも、まだ小さいよ」

 

「そうだ」

 

 俺は答える。

 

「だから見せる」

 

 午後。

 

 最初の“崩れ”が来た。

 

 一体の草食が、倒れた。

 

 脱水。

 

 周囲は見るだけ。

 

 誰も動かない。

 

 

 カナンが動きかける。

 

「……助けないと」

 

 

 レゴシが止める。

 

「待て」

 

「でも!」

 

「今は見る」

 

 

 カナンの拳が震える。

 

 

 ハルが小さく言う。

 

「……きついね」

 

「そうだ」

 

 俺は答える。

 

 

 数分後。

 

 一体の別の草食が、水を持ってきた。

 

 倒れた個体に渡す。

 

 

 小さい動き。

 

 だが──

 

 重要だ。

 

 

 イオリが記録する。

 

「自発的介入、一件」

 

 

 完全に止まる場所ではない。

 

 中で、動きが生まれる。

 

 それを見極める。

 

 夕方。

 

 衝突が増える。

 

 食料。

 場所。

 

 小さな奪い合い。

 

 まだ暴力には至らない。

 

 だが、空気が変わる。

 

 

 黒狼が言う。

 

「時間の問題だな」

 

 

 レゴシが低く言う。

 

「止めないのか」

 

 

 俺は答える。

 

「まだだ」

 

 

 ハルが言う。

 

「どこまで待つの」

 

 

 少し間。

 

 

「“選びたくなる瞬間”までだ」

 

 夜。

 

 その瞬間は来た。

 

 一体の若い草食。

 

 自由滞在区に来て三日目。

 

 動かない。

 

 何も選ばない。

 

 

 だが。

 

 隣で衝突が起きた。

 

 水を巡って。

 

 

 その音で、顔を上げる。

 

 

 周囲を見る。

 

 誰も止めない。

 

 

 そして──

 

 立ち上がる。

 

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 

 外へ。

 

 

 カナンが息を呑む。

 

「……動いた」

 

 

 レゴシが言う。

 

「見たからだ」

 

 

 ハルが言う。

 

「止まってるだけじゃ、ダメって分かった」

 

 

 その草食は、青い灯りの方へ歩いた。

 

 

 途中へ。

 

 カナンが動く。

 

 今度は止めない。

 

 寄り添う。

 

 

「戻る?」

 

 

 草食は小さく頷く。

 

「……うん」

 

 

 決まった。

 

 

 小さい。

 

 だが──

 

 決定的だ。

 

 詰所。

 

 報告。

 

 自由滞在区からの自発離脱、一件。

 

 初めてだ。

 

 

 イオリが言う。

 

「臨界点が見えました」

 

「そうだ」

 

 俺は答える。

 

 

 止まる場所は、一定時間までは成立する。

 

 だが──

 

 内部圧で崩れる。

 

 

 それが見えた。

 

 ルイが言う。

 

「次だな」

 

 

「そうだ」

 

 

 ハルが聞く。

 

「何するの」

 

 

 俺は答える。

 

「繋ぐ」

 

 夜。

 

 屋上。

 

 流れはまだ細い。

 

 だが、止まっていない。

 

 

 自由滞在区も、まだ崩れていない。

 

 だが、揺れている。

 

 

 イオリが言う。

 

「次の一手で決まります」

 

 

「そうだ」

 

 

「何を繋ぐのですか」

 

 

 俺は街を見る。

 

 

 途中。

 外の途中。

 自由滞在区。

 

 

 そして、その間。

 

 

「止まる場所から、途中へ戻る導線を作る」

 

 

 イオリが一瞬止まる。

 

「……内部にですか」

 

 

「そうだ」

 

 

 ハルが言う。

 

「それ、グレイの中に道作るってこと?」

 

 

「そうだ」

 

 

 黒狼が笑う。

 

「面白えな」

 

 

 レゴシが言う。

 

「戻れるって分かれば……」

 

 

「動く」

 

 俺は答える。

 

 止まる場所には底がある。

 

 その底に触れたやつは、必ず考える。

 

 ここでいいのか。

 

 動くべきか。

 

 

 その時に、道があるかどうか。

 

 

 それが全てだ。

 

 ──メインクーンの俺が、“止まる場所の底”からの帰り道ごと、この世界に刻み込んでやる。

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