転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話 作:微糖コーヒー
外に道を引くのは簡単だ。
空間がある。
ルールがない。
干渉も少ない。
だが──
中に道を引くのは、敵の中に線を通すことだ。
見つかれば壊される。
隠せば使われない。
だから、見せながら壊されない形にする。
朝。
詰所のホワイトボードに、新しい図が描かれていた。
自由滞在区の簡易地図。
その中に、細い線。
青い点。
ハルがそれを見て言う。
「……これ、バレない?」
「バレる」
俺は答えた。
「じゃあ意味ないじゃん」
「意味はある」
イオリが補足する。
「“隠す道”ではなく、“選べる道”として提示します」
レゴシが言う。
「見えててもいいの?」
「見えている方がいい」
俺は言った。
「隠れた道は、信用されない」
◇
今回の導線は、今までと違う。
強制ではない。
誘導でもない。
ただ──
“ここから戻れる”と分かる線を置く。
それだけだ。
ハルが小さく言う。
「選ばせるんだね」
「そうだ」
◇
配置は三箇所。
一つ目。
水場付近。
二つ目。
中央滞留域。
三つ目。
外縁出口近く。
それぞれに、小さな青い灯り。
そして簡単な表示。
“戻る道”
それだけ。
説明はない。
押し付けない。
選ぶかどうかは、個体に任せる。
設置は夜に行った。
黒狼とレゴシが外周を抑え、
俺とイオリが設置、
ハルが最終確認。
作業は短時間。
だが緊張は高い。
途中、視線を感じる。
グレイだ。
闇の中で、こちらを見ている。
「何してる」
声だけ。
「道を引いてる」
俺は答えた。
沈黙。
「中にか?」
「そうだ」
グレイは少し笑った。
「意味ねえよ」
「分かるやつにはある」
それで終わりだ。
干渉はしてこない。
まだ様子見だ。
翌朝。
変化は、すぐには出なかった。
誰も灯りに近づかない。
誰も触れない。
ただ、視線だけが集まる。
ハルが言う。
「見てるね」
「見てる」
俺は答えた。
それでいい。
最初はそれだけでいい。
昼。
最初の動き。
一体の若い肉食。
灯りの前で止まる。
しゃがむ。
表示を見る。
“戻る道”
数秒。
立ち上がる。
戻らない。
そのまま離れる。
ハルが小さく言う。
「ダメか」
「違う」
俺は言った。
「今は選ばなかっただけだ」
選択は、一回で決まるものじゃない。
見る。
考える。
離れる。
その繰り返しで、変わる。
午後。
自由滞在区の内部圧は、さらに上がっていた。
水場での小競り合い。
場所の取り合い。
昨日より明確に荒れている。
レゴシが低く言う。
「限界に近い」
黒狼が言う。
「そろそろ来るな」
「何が」
カナンが聞く。
「逃げ出すやつだ」
夕方。
来た。
一体の草食。
中央滞留域から、ふらつきながら離れる。
視線が灯りに行く。
止まる。
戻るか。
残るか。
数秒。
後ろで衝突音。
その音で、体がびくっと動く。
そして──
一歩。
灯りの方へ。
カナンが息を呑む。
「……行く」
草食は、灯りの線を辿る。
迷う。
止まる。
だが、戻らない。
進む。
外の途中へ。
カナンが動く。
今度は自然に。
「戻る?」
草食は頷く。
「……戻る」
決まった。
その後、二体。
三体。
同じように灯りを見る。
同じように迷う。
同じように動く。
流れが戻る。
少しずつ。
だが確実に。
夜。
詰所。
報告。
自由滞在区からの自発離脱、五件。
昨日の一件から、一気に増えた。
ハルが笑う。
「効いてるじゃん」
「効いてる」
俺は答えた。
だが、まだ足りない。
グレイは黙っていない。
その夜。
動いた。
自由滞在区の灯りが──
一つ、壊された。
青い灯り。
踏み潰されている。
クロウが報告する。
「やられた」
黒狼が舌打ちする。
「来たな」
レゴシが言う。
「直す」
「直す」
俺は答えた。
そして──
「増やす」
翌朝。
壊された灯りの場所に、
二つ、置いた。
そして、その横に書いた。
“壊されても、戻れる”
昼。
再び壊される。
今度は二つとも。
夕方。
三つ置く。
夜。
また壊される。
翌朝。
五つ置く。
繰り返し。
単純な消耗戦。
ハルが言う。
「意地だね」
「構造だ」
俺は答える。
壊される前提で増やす。
消える前提で繋ぐ。
それが流れの強さだ。
三日後。
変化が出た。
壊されていない灯りが残る。
理由は単純。
壊す側が追いつかない。
全ては壊せない。
そして、残った灯りを──
獣が使う。
カナンが言う。
「……増やせば勝てるんですね」
黒狼が笑う。
「単純だろ」
レゴシが言う。
「でも、やり続けるのが難しい」
「そうだ」
俺は答えた。
夜。
屋上。
流れは戻り始めている。
まだ不安定。
だが、止まっていない。
イオリが言う。
「内部導線、定着し始めています」
「まだ序盤だ」
「ですが、意味は伝わっています」
俺は街を見る。
止まる場所の中に、
細い道が通っている。
壊されても、消えない道。
「次は」
イオリが聞く。
俺は答えた。
「出口を奪い返す」
中に道は引いた。
だが、まだ流れの主導権は向こうにある。
次は──
流れそのものを取り戻す。
──メインクーンの俺が、“中に引いた道”ごと、この世界の流れを奪い返してやる。