転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第五十七話:中に引く道

 

 外に道を引くのは簡単だ。

 

 空間がある。

 ルールがない。

 干渉も少ない。

 

 だが──

 

 中に道を引くのは、敵の中に線を通すことだ。

 

 見つかれば壊される。

 隠せば使われない。

 

 だから、見せながら壊されない形にする。

 

 朝。

 

 詰所のホワイトボードに、新しい図が描かれていた。

 

 自由滞在区の簡易地図。

 

 その中に、細い線。

 

 青い点。

 

 ハルがそれを見て言う。

 

「……これ、バレない?」

 

「バレる」

 

 俺は答えた。

 

「じゃあ意味ないじゃん」

 

「意味はある」

 

 イオリが補足する。

 

「“隠す道”ではなく、“選べる道”として提示します」

 

 レゴシが言う。

 

「見えててもいいの?」

 

「見えている方がいい」

 

 俺は言った。

 

「隠れた道は、信用されない」

 

 ◇

 

 今回の導線は、今までと違う。

 

 強制ではない。

 

 誘導でもない。

 

 ただ──

 

 “ここから戻れる”と分かる線を置く。

 

 それだけだ。

 

 ハルが小さく言う。

 

「選ばせるんだね」

 

「そうだ」

 

 ◇

 

 配置は三箇所。

 

 一つ目。

 水場付近。

 

 二つ目。

 中央滞留域。

 

 三つ目。

 外縁出口近く。

 

 それぞれに、小さな青い灯り。

 

 そして簡単な表示。

 

 “戻る道”

 

 それだけ。

 

 説明はない。

 

 押し付けない。

 

 選ぶかどうかは、個体に任せる。

 

 設置は夜に行った。

 

 黒狼とレゴシが外周を抑え、

 俺とイオリが設置、

 ハルが最終確認。

 

 

 作業は短時間。

 

 だが緊張は高い。

 

 

 途中、視線を感じる。

 

 

 グレイだ。

 

 

 闇の中で、こちらを見ている。

 

 

「何してる」

 

 

 声だけ。

 

 

「道を引いてる」

 

 俺は答えた。

 

 

 沈黙。

 

 

「中にか?」

 

「そうだ」

 

 

 グレイは少し笑った。

 

 

「意味ねえよ」

 

 

「分かるやつにはある」

 

 

 それで終わりだ。

 

 干渉はしてこない。

 

 まだ様子見だ。

 

 翌朝。

 

 変化は、すぐには出なかった。

 

 

 誰も灯りに近づかない。

 

 誰も触れない。

 

 

 ただ、視線だけが集まる。

 

 

 ハルが言う。

 

「見てるね」

 

「見てる」

 

 俺は答えた。

 

 

 それでいい。

 

 最初はそれだけでいい。

 

 昼。

 

 最初の動き。

 

 一体の若い肉食。

 

 灯りの前で止まる。

 

 しゃがむ。

 

 表示を見る。

 

 

 “戻る道”

 

 

 数秒。

 

 

 立ち上がる。

 

 

 戻らない。

 

 そのまま離れる。

 

 

 ハルが小さく言う。

 

「ダメか」

 

 

「違う」

 

 俺は言った。

 

 

「今は選ばなかっただけだ」

 

 

 選択は、一回で決まるものじゃない。

 

 見る。

 考える。

 離れる。

 

 その繰り返しで、変わる。

 

 午後。

 

 自由滞在区の内部圧は、さらに上がっていた。

 

 

 水場での小競り合い。

 

 場所の取り合い。

 

 

 昨日より明確に荒れている。

 

 

 レゴシが低く言う。

 

「限界に近い」

 

 

 黒狼が言う。

 

「そろそろ来るな」

 

 

「何が」

 

 カナンが聞く。

 

 

「逃げ出すやつだ」

 

 夕方。

 

 来た。

 

 

 一体の草食。

 

 中央滞留域から、ふらつきながら離れる。

 

 

 視線が灯りに行く。

 

 

 止まる。

 

 

 戻るか。

 残るか。

 

 

 数秒。

 

 

 後ろで衝突音。

 

 

 その音で、体がびくっと動く。

 

 

 そして──

 

 

 一歩。

 

 

 灯りの方へ。

 

 

 カナンが息を呑む。

 

「……行く」

 

 

 草食は、灯りの線を辿る。

 

 

 迷う。

 

 止まる。

 

 

 だが、戻らない。

 

 

 進む。

 

 

 外の途中へ。

 

 カナンが動く。

 

 今度は自然に。

 

 

「戻る?」

 

 

 草食は頷く。

 

 

「……戻る」

 

 

 決まった。

 

 その後、二体。

 

 三体。

 

 

 同じように灯りを見る。

 

 同じように迷う。

 

 同じように動く。

 

 

 流れが戻る。

 

 少しずつ。

 

 

 だが確実に。

 

 夜。

 

 詰所。

 

 報告。

 

 

 自由滞在区からの自発離脱、五件。

 

 

 昨日の一件から、一気に増えた。

 

 

 ハルが笑う。

 

「効いてるじゃん」

 

 

「効いてる」

 

 俺は答えた。

 

 

 だが、まだ足りない。

 

 

 グレイは黙っていない。

 

 その夜。

 

 動いた。

 

 

 自由滞在区の灯りが──

 

 

 一つ、壊された。

 

 

 青い灯り。

 

 

 踏み潰されている。

 

 

 クロウが報告する。

 

「やられた」

 

 

 黒狼が舌打ちする。

 

「来たな」

 

 

 レゴシが言う。

 

「直す」

 

 

「直す」

 

 俺は答えた。

 

 

 そして──

 

「増やす」

 

 翌朝。

 

 壊された灯りの場所に、

 

 

 二つ、置いた。

 

 

 そして、その横に書いた。

 

 

 “壊されても、戻れる”

 

 昼。

 

 再び壊される。

 

 今度は二つとも。

 

 

 夕方。

 

 三つ置く。

 

 

 夜。

 

 また壊される。

 

 

 翌朝。

 

 五つ置く。

 

 

 繰り返し。

 

 単純な消耗戦。

 

 

 ハルが言う。

 

「意地だね」

 

 

「構造だ」

 

 俺は答える。

 

 

 壊される前提で増やす。

 

 消える前提で繋ぐ。

 

 

 それが流れの強さだ。

 

 三日後。

 

 変化が出た。

 

 

 壊されていない灯りが残る。

 

 

 理由は単純。

 

 壊す側が追いつかない。

 

 

 全ては壊せない。

 

 

 そして、残った灯りを──

 

 

 獣が使う。

 

 カナンが言う。

 

「……増やせば勝てるんですね」

 

 

 黒狼が笑う。

 

「単純だろ」

 

 

 レゴシが言う。

 

「でも、やり続けるのが難しい」

 

 

「そうだ」

 

 俺は答えた。

 

 夜。

 

 屋上。

 

 流れは戻り始めている。

 

 

 まだ不安定。

 

 だが、止まっていない。

 

 

 イオリが言う。

 

「内部導線、定着し始めています」

 

 

「まだ序盤だ」

 

 

「ですが、意味は伝わっています」

 

 

 俺は街を見る。

 

 

 止まる場所の中に、

 

 細い道が通っている。

 

 

 壊されても、消えない道。

 

 

「次は」

 

 イオリが聞く。

 

 

 俺は答えた。

 

「出口を奪い返す」

 

 中に道は引いた。

 

 だが、まだ流れの主導権は向こうにある。

 

 

 次は──

 

 流れそのものを取り戻す。

 

 ──メインクーンの俺が、“中に引いた道”ごと、この世界の流れを奪い返してやる。

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