転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第六話:制度という牙と、血の値段

 裏市の灯りは、遠目には温かく見える。

 だが一歩踏み込めば、それは“ぬるい血”の色だと分かる。

 

 俺は中央通りを真っ直ぐ進んだ。

 視線が集まる。前回とは質が違う。

 

(観察対象から、介入者へ)

 

 噂は早い。この場所でも同じだ。

 

「来たな、ガキ」

 

 通りの奥、腕を組んで待っていたヒグマが顎で合図する。

 周囲には数体、明らかに“まとめ役”の連中が集まっていた。

 狼、豹、犬……いずれも筋肉と経験の塊だ。

 

「話を聞こうじゃねえか。“ルールを変える”ってな」

 

 ヒグマが低く笑う。

 

「簡単だ」

 

 俺は歩みを止めず、連中の輪の中央へ入る。

 

「“捕食”を制度にする」

 

 

 一瞬、空気が止まった。

 

 

「……は?」

 

 豹が眉をひそめる。

 

「ここはすでに“制度”だろうが」

 

 

「違うな」

 

 俺は首を振る。

 

「これは“黙認された逸脱”だ。秩序はあるが、正当性がない」

 

 

「正当性だと?」

 

 

「だから脆い」

 

 俺は床を軽く叩いた。

 

「表に出られない。責任が所在しない。いざという時、全部が瓦解する」

 

 

 ヒグマは黙って聞いている。

 

 

「俺がやるのは三つだ」

 

 指を一本ずつ立てる。

 

「供給の管理。消費の管理。逸脱の罰則」

 

 

「はは、役人ごっこか?」

 

 狼が嘲る。

 

 

「違う。“生存戦略”だ」

 

 

 俺は続ける。

 

「第一に、供給。現状は“出所不明”が多すぎる。だから暴走が増える」

 

「第二に、消費。衝動任せの“買い”が、依存と犯罪を加速させる」

 

「第三に、罰則。破った時の“コスト”が曖昧だ。だから繰り返す」

 

 

 静かに、しかしはっきりと言い切る。

 

「これを全部、“見える形”にする」

 

 

 豹が鼻で笑った。

 

「で? 誰がやる。お前か?」

 

 

「ああ」

 

 

 即答。

 

 

「……舐めてんのか」

 

 

 空気が一気に冷える。

 

 

(来るな)

 

 

 次の瞬間、豹が踏み込んだ。

 

 速い。だが――

 

 

 俺は一歩だけ前へ出る。

 

 肩を入れ、重心を崩し、顎を軽く弾く。

 

 

 “ゴンッ”

 

 

 鈍い音とともに、豹の体が崩れ落ちた。

 

 

「……」

 

 

 沈黙。

 

 

「話の続きをいいか?」

 

 

 俺は淡々と続ける。

 

 

「“誰がやるか”の答えはもう出てる」

 

 

 ヒグマが小さく息を吐いた。

 

 

「……強さで押し通すつもりか」

 

 

「違うな。強さで“枠”を作る」

 

 

 俺はヒグマを見据える。

 

 

「お前たちは、ここを守ってきた。だが“次”がない」

 

 

「……」

 

 

「俺は“次”を用意する」

 

 

 短い沈黙の後、ヒグマが口を開いた。

 

 

「具体的に言え」

 

 

(乗ったな)

 

 

 俺は頷く。

 

 

「“登録制”にする」

 

 

「登録?」

 

 

「供給源と消費者、両方だ」

 

 

 ざわめき。

 

 

「供給は“合法的に発生した肉”のみに限定する」

 

 

「合法だと?」

 

 

「事故死、自然死、そして――医療・研究で廃棄されるもの」

 

 

「……綺麗事だな」

 

 

「綺麗に見せるためじゃない。“トレーサビリティ”のためだ」

 

 

 聞き慣れない言葉に、数体が顔をしかめる。

 

 

「出所が追える状態にする。誰がどこから、どれだけ流したか」

 

 

「そりゃあ……面倒だな」

 

 

「だが、その代わり“摘発されにくくなる”」

 

 

 俺は一歩近づく。

 

 

「表に見せられる形に近づくほど、“潰される理由”が減る」

 

 

 ヒグマの目が細まる。

 

 

「続けろ」

 

 

「消費側も登録だ。購入量に上限を設ける。衝動買いを抑える」

 

 

「依存するやつはどうする」

 

 

「カウンセリングと強制制限」

 

 

「は?」

 

 

「精神の問題だ。放置すれば暴発する。だから“治療”する」

 

 

 豹が床に転がったまま、うめく。

 

 

「……医者かよ」

 

 

「違う。“管理者”だ」

 

 

 俺は視線を巡らせる。

 

 

「最後に罰則」

 

 

 空気がさらに重くなる。

 

 

「登録外の取引、過剰消費、暴走。これらは“即排除”」

 

 

「排除ってのは……」

 

 

「ここからの永久追放」

 

 

 ヒグマが低く唸る。

 

 

「甘いな」

 

 

「甘くない」

 

 

 俺は即答した。

 

 

「外に出た時点で、そいつは“無防備”になる」

 

 

 表の警察、学園の監視、そして――自滅」

 

 

 わざと淡々と告げる。

 

 

「ここにいる方が“安全”だと理解させる」

 

 

 沈黙。

 

 

 誰もすぐには口を開かない。

 

 

(効いてるな)

 

 

 理屈は通っている。

 問題は、“受け入れるかどうか”だ。

 

 

「……条件がある」

 

 

 ヒグマが口を開いた。

 

 

「何だ」

 

 

「俺たちを排除しないことだ」

 

 

「当然だ」

 

 

 俺は頷く。

 

 

「むしろ、運営に入ってもらう」

 

 

「……ほう?」

 

 

「現場を知らないやつに、現場は回せない」

 

 

 ヒグマの口元がわずかに上がる。

 

 

「いいだろう」

 

 

 

 その一言で、流れが決まった。

 

 

 周囲の連中も、渋々ながら頷く。

 

 

(第一段階、完了)

 

 

 だが――

 

 

「ただし」

 

 

 ヒグマが続ける。

 

 

「裏切ったら……分かってるな?」

 

 

「問題ない」

 

 

 俺は一歩も引かずに答える。

 

 

「その時は、お前ら全員で来い」

 

 

 数秒の静寂。

 

 

 そして――

 

 

「ははっ……いいねえ」

 

 

 ヒグマは豪快に笑った。

 

 

「気に入った」

 

 

 

 ◇

 

 

 数日後。

 

 

 裏市は、目に見えて変わり始めていた。

 

 

 簡易的な登録所。

 

 帳簿。

 

 監視役。

 

 

 まだ粗いが、“形”はできている。

 

 

(動き出したな)

 

 

 完全ではない。

 

 だが、“無秩序”から“半秩序”へ。

 

 

 それだけで、暴発の確率は大きく下がる。

 

 

 

 一方――

 

 

 学園側でも、変化が起きていた。

 

 

「最近、少し落ち着いてきたね」

 

 

 昼休み、隣でレゴシが呟く。

 

 

「そう見えるだけだ」

 

 

 俺は弁当を口に運びながら答える。

 

 

「水面下では、もっと動いてる」

 

 

「……そうなのか」

 

 

「お前も、その一部だ」

 

 

「え?」

 

 

 レゴシが顔を上げる。

 

 

「近いうちに、裏市へ行く」

 

 

 

「……!」

 

 

 

「準備はできてるか?」

 

 

 

 レゴシは、しばらく黙った後――

 

 

 

「……やる」

 

 

 

 小さく、だが確かな声で答えた。

 

 

 

(いい顔だ)

 

 

 

 恐怖は消えていない。

 

 だが、それに飲まれてもいない。

 

 

 

 “境界”の上に立てている。

 

 

 

「じゃあ、今夜だ」

 

 

 

「今夜!?」

 

 

 

「タイミングは逃すな」

 

 

 

 俺は立ち上がる。

 

 

 

「世界は、待ってくれない」

 

 

 

 ◇

 

 

 夜。

 

 

 再び、裏市の入口。

 

 

 

「……ここが」

 

 

 レゴシが息を呑む。

 

 

 

「そうだ」

 

 

 

 俺は一歩踏み込む。

 

 

 

「ここが、“現実”だ」

 

 

 

 レゴシも、続く。

 

 

 

 中に入った瞬間、空気が変わる。

 

 

 

 匂い。

 

 視線。

 

 

 

 レゴシの体がわずかに震える。

 

 

 

(来るな)

 

 

 

 だが――

 

 

 

 彼は踏みとどまった。

 

 

 

「……大丈夫か」

 

 

 

「……ああ」

 

 

 

 声は震えているが、足は止まらない。

 

 

 

(合格ラインだ)

 

 

 

 その時。

 

 

 

「おい、そいつが例のか?」

 

 

 

 ヒグマが近づいてくる。

 

 

 

「ああ」

 

 

 

「ほう……」

 

 

 

 ヒグマはレゴシをじっと見つめる。

 

 

 

「……いい目してるじゃねえか」

 

 

 

「……っ」

 

 

 

 レゴシが息を飲む。

 

 

 

「だが――」

 

 

 

 ヒグマの顔が、わずかに険しくなる。

 

 

 

「試す必要があるな」

 

 

 

(当然だ)

 

 

 

 ここは、甘い場所じゃない。

 

 

 

「やれ」

 

 

 

 俺は短く言う。

 

 

 

「……分かった」

 

 

 

 レゴシが一歩前に出る。

 

 

 

 周囲の空気が、張り詰める。

 

 

 

 次の瞬間――

 

 

 

 ヒグマの拳が、振り下ろされた。

 

 

 

 ――それを。

 

 

 

 レゴシは、正面から受け止めた。

 

 

 

 “止めた”。

 

 

 

「……」

 

 

 

 ヒグマの目が、わずかに見開かれる。

 

 

 

「……ほう」

 

 

 

 レゴシの足は震えている。

 

 だが、崩れない。

 

 

 

(やるじゃねえか)

 

 

 

 そのまま、重心をずらし――

 

 

 

 “いなす”。

 

 

 

 ヒグマの体がわずかに傾く。

 

 

 

「……合格だ」

 

 

 

 ヒグマが笑った。

 

 

 

「いいだろう。中に入れ」

 

 

 

 

 レゴシは、静かに息を吐いた。

 

 

 

 そして――

 

 

 

 一歩、踏み出す。

 

 

 

 “こちら側”へ。

 

 

 

 ◇

 

 

 その夜。

 

 

 

 俺は確信していた。

 

 

 

 すべてが、動き出したと。

 

 

 

 制度。

 

 力。

 

 意志。

 

 

 

 それらが、噛み合い始めている。

 

 

 

 だが同時に――

 

 

 

(必ず、反発が来る)

 

 

 

 変化は、必ず敵を生む。

 

 

 

 それが内側か、外側かは分からない。

 

 

 

 だが。

 

 

 

「問題ない」

 

 

 

 俺は静かに呟く。

 

 

 

「全部、潰すだけだ」

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