転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第六十三話:消えても残るもの

 

 

 いなくなる準備には、段階がある。

 

 手を離す。

 口を出さない。

 決めない。

 

 そして最後に──

 

 存在しない前提で回るかを見る。

 

 朝。

 

 詰所の扉を開ける前に、俺は止まった。

 

 中の気配を、感じる。

 

 声。

 足音。

 紙の擦れる音。

 

 いつも通りだ。

 

 だが、その“いつも通り”の中に、もう俺はいない。

 

 ──そういう前提で動いている。

 

 

 扉を開ける。

 

 

 誰もこちらを見ない。

 

 

 違う。

 

 見えている。

 

 だが、“見る必要がない”と判断している。

 

 

 それでいい。

 

 黒狼が机に足を乗せたまま言う。

 

「巡回、南ルート増やした」

 

 

 レゴシが地図を指す。

 

「こっちの導線、少し詰まってる」

 

 

 カナンが記録を見ながら言う。

 

「昨日の衝突、原因は水場の配置です」

 

 

 ライカが補足する。

 

「補充頻度を上げれば解決できます」

 

 

 イオリが全体をまとめる。

 

「では、配置変更と巡回強化で対応します」

 

 誰も俺に確認しない。

 

 

 誰も俺に委ねない。

 

 

 その判断が、その場で決まる。

 

 

 流れが止まらない。

 

 いい。

 

 

 それでいい。

 

 俺は何も言わず、端に座る。

 

 

 ただ観測する。

 

 午前。

 

 最初の試験。

 

 

 意図的に仕込まれた“複合例外”。

 

 

 イオリが準備した。

 

 

 外の途中と自由滞在区の境界で、

 

 

 ・水不足

 ・個体密集

 ・軽度衝突

 ・新規流入

 

 

 これらが同時に発生するようにする。

 

 普通なら──

 

 判断が割れる。

 

 優先順位がぶれる。

 

 処理が遅れる。

 

 だが。

 

 

 現場。

 

 

 レゴシが言う。

 

「まず分離」

 

 

 黒狼が動く。

 

 物理的に距離を取る。

 

 

 カナンが言う。

 

「水は一時的に分配制御」

 

 

 ライカがすぐに補充ルートを確保。

 

 

 新規流入は──

 

 

 イオリが遠隔で誘導。

 

 

 導線を分ける。

 

 衝突は拡大しない。

 

 水不足は解消される。

 

 流入は分散される。

 

 数分。

 

 

 それだけで収まる。

 

 俺は、何もしていない。

 

 イオリが言う。

 

「第一試験、完了」

 

 

 ルイが静かに頷く。

 

 

「問題なしだな」

 

 ハルはいない。

 

 

 だが、その役割も、誰かが担っている。

 

 昼。

 

 第二試験。

 

 

 これはより厄介だ。

 

 

 判断が割れる案件。

 

 自由滞在区の一体。

 

 

 長期滞在。

 

 役割拒否。

 

 だが、暴力はない。

 

 どうするか。

 

 

 残すか。

 

 動かすか。

 

 外へ出すか。

 

 カナンが言う。

 

「……動かすべきだと思います」

 

 

 ライカが言う。

 

「でも、強制になるかもしれない」

 

 

 レゴシが考える。

 

 

 黒狼は何も言わない。

 

 沈黙。

 

 

 その沈黙が、重要だ。

 

 数秒。

 

 

 レゴシが言う。

 

 

「同行選択にする」

 

 

「一回だけ」

 

 

「選ばなければ、そのままにする」

 

 カナンが頷く。

 

 

 ライカも納得する。

 

 判断がまとまる。

 

 

 誰も“正解”を知らない。

 

 

 だが──

 

 全員が納得できるラインに収束する。

 

 これだ。

 

 

 これが“構造の完成”だ。

 

 結果。

 

 

 対象個体は、途中を選ぶ。

 

 

 成功。

 

 夕方。

 

 第三試験。

 

 

 最後。

 

 

 最も重要なもの。

 

 完全な不在。

 

 俺は詰所を出る。

 

 

 誰にも言わない。

 

 

 どこへ行くかも。

 

 屋上。

 

 

 そこから全体を俯瞰する。

 

 

 通信も切る。

 

 

 観測だけ。

 

 ここからは──

 

 完全に俺抜き。

 

 時間が流れる。

 

 

 一時間。

 

 二時間。

 

 

 何も起きない。

 

 そして──

 

 

 起きる。

 

 外の途中。

 

 

 中規模衝突。

 

 

 複数個体。

 

 原因不明。

 

 いつもなら俺が出る案件。

 

 だが、出ない。

 

 現場。

 

 

 レゴシが即座に介入。

 

 

 黒狼が横から制圧。

 

 

 カナンとライカが分離誘導。

 

 

 イオリが導線再配置。

 

 処理される。

 

 

 速い。

 

 

 迷いはある。

 

 だが──

 

 止まらない。

 

 数分後。

 

 

 完全に収束。

 

 俺は、何もしていない。

 

 風が吹く。

 

 

 屋上で一人、立っている。

 

 その時。

 

 

 気配。

 

 振り返る。

 

 グレイ。

 

 相変わらずの距離。

 

 

 相変わらずの笑み。

 

「消えたな」

 

 

 短い一言。

 

「見てるだけだ」

 

 俺は答える。

 

 グレイは肩をすくめる。

 

 

「それが一番厄介だ」

 

 少し沈黙。

 

 グレイが言う。

 

 

「で、どうだ」

 

 

「回ってるか」

 

 俺は街を見る。

 

 

 灯り。

 

 流れ。

 

 

 そして、人の動き。

 

「回ってる」

 

 グレイは少しだけ目を細めた。

 

「つまんねえな」

 

 そう言いながらも、

 

 その声には、どこか納得があった。

 

「終わりか」

 

「終わりだ」

 

 短い会話。

 

 

 だが、それで十分だった。

 

 グレイは背を向ける。

 

 

「じゃあな」

 

 止まる側として、残る。

 

 俺は何も言わない。

 

 夜。

 

 詰所に戻る。

 

 誰も驚かない。

 

 

 誰も聞かない。

 

 イオリが言う。

 

 

「最終試験、完了です」

 

 ルイが言う。

 

 

「どうだ」

 

 俺は答える。

 

 

「回る」

 

 ハルはいない。

 

 

 だが、その選択も含めて──

 

 構造は成立している。

 

 レゴシが小さく息を吐く。

 

 

「よかった」

 

 黒狼が笑う。

 

 

「これでようやく、俺らの仕事だな」

 

 カナンが言う。

 

 

「……任されるんですね」

 

 ライカが頷く。

 

 

「はい」

 

 それでいい。

 

 屋上。

 

 

 最後に、もう一度見る。

 

 街。

 

 

 流れ。

 

 

 灯り。

 

 

 境界。

 

 全部、残っている。

 

 

 俺がいなくても。

 

 それでいい。

 

「終わりだ」

 

 

 小さく呟く。

 

 役割は終わる。

 

 

 だが──

 

 

 残るものがある。

 

 選び方。

 

 

 迷い方。

 

 

 動き方。

 

 それが残れば、十分だ。

 

 ──メインクーンの俺が、“消えても残るもの”ごと、この世界に刻み込んでやる。

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