転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第六十四話:いない日常

 

 いなくなる、というのは。

 

 突然消えることじゃない。

 

 気づいたら、いない。

 

 それくらいでいい。

 

 それくらいでなければ、残ったものが歪む。

 

 朝。

 

 詰所は、いつも通りに開いていた。

 

 灯り。

 端末の音。

 紙の匂い。

 

 変わらない。

 

 ただ一つ。

 

 中心が空いている。

 

 

 そこに座っていたはずの影が、ない。

 

 誰もそれを口にしない。

 

 

 言えば、そこに意識が集まる。

 

 意識が集まれば、欠落になる。

 

 

 だから──

 

 誰も言わない。

 

 レゴシが先に動く。

 

 

「南ルート、昨日の修正で流れ戻ってる」

 

 

 黒狼が答える。

 

 

「北は少し詰まり気味だな」

 

 

 カナンが記録を見ながら言う。

 

 

「外の途中の入口、分散した方がいいです」

 

 

 ライカが頷く。

 

 

「補助灯を増やします」

 

 イオリが全体をまとめる。

 

 

「では、北側の再配置と補助灯の追加で対応します」

 

 自然だ。

 

 

 誰も迷っていないわけじゃない。

 

 

 だが、止まらない。

 

 

 流れは続いている。

 

 ハルはいない。

 

 

 その代わりに──

 

 小さな変化がある。

 

 入口付近。

 

 

 一体の若い草食が、立ち止まっていた。

 

 

 以前なら、ハルが声をかけていた位置。

 

 

 今は──

 

 

 カナンが近づく。

 

「どうした」

 

 

 草食は迷っている。

 

 

 前に進むか。

 

 戻るか。

 

 

 言葉が出ない。

 

 カナンは、少し考えてから言う。

 

 

「一緒に見るか」

 

 ハルとは違う言い方。

 

 

 だが──

 

 同じ意味だ。

 

 草食は、小さく頷く。

 

 

 二体で、灯りの方を見る。

 

 

 選択肢を見る。

 

 

 時間をかける。

 

 やがて。

 

 

 草食が言う。

 

 

「……戻る」

 

 決まる。

 

 カナンは何も言わない。

 

 

 ただ、隣を歩く。

 

 それでいい。

 

 昼。

 

 外の途中。

 

 黒狼が巡回している。

 

 

 動きは荒い。

 

 

 だが、的確だ。

 

 小さな衝突。

 

 

 すぐに割って入る。

 

 

「やめろ」

 

 

 短い言葉。

 

 

 力も使う。

 

 

 だが、過剰ではない。

 

 その後。

 

 

 距離を取らせる。

 

 

 導線へ戻す。

 

 以前なら、誰かが指示していた。

 

 

 今は違う。

 

 

 その場で決まる。

 

 レゴシが別ルートから戻る。

 

 

「南、問題なし」

 

 

 黒狼が頷く。

 

 

「北は?」

 

 

「少し増えてる」

 

 会話だけで、次の動きが決まる。

 

 夕方。

 

 自由滞在区。

 

 ここも変わった。

 

 

 完全な停滞はない。

 

 

 小さな動きが、常にある。

 

 一体の肉食が、水を補充している。

 

 

 別の個体が、それを見ている。

 

「代わるか」

 

 

 短い会話。

 

 以前なら、あり得なかった。

 

 

 誰も関わらなかった場所。

 

 

 今は違う。

 

 関わりがある。

 

 

 だから、止まらない。

 

 夜。

 

 詰所。

 

 報告が上がる。

 

 

 問題なし。

 

 

 小さな衝突。

 

 小さな修正。

 

 

 すべて処理済み。

 

 ルイが言う。

 

 

「安定しているな」

 

 

 イオリが頷く。

 

 

「想定内です」

 

 レゴシが小さく言う。

 

 

「……本当に回ってる」

 

 黒狼が笑う。

 

 

「当たり前だろ」

 

 カナンが言う。

 

 

「でも……少しだけ、怖いです」

 

 ライカが見る。

 

 

「何が」

 

「もし、また大きいのが来たら」

 

 沈黙。

 

 それは正しい不安だ。

 

 レゴシが答える。

 

 

「その時は、その時だ」

 

 

「今と同じように考える」

 

 黒狼が続ける。

 

 

「完璧なんかねえ」

 

 それでいい。

 

 完璧じゃない。

 

 

 だが──

 

 

 止まらない。

 

 夜。

 

 屋上。

 

 風が吹く。

 

 誰もいない。

 

 いや。

 

 

 一つだけ、残っている。

 

 青い灯り。

 

 

 小さく揺れる。

 

 その下を、獣が通る。

 

 

 迷いながら。

 

 

 選びながら。

 

 

 動いていく。

 

 それが日常になる。

 

 

 いないことが、普通になる。

 

 遠く。

 

 

 自由滞在区。

 

 

 まだ残っている影。

 

 

 だが、それも含めて──

 

 

 世界だ。

 

 声はない。

 

 

 指示もない。

 

 

 だが、流れはある。

 

 それでいい。

 

 いなくても、残る。

 

 

 それが完成だ。

 

 ──メインクーンの俺が、“いない日常”ごと、この世界に根付かせてやる。

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