転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話 作:微糖コーヒー
いなくなる、というのは。
突然消えることじゃない。
気づいたら、いない。
それくらいでいい。
それくらいでなければ、残ったものが歪む。
朝。
詰所は、いつも通りに開いていた。
灯り。
端末の音。
紙の匂い。
変わらない。
ただ一つ。
中心が空いている。
そこに座っていたはずの影が、ない。
誰もそれを口にしない。
言えば、そこに意識が集まる。
意識が集まれば、欠落になる。
だから──
誰も言わない。
レゴシが先に動く。
「南ルート、昨日の修正で流れ戻ってる」
黒狼が答える。
「北は少し詰まり気味だな」
カナンが記録を見ながら言う。
「外の途中の入口、分散した方がいいです」
ライカが頷く。
「補助灯を増やします」
イオリが全体をまとめる。
「では、北側の再配置と補助灯の追加で対応します」
自然だ。
誰も迷っていないわけじゃない。
だが、止まらない。
流れは続いている。
ハルはいない。
その代わりに──
小さな変化がある。
入口付近。
一体の若い草食が、立ち止まっていた。
以前なら、ハルが声をかけていた位置。
今は──
カナンが近づく。
「どうした」
草食は迷っている。
前に進むか。
戻るか。
言葉が出ない。
カナンは、少し考えてから言う。
「一緒に見るか」
ハルとは違う言い方。
だが──
同じ意味だ。
草食は、小さく頷く。
二体で、灯りの方を見る。
選択肢を見る。
時間をかける。
やがて。
草食が言う。
「……戻る」
決まる。
カナンは何も言わない。
ただ、隣を歩く。
それでいい。
昼。
外の途中。
黒狼が巡回している。
動きは荒い。
だが、的確だ。
小さな衝突。
すぐに割って入る。
「やめろ」
短い言葉。
力も使う。
だが、過剰ではない。
その後。
距離を取らせる。
導線へ戻す。
以前なら、誰かが指示していた。
今は違う。
その場で決まる。
レゴシが別ルートから戻る。
「南、問題なし」
黒狼が頷く。
「北は?」
「少し増えてる」
会話だけで、次の動きが決まる。
夕方。
自由滞在区。
ここも変わった。
完全な停滞はない。
小さな動きが、常にある。
一体の肉食が、水を補充している。
別の個体が、それを見ている。
「代わるか」
短い会話。
以前なら、あり得なかった。
誰も関わらなかった場所。
今は違う。
関わりがある。
だから、止まらない。
夜。
詰所。
報告が上がる。
問題なし。
小さな衝突。
小さな修正。
すべて処理済み。
ルイが言う。
「安定しているな」
イオリが頷く。
「想定内です」
レゴシが小さく言う。
「……本当に回ってる」
黒狼が笑う。
「当たり前だろ」
カナンが言う。
「でも……少しだけ、怖いです」
ライカが見る。
「何が」
「もし、また大きいのが来たら」
沈黙。
それは正しい不安だ。
レゴシが答える。
「その時は、その時だ」
「今と同じように考える」
黒狼が続ける。
「完璧なんかねえ」
それでいい。
完璧じゃない。
だが──
止まらない。
夜。
屋上。
風が吹く。
誰もいない。
いや。
一つだけ、残っている。
青い灯り。
小さく揺れる。
その下を、獣が通る。
迷いながら。
選びながら。
動いていく。
それが日常になる。
いないことが、普通になる。
遠く。
自由滞在区。
まだ残っている影。
だが、それも含めて──
世界だ。
声はない。
指示もない。
だが、流れはある。
それでいい。
いなくても、残る。
それが完成だ。
──メインクーンの俺が、“いない日常”ごと、この世界に根付かせてやる。