転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

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第六十八話:名もなき継承

 

 残るものは、名前を持たない。

 

 名前をつけた瞬間に、固定される。

 

 固定されたものは、いずれ形骸化する。

 

 

 だから──

 

 残すのは、やり方だけでいい。

 

 朝。

 

 詰所の机の上に、見慣れないメモが置かれていた。

 

 

 誰が書いたかは分からない。

 

 

 短い文。

 

 

「迷ったら、止まっていい」

 

 

 それだけ。

 

 レゴシがそれを見て言う。

 

 

「……誰だこれ」

 

 

 黒狼が笑う。

 

 

「さあな」

 

 カナンがメモを裏返す。

 

 

 何も書いていない。

 

 ライカが小さく言う。

 

 

「でも……分かります」

 

 意味は分かる。

 

 

 止まることを否定しない。

 

 

 だが──

 

 

 止まり続けるわけでもない。

 

 イオリが静かに言う。

 

 

「記録には残しません」

 

 その判断は正しい。

 

 

 これは“ルール”じゃない。

 

 

 感覚だ。

 

 昼。

 

 外の途中。

 

 一体の若い肉食が立ち止まっていた。

 

 

 迷っている。

 

 

 だが、誰も急かさない。

 

 レゴシは少し距離を取って見ている。

 

 

 カナンも、何も言わない。

 

 肉食は座る。

 

 

 しばらく動かない。

 

 そして──

 

 

 立ち上がる。

 

 

 ゆっくり歩く。

 

 

 途中へ。

 

 選ぶ。

 

 黒狼が言う。

 

 

「増えたな、こういうの」

 

 ライカが答える。

 

 

「はい」

 

 

「焦らない個体が増えています」

 

 それは大きな変化だ。

 

 夕方。

 

 自由滞在区。

 

 ここでも、小さな変化がある。

 

 

 一体の草食が、別の個体に声をかける。

 

 

「水、足りてるか」

 

 短い言葉。

 

 

 だが、以前ならなかった。

 

 返事は短い。

 

 

「……足りてる」

 

 それで終わる。

 

 

 だが──

 

 

 それでいい。

 

 関わりがある。

 

 

 それだけで、止まりきらない。

 

 夜。

 

 詰所。

 

 今日の報告は、特に大きなものはない。

 

 

 安定。

 

 

 だが、その中に小さな変化が積み重なっている。

 

 レゴシが言う。

 

 

「最近、声かけるやつ増えた」

 

 

 黒狼が頷く。

 

 

「見て覚えたんだろ」

 

 カナンが言う。

 

 

「教えたわけじゃないのに」

 

 ライカが答える。

 

 

「見ていたからです」

 

 それが継承だ。

 

 教える必要はない。

 

 

 見れば分かる。

 

 

 やれば伝わる。

 

 イオリが言う。

 

 

「行動パターンの共有が進んでいます」

 

 だが、それは記録ではない。

 

 

 コピーでもない。

 

 

 少しずつ違う。

 

 それでいい。

 

 夜。

 

 屋上。

 

 風は穏やかだ。

 

 灯りは安定している。

 

 その下を、誰かが通る。

 

 

 迷いながら。

 

 

 止まりながら。

 

 

 選びながら。

 

 その中に──

 

 

 見覚えのない動きがある。

 

 知らない個体。

 

 

 だが、やり方は同じだ。

 

 誰かが教えたわけじゃない。

 

 

 だが、同じように動く。

 

 それが広がる。

 

 名前はない。

 

 

 ルールでもない。

 

 

 ただの“やり方”。

 

 それが残る。

 

 遠く。

 

 

 境界の向こう。

 

 

 まだ見えていない場所でも──

 

 

 同じように動くかもしれない。

 

 それでいい。

 

 広がる。

 

 

 歪みながら。

 

 

 変わりながら。

 

 それでも、残る。

 

 ──メインクーンの俺が、“名もなき継承”ごと、この世界に流し続けてやる。

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