転生したらメインクーンだった俺が、獣社会の“歪み”を踏み潰す話   作:微糖コーヒー

7 / 59
第七話:均衡の裂け目と、王の資格

 変化は、静かに進む時ほど恐ろしい。

 

 裏市の制度化が始まってから一週間。

 表向きには“落ち着いた”と評される状態が続いていた。

 

 食殺未遂の件数は減少。

 夜間のトラブルも抑えられている。

 

 だが――

 

(静かすぎる)

 

 俺は、違和感を拭えずにいた。

 

 チェリートン学園の中庭。

 昼休みの喧騒の中にあっても、どこか“音が軽い”。

 

 恐怖が消えたわけではない。

 ただ、“押し込められている”だけだ。

 

(圧力が均等じゃない)

 

 裏市の制度が、確かに一部の“逃げ場”を整えた。

 だが同時に、そこに入れない者――

 あるいは、制度に適応できない者が、外側に取り残されている。

 

 その歪みが、今まさに“溜まっている”。

 

 

「……どうした」

 

 

 声をかけてきたのは、レゴシだ。

 

 

「顔が険しい」

 

 

「考え事だ」

 

 

「裏市のことか?」

 

 

「半分な」

 

 

 俺はベンチに腰を下ろし、空を見上げた。

 

 

「お前はどう感じてる」

 

 

「……少し、楽になった」

 

 

 レゴシは正直に答える。

 

 

「でも……」

 

 

「でも?」

 

 

「分からない。前よりも……変な感じがする」

 

 

(やっぱりか)

 

 

 感覚の鋭いこいつは、すでに気づいている。

 

 

「“偏り”だ」

 

 

「偏り?」

 

 

「均衡が崩れかけてる」

 

 

 俺は指で地面に円を描く。

 

 

「今までは、全体が不安定だった」

 

 

「今は、一部だけ安定してる」

 

 

「その分、他が歪む」

 

 

 

 レゴシは黙って聞いている。

 

 

「このままだと――」

 

 

 言いかけたところで。

 

 

 ざわ、と空気が揺れた。

 

 

 

 中庭の奥。

 

 

 数体の肉食獣が、草食獣を囲んでいる。

 

 

 だが、様子が違う。

 

 

 ただの威嚇ではない。

 

 

(……集団か)

 

 

 個体の暴走ではなく、“グループ”。

 

 

 これは、より厄介だ。

 

 

「行くぞ」

 

 

 俺は立ち上がる。

 

 

「……ああ」

 

 

 レゴシもすぐに続いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「逃げんなよ」

 

 

「ちょっと話があるだけだって」

 

 

 

 軽い口調。

 だが、その目は笑っていない。

 

 

 囲まれているのは、小柄な草食獣――シカだ。

 

 

「……やめろ」

 

 

 レゴシが前に出る。

 

 

「関係ないやつは引っ込んでろよ」

 

 

 リーダー格の肉食が、にやりと笑う。

 

 

「最近よ、調子に乗ってるやつが多いんだ」

 

 

「“裏”に行けるやつと、行けないやつで、差がついてる」

 

 

 

(やっぱりな)

 

 

 制度が生んだ“選別”。

 

 

 それが、不満を生んでいる。

 

 

「だから?」

 

 

 俺が一歩前に出る。

 

 

「バランスを取るって話だ」

 

 

 リーダー格が肩をすくめる。

 

 

「俺たちだって、我慢してんだよ?」

 

 

「じゃあ、発散する場所を作れ」

 

 

「あるだろ、裏市が」

 

 

「入れねえんだよ」

 

 

 吐き捨てるような声。

 

 

「登録? 制限? ふざけんな」

 

 

「だったら、自分で壊すしかねえだろ?」

 

 

 

(典型的な反発)

 

 

 制度に弾かれた側。

 

 

 だが、だからといって――

 

 

「理由にはならない」

 

 

 

 俺は、静かに言った。

 

 

 

「弱い奴に当たるな」

 

 

 

「は?」

 

 

 

「不満があるなら、上にぶつけろ」

 

 

 

 一歩、踏み込む。

 

 

 

「俺に来い」

 

 

 

 

 空気が凍る。

 

 

 

「……いいのか?」

 

 

 

 リーダー格の目が細まる。

 

 

 

「後悔すんなよ」

 

 

 

「しない」

 

 

 

 即答。

 

 

 

 次の瞬間。

 

 

 

 複数の肉食獣が、一斉に動いた。

 

 

 

(遅い)

 

 

 

 俺の視界では、すべてが“分解”されて見える。

 

 

 

 軌道。

 重心。

 力の流れ。

 

 

 

 最短距離で、最小の力で。

 

 

 

 一体、また一体。

 

 

 

 崩す。

 

 

 

 打つ。

 

 

 

 落とす。

 

 

 

 

 数秒後。

 

 

 

 地面に倒れているのは、全員だった。

 

 

 

「……っ」

 

 

 

 周囲の生徒たちが、息を呑む。

 

 

 

「これが“上”だ」

 

 

 

 俺は、倒れたリーダー格を見下ろす。

 

 

 

「不満があるなら、ここに来い」

 

 

 

「弱い者を狙うな」

 

 

 

「それができないなら――」

 

 

 

 ほんの少しだけ、声を低くする。

 

 

 

「消えるだけだ」

 

 

 

 

 沈黙。

 

 

 

 誰も、何も言えない。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その一件は、瞬く間に学園中へ広まった。

 

 

 

「またあいつだ……」

「一人で全員倒したって……」

「何なんだよ、あの猫……」

 

 

 

 評価は、恐怖へと傾いていく。

 

 

 

(いい傾向だ)

 

 

 

 中途半端な存在より、明確な“強者”の方が、秩序は保ちやすい。

 

 

 

 だが――

 

 

 

(これだけじゃ足りない)

 

 

 

 力による抑制は、あくまで一時的なもの。

 

 

 

 根本的な解決にはならない。

 

 

 

 

 その日の放課後。

 

 

 

 屋上。

 

 

 

「話は聞いた」

 

 

 

 ルイが腕を組んで立っている。

 

 

 

「派手にやったな」

 

 

 

「必要だった」

 

 

 

「そうだな」

 

 

 

 ルイは珍しく、すぐに同意した。

 

 

 

「だが、それだけでは足りない」

 

 

 

「分かってる」

 

 

 

 俺は頷く。

 

 

 

「“外側”が動き始めてる」

 

 

 

「外側?」

 

 

 

「制度に入れない連中」

 

 

 

「そいつらを、どうする」

 

 

 

 

 ルイの問いは、核心を突いていた。

 

 

 

(選択だな)

 

 

 

 取り込むか。

 

 切り捨てるか。

 

 

 

 どちらも、コストがある。

 

 

 

「選別する」

 

 

 

 俺は答えた。

 

 

 

「適応できるやつは、引き上げる」

 

 

 

「できないやつは?」

 

 

 

「排除する」

 

 

 

 

 ルイはしばらく俺を見つめていたが――

 

 

 

「……やはり、お前は狂っている」

 

 

 

「現実的だろ」

 

 

 

「そうかもしれない」

 

 

 

 ルイは小さく笑った。

 

 

 

「だが、それをやるには“資格”がいる」

 

 

 

「資格?」

 

 

 

「頂点に立つ資格だ」

 

 

 

 

 風が吹く。

 

 

 

 ルイの赤い瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。

 

 

 

「ビースター」

 

 

 

「その座に立て」

 

 

 

 

 沈黙。

 

 

 

(ついに来たか)

 

 

 

 この学園の象徴。

 

 全ての均衡の“中心”。

 

 

 

 そこに立てば――

 

 

 

(全体を動かせる)

 

 

 

 だが同時に。

 

 

 

(全ての責任も背負う)

 

 

 

 

 俺は、少しだけ考え――

 

 

 

「いいだろう」

 

 

 

 答えた。

 

 

 

「その代わり」

 

 

 

「条件は?」

 

 

 

「お前も乗れ」

 

 

 

 

 ルイの眉がわずかに動く。

 

 

 

「共犯だ」

 

 

 

 

 数秒の沈黙。

 

 

 

 そして――

 

 

 

「……いいだろう」

 

 

 

 ルイは頷いた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その夜。

 

 

 

 俺は寮の屋上に立っていた。

 

 

 

 街の灯りが、遠くに広がる。

 

 

 

 その中で。

 

 

 

 無数の“欲望”と“恐怖”が、蠢いている。

 

 

 

 

「……王、か」

 

 

 

 小さく呟く。

 

 

 

 

 支配するつもりはない。

 

 だが――

 

 

 

 “導く”必要はある。

 

 

 

 

 そのためには。

 

 

 

 頂点に立つしかない。

 

 

 

 

「面倒だな」

 

 

 

 苦笑する。

 

 

 

 

 だが。

 

 

 

 もう、引き返すつもりはない。

 

 

 

 

 この世界を、変える。

 

 

 

 

 そのために。

 

 

 

 

「全部、背負ってやる」

 

 

 

 

 夜風が吹き抜ける。

 

 

 

 

 そして――

 

 

 

 

 新たな“均衡”が、静かに動き出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。