World Replica: DRIVE   作:灰崎 快人

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夜の東京、光の海を往く二つの影

ガレージを後にした2台のマシンは、東京都内に設定された広大なセーフティエリアを抜けていった。すばるの22Bが先導し、その後ろを白鷹鴉のAE86が影のように追う。

夜の東京を再現したこのコースは、街灯の反射やビル群の明かりが路面の凹凸を浮き彫りにし、フルダイブ型VRならではの没入感を加速させる。鴉は教習所で習ったばかりのような、教科書通りの正確なドライビングですばるの背中を追っていた。

「鴉くん、ここは制限速度50kmやからね。あんまり出しすぎると、システム上の警察車両(ポリスユニット)に目をつけられるから注意ね」

「は、はい! 50km維持してます。……それにしても、本当に外の景色がリアルですね。看板の文字まで読める……」

2台は住宅街と商業ビルが混ざり合う下道を、時速50kmでクルージングする。鴉のAE86 GT-APEXは、名機4A-GEUエンジンが3速・約2,500rpm付近で、乾いた軽やかなハミングを奏でている。対して前を行くすばるの22Bは、低速トルクの太い2.2Lボクサーエンジンが3速・約2,000rpm弱で、ボボボ……という重厚な低音をアスファルトに響かせていた。

道すがら、すばるは配信のリスナーへ向けて、そして鴉に向けて観光案内を始める。

「あそこに見えるのが、このエリアで一番人気のオートショップ。で、その隣にあるのが『スタミナ亭』。ここの焼肉、匂いまで完璧に再現されとって最高なんよ」

「えっ! 焼肉……食べられるんですか?」

鴉の尻尾が期待でぴこぴこと左右に振れるのが、バックミラー越しに見える。

「あはは、味も匂いもするけど、ログアウトしたらお腹は空いたままやからね。いわゆる『デジタル満腹感』や。そこだけは注意せんと、現実に戻った時に力尽きるで」

「じゃ、じゃああの焼き肉屋さんも? お寿司屋さんも? あそこの自動販売機も……全部、お腹には溜まらないんですか……?」

鴉の声が目に見えてショックで震え、耳がしおしおと伏せられる。そのあまりに素直な反応に、すばるの配信コメント欄は「可愛い」「おやつ買ってあげたい」「餌付けしたい」という言葉で溢れかえった。

 

やがて二人は、チュートリアルの指定地点である大型カー用品店へと滑り込んだ。駐車場に入ると、鴉の86が履いているワタナベのエイトスポークホイールが、店舗の照明を反射して渋い輝きを放つ。

「さて、チュートリアルのお題は『ドレスアップパーツの購入』やね。鴉くん、こっち来い」

すばるは鴉を促し、奥まった場所にある「Classic & Neo-Classic」と書かれたパーツコーナーへと案内した。そこには、80年代の車を彩った伝説的なカスタムパーツが所狭しと並んでいる。

「鴉くんの86はフルノーマルで綺麗やけど、ちょっと自分らしさを出してみるのもええと思うよ」

棚には様々な候補が並び、二人はそれらを一つずつ手に取っていく。

 

候補1:リアスポイラー(TRDタイプ)

「これをつけると、お尻がシュッとして走り屋っぽくなるよ」

「かっこいいですけど……ちょっと僕には派手すぎるかも……」

候補2:ドアバイザー(純正オプション)

「雨の日の換気に便利やね」

「実用的ですけど、ドレスアップっていう感じじゃないですよね」

 

悩める狼少年の横で、すばるはある一点で足を止めた。彼女の目が、ショーケースの片隅に置かれた「それ」を捉えてキラリと光る。

「……鴉くん、これ。これなんかどう?」

すばるが指し示したのは、丁寧にパッキングされた「AE86専用・純正形状角形イエローフォグランプ」だった。

「イエローフォグ……ですか?」

「せや。今の鴉くんの86は清潔感があってええけど、この黄色いレンズがフロントマスクに入るだけで、一気に『当時感』が出るんよ。夜の峠や雨の日でも視認性が良くなるし、何より、その……」

すばるは86の顔とフォグランプを交互に見た。

「絶対似合うと思うわ」

そう言われて改めてパーツを見つめる鴉。深い琥珀色のガラスレンズ、想像してみる。真っ白なボディのフロントバンパーに、この鮮やかな黄色いアクセントが加わった姿を。

「……格好いい……」

鴉の尻尾が、またゆっくりと、期待に満ちて動き始めた。

「これにします! これをつけて、もっと練習したいです!」

「ええ返事や。ほな、さっそく取り付けてもらお。この世界は工賃無料やから安心しぃ」

「そうなんですか!?」

すばるは満足げに、弟を見守る姉のような表情で、鴉の背中をポンと押した。コメント欄には「すばるちゃん、センス良すぎ」「エモい」「金眼の86、絶対かっこいい」と賞賛の嵐が巻き起こっていた。

黄色い灯火を手に入れた若き狼は、早速NPC従業員に取り付けて貰っていた。

 

ショップのピットから戻ってきたAE86は、そのフロントマスクに劇的な変化を宿していた。

純正のバンパーグリルに収まった角形イエローフォグランプ。点灯スイッチを入れた瞬間、闇を切り裂くような鋭くも温かい琥珀色の光が路面を照らし出す。

「わあ……! 凄いです、全然違って見えます!」

鴉は運転席から降りると、自分の愛車の前に回り込み、誇らしげに光るフォグランプを眺めて尻尾を大きく振った。リトラクタブル・ヘッドライトの白い光と、フォグの黄色い光のコントラスト。それは80年代の峠を席巻した「走り屋」たちの魂を現代の仮想空間に呼び覚ましたかのような、完璧な様式美だった。

「ええやん、鴉くん。その黄色い光、夜の東京にめっちゃ映えとるよ。視認性も上がったし、これで夜道も安心やね」

すばるが22Bのボンネットに腰掛けながら、満足げに目を細める。配信のコメント欄も「これはガチの『解釈一致』」「ノーマル86にイエローフォグは正義」と、最大級の盛り上がりを見せていた。

「……よし、それじゃあ最後。仕上げにガソリンスタンドへ行こうか。お腹いっぱいにしたげな」

二人はショップに隣接する、これまたリアルな作りのセルフガソリンスタンドへと滑り込んだ。

フルダイブ型VRのこの世界では、ノズルの重みや、給油口を開ける際の「プシュッ」という内圧が抜ける音、そしてガソリン特有のツンとした匂いまでもが再現されている。

鴉は給油機の前に86を止めると、メニュー画面に表示されたチュートリアル指示を読み上げた。

「ええっと……『愛車に適した燃料を選択してください』。僕の86はフルノーマルだから、レギュラーガソリンでいいみたいです」

給油ノズルを手に取ろうとする鴉に、すばるが人差し指を立てて「ちょっと待った」をかける。

「鴉くん、今の鴉くんの86はノーマルやからレギュラーで正解やけど、これから先、車をいじっていくなら『燃料の常識』が変わるから覚えときや」

すばるは、配信を見守るリスナーたちへの解説も兼ねて、具体的に指を折って説明を始めた。

 

AE86の基本(レギュラー指定):

「鴉くんの乗っとる4A-Gエンジンは、設計された時代背景もあって、基本はレギュラーガソリンで走れるように作られとるんよ。やから、今のままならレギュラー満タンで何の問題もなし!」

チューニングとハイオクの罠:

「けどな、もし将来的にエンジンをいじって『ハイカム』を入れたり、ピストンを変えて『高圧縮』にしたり……あとは点火時期を詰めたりすると、ハイオク指定が必須になる。オクタン価が低いレギュラーをそのまま使うと、エンジンの中で『ノッキング』っていう異常燃焼が起きて、最悪エンジンがボロボロに壊れてまうからね」

 

「えっ、壊れちゃうんですか……!?」

鴉の耳が不安げにぴくりと動く。

「そう。だから、もし誰かに『エンジン弄ったよ!』って車を譲ってもらったりした時は、真っ先に燃料を確認せなあかんよ。……ちなみに、今の鴉くんみたいにレギュラー仕様の車にハイオクを入れる分には、壊れることはないから安心してええよ」

「メリットもあるんですか?」と興味津々な鴉に、すばるはさらに深く踏み込む。

 

エンジン内部の洗浄効果:

「ハイオクには、レギュラーには入ってへん『洗浄剤』が含まれとることが多いんよ。走りながらエンジンの中の汚れ(カーボン)を掃除してくれるから、長く大事に乗りたいなら、たまにハイオクを混ぜてあげるのは『ご褒美』みたいなもんやね」

ノッキング耐性の向上:

「真夏の渋滞とか、エンジンに負担がかかる状況やと、ハイオクの方がエンジンが安定して回ってくれる。パワーが劇的に上がるわけやないけど、精神衛生上はすごくええんよ」

 

「なるほど……。僕の86には、いつかご褒美でハイオクを入れてあげようと思います!」

納得した鴉は、赤いレギュラーノズルを給油口に差し込み、トリガーを引いた。

カチ、カチ、という給油の振動が腕に伝わり、やがて「ガチッ」と満タンを知らせる手応えが返ってくる。給油キャップを閉め、ハッチをパタンと閉じたその瞬間。

二人の視界に、派手なエフェクトと共にシステムメッセージが浮かび上がった。

 

【TUTORIAL COMPLETE!!】

【報酬:1,000,000 Cr. を受け取りました】

「ひゃ、100万!? 凄い金額……!」

鴉は空中に浮いた桁数の多い数字を見て、目を丸くして驚いている。150cmの体が、驚きのあまり少し後ろにのけぞった。

「おめでとう、鴉くん! これで晴れて、この世界の自由なドライバーの仲間入りやね。100万あれば、もっとすごいパーツも買えるし、遠くの街までドライブにも行けるよ」

すばるは22Bの運転席に戻り、エンジンを始動させた。

リトラを開けた青いインプレッサと、黄金のフォグを輝かせる白い86。

夜のガソリンスタンドの白い照明の下、二台のコントラストは美しく完成されていた。

「さて、チュートリアルも終わったことやし……。鴉くん、お腹は満たされへんけど、さっきの焼肉屋さんまで『お祝いのドライブ』、行こか?」

「はい! 喜んで!」

鴉は元気に返事をすると、大切そうに100万クレジットの通知を閉じ、夜の街へと続くゲートを見据えた。彼の初めての夜が、すばるの導きによって、鮮やかに彩られようとしていた。

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