処女はお姉様に恋してる 季節外れの迷子(フェアリー)   作:パオパオ

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六月
第1話 六月上旬、転校まで。


 六月。旧暦――太陰太陽暦においては水無月とも呼称される、日本人なら云わずと知れた梅雨の月。

 私が此処、聖應女学院高等部に入学することになったのは、その初めのことだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 私がいきなり転校を告げられた日から一週間。

 あの日、帰宅してからの義父との見苦しいやりとりは、疾うに記憶から抹消しているので説明は省く。義父を問い詰めて知ることが出来た事情なんて微々たるものだけど。

 簡単に云えば、義父の転勤が事の発端らしい。連城のホテル会社で代表取締役補佐をしている義父は、仕事柄か出張が多い。まだお爺さまが壮健な今の内に、将来のために経験を積んでいるのだ。

 

 いつもは単身赴任で済ませている義父が今回に限って私を連れて行こうとしたのは、赴任先の近くに有名な女学院があるからだ。

 聖應女学院。明治十九年に創建された、幼等部から大学院までの一貫校。しかもそこに通うのは、所謂お嬢さまと呼ばれる人種の人々だ。

 私も一応はお嬢さまと呼ばれるような立場ではあるが、如何せん連城の家は今では小金持ちレベルだ。借金があることを考えると、小金持ちでも怪しいかもしれないが。

 連城の家を再興するための看板、それが私だ。けれど私は連城の跡取りにはなれない。連城の家は未だに男尊女卑が徹底しているので、どこぞの家から婿を迎えて、その男に家を継がせるのだろう。

 しかしながら、今の私はその看板としても不相応なのだ。幼い頃から中流階級の子女と付き合ってきた私は、とても奔放に育ってきた。暇があれば外に出て遊び、習い事は長続きした例(ためし)が無い。

 私のことを義父が苦々しく思っているのは知っているが、母に止められないので自分を変えるつもりは無かった。家族になって日の浅い義父なんかに、私の人生に口出しされるつもりは無かった。

 だからこそ、義父は私の転校を決めたのだろう。私に人並みの落ち着きを付けさせるために、名高いお嬢さま学校である聖應女学院への転入を決めていた。迷惑にも程があるが、既に必要な書類はどちらの学校にも受理されてしまっているという。私は諦めるしか無かった。

 

 翌日の朝、担任から私が転校する旨が伝えられ、クラスは一時騒然となった。友人達からどうして云ってくれなかったのかと詰め寄られたが、私も転校を知ったのは昨日だと答えると、気の毒そうな顔で一歩引かれた。

 友人や部活動の先輩後輩に別れの挨拶をしたり、転校先の無駄に豪華なパンフレットを読んだり、引っ越しの準備をしている内に、慌ただしく一週間は過ぎていった。

 

 そして今、私はこの学院の校門の前に立っている。

 日曜日ではあるが、敷地内から人の声が聞こえてくる。運動系の部活が精を出しているのだろう。疼く体を抑えながら、迎えの人を待っていた。

 事前に聞いた話では、高等部の生徒会長が私の迎えに来てくれるらしい。態々学校に来て貰うのも、と初めは断ったのだが、今年の生徒会長は寮生だから気にしなくて良いと云われてしまった。

 

 腕時計を確認する。予定の時刻の十分前だった。気が逸って三十分前に着いてしまったので暇を持て余していた。

 

「あ……あれ、かな」

 

 一人の女生徒が、こちらに向かってパタパタと駆けてくる。頭の後ろで縛られた髪が激しく左右に揺れ、急かしてしまっていることを申し訳なく思う。

 肩が膨らんだ、ロングスリーブの白い制服に身を包む、小動物のような印象を抱かせる女生徒だった。走っていたせいか、若干息が切れ気味だったけど。

 

「こ、こんにちは。えっと、貴女がこの度聖應女学院に転入される、連城梓さんで間違いありませんか?」

 

「多分、その連城梓です。あの、貴女が生徒会長さんですか?」

 

「ああ、自己紹介が遅れてごめんなさい。生徒会長をやっています、三年の皆瀬初音です。宜しくお願いしますね」

 

 一つ年上の生徒会長、という割には可愛らしい感じがする。私の通ってたところの前の会長の姿と比べると、うん、やっぱり可愛い。

 それにしてもこの人、正に美少女という形容詞が相応しいと感じる人だ。

 栗色のくりくりとした瞳に、後ろで纏められたポニーテールのような髪。ほんわかとした雰囲気を放ち、見ているだけで癒される感じがする。

 ……凄いなお嬢さま学校。こんな人がバリバリ仕事をする姿とか思い浮かばないって。

 

「こちらこそ、宜しくお願いします。えと、皆瀬先輩、で良いんですか?」

 

 そう云った途端、生徒会長さんは少し困ったような表情を浮かべた。あれ、何か失敗したのか?

 

「私、何か変なことを云ってしまいましたか?」

 

「いえ、そんなことはありませんよ」

 

 そう云って生徒会長さんは朗らかに笑った。

 

「梓さんもこれから知っていくと思いますが、この学校では先輩のことをお姉さまと呼ぶ慣わしなんですよ。ですから私のことは、初音お姉さまと呼んでくださいね」

 

 お姉さま、って。突っ込みそうになる自分を必死に律し、不審に思われないよう笑顔を取り繕った。

 

「は、はあ、そうなんですか。なんと云いますか、お嬢さま学校は凄いですね」

 

「そうでしょうか? 梓さんもすぐに慣れると思いますよ。千早ちゃんも早かったですから」

 

 慣れませんよ、そんなもの。慣れてたまりますか。というか、その新しい人は誰ですか。

 

「千早……さんですか? その方も三年生なんですか?」

 

「はい! 千早ちゃんも私と同じ三年生です。今年度の初めからこの学校に来たんですけど、すぐにみんなの人気者になったんですよ!」

 

 ずい、と一歩踏み出してきた生徒会長さん……って近い、顔が近いです!ええと、何か違う話題を……。

 

「そ、そういえば、此処って一貫校ですよね。私やその、千早……お姉さま、みたいな、外部編入の人って少ないんじゃないですか?」

 

「そうですねぇ。幼等部や初等部から順に上がってくる人は多いのは確かですけど、それでも編入してくる人も少なくは無いですよ。薫子ちゃんもそうだし、あと優雨ちゃんもそうなのかな?」

 

 また知らない人の名前が出てきた。多分生徒会長さんの友達なんだろうが、顔も解らない相手のことを覚えておくのは無理ですって。きっと三年生だろうから、そんなに私と関わることも無いだろうし。

 

「ああ、話し込んじゃいましたね。それじゃあ梓さん、そろそろ学園長室に行きましょう」

 

「あ、はい。解りました」

 

 背を向けて歩き出した生徒会長に追従するように、私は一歩足を踏み出した。

 これから私も、この聖應女学院の一員となる。そのことを心に刻むように、力強い一歩を。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 コン、コン。

 

「生徒会長の皆瀬初音です。転入生の連城梓さんをお連れしました」

 

「どうぞ、入って頂戴」

 

「失礼します」

 

「し、失礼します」

 

 生徒会長さんが開けてくれた扉を潜り、学園長室に入った。開けた部屋の中にいたのは、やり手の女社長といった雰囲気の女性だった。

 

「ご苦労さま。皆瀬さん、休日なのに時間を使わせちゃって悪かったわね。ありがとう、もう戻って良いわよ」

 

「いえ、私も気になっていましたから。それでは失礼します」

 

「ありがとうございました、初音……お姉さま」

 

「うん、梓さんもまたね」

 

 そう云うと生徒会長さんは退出した。これでこの場には、私と学園長だという女性だけ……あれ?

 事前に貰ったパンフレットに載っていた学園長、お婆さんだったような気がするんだけど。じゃあこの人って……誰?

 

「さて、連城梓さん。何か気になることもあるみたいだし、お互い自己紹介から始めましょうか」

 

「へ? あ、はい。えっと、お城を連ねる梓弓と書いて、連城梓です。一九九一年五月十五日生まれの十七歳です。趣味はのんびりすることと、力尽きるまで運動することです。好きな食べ物は冷や奴です」

 

「……なんていうか貴女、意外に個性的な娘(こ)なのね。少し驚いたわ。私の前でそれだけ流暢にしゃべれるなら、クラスでも浮いたりはしなさそう……いや、どうかしらね」

 

 学園長(?)は苦笑しながら席を立つと、態度を真剣なものを変えて話し始めた。

 

「私は学園長代理の梶浦緋紗子です。本来なら此処に座っているべき美倉学院長は、昨年より入院加療中で未だ戻られる目処は立っていません。それと、高等部三年C組の担任も務めています。それから、そうね、好きなお菓子は飴です。勿論、rainじゃなくてcandyの方ね。これくらいかしら」

 

 ネイティブっぽい発音で英単語を発音するのもどうなんだろう。解りやすいのに解りにくいと云うか……。

 というか、こんな若そうな先生が学園長代理? しかも教師と掛け持ちで? やっぱりこの女性(ひと)、見た目通りのやり手の女史って感じだ。

 

「連城梓さん。貴女も明日からこの聖應女学院の一員となります。そうなる以上、私達は貴女もこの学院の淑女として相応しい振る舞いをしてくれることを望みます」

 

「……はい!」

 

「良い返事ですね。貴女のクラスは二年C組になります。明日の午前八時前には、職員室の方に来て下さい。そこでいくつか必要な連絡をします。以上です」

 

「解りました。お手数をお掛けしました。失礼します」

 

 頭を下げ、部屋の扉を開けた。学院長代理は笑顔のまま、私を見送った。

 ガチャリ、と音を立てて扉が閉まる。中に聞こえないよう、小さく息を吐いた。

 

「あー、緊張した。此処の空気、ホント今までと違うなー。肩凝りそう」

 

 小さく肩を回しながら、学院長室の前を離れる。

 やっぱり社会的地位のある人との会話ってのは疲れる。もっと気楽に生きていたい。

 誰も見ていないの良いことに、ぐっと伸びをする。強張っていた体が解れ、何とも云えない快感に頬を緩める。

 そんな姿を、通り掛かった女生徒に見られた。

 

「んー、良い気持ち……あ」

 

「……」

 

 沈黙が場を支配する。そそくさと体裁を整え、何事も無かったかのように振る舞う。女生徒の無言の視線が辛い。

 良く見ると、この女生徒も美少女だった。背は低めで、ヘッドドレスを被っている、黒髪ショートの人形のような可愛らしい美少女だ。

 この学院には美少女しかいないのか、と密かに慄いていると、黒髪ショートの美少女はその場で一礼した。

 

「……ご機嫌よう」

 

「え、あ、ご、ご機嫌よう……?」

 

 女生徒はそれだけ云って去っていった。目を瞬かせる私は、独りその場に残された。

 

「ご機嫌よう……か。現実で聞ける日が来るとは思わなかったな……」

 

 そんな場違いなことを口にしながら、私も帰宅の途に就いた。

 

 校舎から出るのに使った時間が、帰るまでの大部分を占めていたということは、云うまでもない。あんな大きくて複雑な構造の建物、私が迷わない訳が無いだろう。

 尤も、職員室の場所が確認出来たので、一概に悪いこととも云えなかった。これで明日は大丈夫、だと信じたい。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 私の今の住処には、母と二人で連城のホテルの一室を使わせて貰っている。一室と云っても、そこは一応高級ホテル。安いアパートなんかより大分広かったりする。

 3LDKな上、風呂、トイレ完備。本気でマンションと変わりない。しかも食事の用意を始めとして、掃除や洗濯といった家事の一切を従業員がやってくれるので、プチセレブな感覚を味わっていた。

 広いとは云っても、今まで住んでいた連城の家とは、比べようのない差が存在している。一戸建てとホテルの一室を比べる方が間違っていると云えば、その通りなのだけど。

 

 無駄に時間を掛けて家に帰ってきた私が何をしているのか。端的に云えば、明日の準備だ。

 物的なものでは無い。持ち物の用意なんかは五分で済ませてある。届いていた教科書類を鞄に詰めるだけの作業に、大した時間は掛からない。

 では、何をやっているのか。それは。

 

「どんな方向性で行くべきか……清楚系? ううん、違うよなあ。あっちは素でお嬢さまやってるんだから、私が演じても滑稽なだけだろうし。と云うか、私が清楚とかただのネタでしょ」

 

 明日の自己紹介をどうするか、その思索中なのだ。

 

 第一印象というものは意外に重要である。前の学校で最初に付いてしまった『変人』という称号は終ぞ無くならなかった。今回は同じ轍(てつ)を踏まないように、自己紹介には万全を期さなければならないのだ。

 まあ、折角転校したんだから、自分を変えようという気があるのも否定出来ない。けれど、私という十七年間培ってきた自己は早々変えられないことも解っている。表層だけ取り繕ってみても、私という本質は変わらないし、変えられない。

 

 ともあれ、明日の自己紹介をどういう方向性でするか位は決めておかなければならない。私と違って生粋のお嬢さま達相手に、いつもの軽いノリでいく訳にもいかないのだ。

 うんうん唸っていると、母が食事の準備が出来たと声を掛けてきた。なんだかんだ云って長く家事をやってきた母は、料理をするのが趣味になったらしい。だからホテルの提供する食事ではなく、三食全てで母の手作り料理が食べられるのだ。偶にはホテルの料理も食べるけど。

 私は即座に返事して、ダイニングに向かった。さっきまで考えていたことを、思考の片隅に投げ捨てて。

 

 

 夕食後、風呂から出ると程無くして眠りに就いた。何か考えなければならないことがある気がしたが、襲ってくる睡魔には勝てなかった。

 

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