処女はお姉様に恋してる 季節外れの迷子(フェアリー)   作:パオパオ

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第3話 六月上旬、テスト初日。

 転校直後だと云うのに勉強漬けの毎日を送る羽目になって、早四日目。遂にテストの日がやってきた。

 やれるだけのことはやったつもりだ。睡眠時間は半分近く削ったし、趣味に割いた時間なんて一時間と無い。そのおかげか、少し自信を持てる位には勉強できた。

 

「ご機嫌よう、連城さん。今日は早いですね。勉強は捗りましたか?」

 

「ご機嫌よう、冷泉さん。そうですね、おそらく恥は掻かない程度には勉強してきましたよ」

 

「それは良かったです。結果が残せると良いですね」

 

 冷泉さんが着席し、軽く言葉を交わす。冷泉さんもテスト前で緊張しているのか、言葉少なに会話は終わった。

 程無くして、担任が入室する。教室内を見回して、私と目が合うと何故か驚きの顔を見せた。私は首を傾げた。

 

「……それでは、ホームルームを始めます。本日の連絡事項は特にありません。テストを頑張ってください。それと、連城さんはこの後私のところまで来てください」

 

 何事も無かったかのようにホームルームが始まる。普段と比べて短いその途中、私の名前が呼ばれた。

 

「ねえ、何かやったの?」

 

「心当たりは無いんだけど……」

 

 ヒソヒソと小声で冷泉さんと話をする。この四日間、教師に目を付けられるようなことをした覚えはまだ無い。品行方正とはいかないまでも、悪くない振る舞いをしていた筈だった。

 

 結論が出ないままホームルームが終わり、私は担任を追って廊下に出た。テスト前だからか、廊下に出ている生徒は居なかった。

 

「あの、連城さん。梶浦先生からテストに関する連絡が来ていませんか?」

 

 そう訊ねてきた担任に、私は首を横に振って答える。

 

「いえ、来てませんけど。えっと、何かあるんですか?」

 

「寧ろ何も無いと云いますか。その、もし勉強していたら非常に悪いと思うのですが……」

 

「あの、はっきり仰ってくれませんか。いまいち事情が飲み込めませんので」

 

 言葉を濁す担任に、私は業を煮やして訊ねた。云いにくそうにしながらも、担任は口を開いた。

 

「連城さん。貴女は今回のテストを受ける必要はありません」

 

「……は、い?」

 

 目を丸くしながら、私は云われた言葉の意味を咀嚼する。テストを受けなくて良い。それは、どうして?

 

「えっと、連城さんは、この学校に来る前に一度テストをしましたよね?」

 

「あ、はい。義父(ちち)に受けさせられましたけど。それが、何か……?」

 

 やらなければ高校生じゃなくなると脅され、渋々受けたテストのことだろう。実際はそのせいでここへの転入が確定したらしいのだが。

 

「それが連城さんの今回のテスト結果として反映される予定だったんです。まさか、いきなり転入したてで他の生徒達と同じテストを受けさせる訳にもいきませんから」

 

「それじゃあ……私の勉強って、無駄だったんですか?」

 

「……どうやら連絡の不備があったようですね。申し訳ありません。けれど、無駄な勉強、というものはありませんよ。貴女が身に付けた知識は、きっと貴女を助けてくれます」

 

 頭を下げた担任を見ることもせず、私は顔に手を当てた。果てしない徒労感が私を襲う。

 

「はあ……」

 

 ため息が出る。この三日間、勉強しないといけないから、とクラスメイト達と話さなかったことを思うと、申し訳なく感じる。話しかけてくれた人も居たのに、すげなくあしらってしまっていた。

 元より確認しなかった私も悪いのだ。担任を責める訳にもいかないし、勉強ばかりしていたのは私に責任がある。少し人と話していた位で、頭の良くない私の成績に変動は無かっただろうに。

 まあ、そう後悔出来るのも心に余裕が生まれたからだ。今までの、特に一昨日辺りの私に余裕なんてまるで無かった。近日に迫ったテストへの焦燥が、私の目を曇らせていた。

 ……過ぎたことを考えても仕方が無い。少しでも建設的なことを考えよう。とりあえずは、折角勉強した分が無駄にならないようにしようか。

 

「……あれだけ勉強しておいてテストを受けないって云うのも勿体無いので、私もテスト受けて良いですか?」

 

「はい、勿論構いませんよ。こちらの不手際が原因ですから、私が責任を持って他の先生方に伝えておきます」

 

「ありがとうございます、先生」

 

 ペコリ、と軽く頭を下げる。心なんて少しも込めていない形式的な礼だ。教師の前なので、形だけでも敬意を表さないといけない。

 何だかんだ云っても、私が徒労させられた原因の一端はこの人にもあるのだ。少しは心証が悪くなるのも仕方が無いと思う。

 

「それでは連城さん、早く教室に戻りなさい。もうすぐテストが始まってしまいます。私もテスト用紙を持ってこないといけないので、ここで」

 

「あ、はい。それでは失礼します」

 

 担任は気持ち早歩きで職員室へ向かった……私もさっさと戻って準備しないと。

 教室に入ると冷泉さんにどうしたのかと訊ねられたが、時間が無いから後で、とだけ云って私自身の準備をした。鐘が鳴る直前に、どうにか準備を終えることが出来た。

 さて。テスト、頑張りましょうか。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 本日のテスト、問題無く終了。

 と云う訳で、先生から聞いた事情をを冷泉さんに説明した。ここ三日間の私の憔悴振りを知っている(と云っても、そもそも普段の私を知らない)冷泉さんは、流石に呆れていた。

 いや、私としても今回の件は呆れるしか無いと云うのが本音だ。目に見える実害は……無い?のだし。

 

「それで今日からはもう勉強しないんだ。いやー、災難だったねー」

 

「あれだね。冷泉さん、ああもう、淡雪って呼んで良い? 冷泉(れいぜい)って何か発音し辛くてさ」

 

「うん、良いよ。私も梓って呼ぶね。にしても梓ってさ、クラスの中じゃ私とばっかり一緒に居るけど、何で?」

 

「え? だってさ、席近いし、転校直後は勉強漬けだったせいでまともに会話した人極少数だし、あと一緒に居て楽しいから。それに淡雪見てると目の保養になるし」

 

「始めの方は良いとして、最後のは何よ……?」

 

 じと目を向けてくる淡雪に、私は苦笑してはぐらかす。これで誤魔化せるとは思っていないが、追及の手は止むだろう。多分。

 いや、冗談だって……一割位は。何せ私、美少女ウォッチングとか好きだし。私みたいな凡庸な見た目だと、可愛い娘(こ)を見つけると嫉妬より先に羨望が来るんだよね。

 

「話を戻すと、私も淡雪と一緒で勉強しない理屈作ったから良いの。休み時間に先生に聞いたら、赤点は何があろうと取れないらしいから。ほぼ自己満足のためのテストになるんだよねー」

 

「うわー……良いなー、って本来なら云えたんだろうね。赤点取る程、私の成績も悪くはないんだけどさ。まあ、あれだけ必死に勉強してた姿思い出すと悲惨だけど」

 

「そうなんだよねー。正直、今から勉強しなくても良い点が取れそうな位にはもう勉強終わってるんだよね。何と云うか、複雑ですよ」

 

 頬杖を突きながら愚痴を零す。人に絡むのは止めるべきだと理性では解っているが、感情の方で絡みたくなってしまっている。淡雪には悪いが、これ位は勘弁して欲しい。

 

「それで、今日はこれからどうするの? 私は図書室にでも行こうかなって思ってるんだけど」

 

「淡雪、図書室なんて行って勉強でもするつもり? 前言撤回するの?」

 

「いやいや、勉強はしないって。図書室なんだから読書しに行くの。家帰ってもやること無いしね」

 

「ふーん……傍から見てると現実逃避してるようにしか見えないよね。テスト真っ最中に悠々と読書なんてさ」

 

「……それも間違ってはいないんじゃないかな? 実際、勉強しないんだし。それで、梓はどうするの? 良ければついて来る?」

 

 少し考える。あまり活字は得意じゃないから、行っても楽しめなさそう。だけど。

 

「……行くだけ行ってみようかな。ここの図書室ってどんなものか見てみたいし。でもまあ、用事もあるから長くは居られないだろうけど」

 

 折角のお誘いなんだし、断るつもりはない。

 それに、用事があるというのも本当だ。購買部に行って、そろそろ届いているだろう私の体操服とかを受け取りに行かねばならない。

 ……決して、図書室という空間が息苦しくて、長時間居たくないと云う訳じゃないんだ。うん。

 

「そうなの? それじゃあ行こうか。勉強してる人達で席が埋まってないと良いけどなー」

 

 そう淡雪がぼやきながら、私達は連れ立って図書室へと向かった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 図書室には数えきれない程の人が居た。

 

「うわ、凄い人の数。図書室ってこんなに人が居るものなんだ」

 

「いつもはもっと少ないって。っと、空いてる席見っけ」

 

 丁度良く二人掛けの机が空いていた。他の人達に取られる前にと、荷物を置いて確保する。運が良かった。

 

「ま、そうだよねー……ここじゃあ流石に、口調を改めた方が良いのかな?」

 

「そもそも、図書室で騒ぐこと自体駄目だと思う。小声で相談するくらいなら大丈夫だと思うけど……うるさくしてると、図書委員とかにつまみ出されるし」

 

 つまみ出されるのか……と云うか、あの物静かなお嬢さま達が騒いでる姿が思い浮かばない。

 いやまあ、人が多いせいか今正にうるさくなってる最中なんだけどね。ヒソヒソからザワザワへと変化中です。

 

「それじゃあ、私は読みたい本があるから探してくるね」

 

「うん。行ってらっしゃい」

 

 小さく手を振って淡雪を見送る。さて、これからどうしようか。勉強してる人達を見ながら考えてみる。

 図書室の場所も解ったし、中の様子も見た。やはり、折角来たんだから一冊位読んでみるべきか?何か面白そうな本があれば良いんだけど。

 

 ぶらぶらと歩きながら本の背表紙を眺めていく。時折ドラマの原作本とかを見つけつつも、いまいち食指が動かない。文学作品なんて云わずもがな。

 ――と、何か変なタイトルを見た気がする。数歩戻って気になった辺りを探していく。この辺は、聖應女学院の歴史とかのコーナーのようだ。

 

 見つけた、けど、これは……。

 手に取ってみる。タイトルは、「聖應女学院高等部 定期テスト問題集~二〇〇五年度版~ 発行:聖應女学院新聞部」。帯には、「解答と解説、教師ごとの問題傾向も掲載! エルダーのお姉さまも推薦!」と書かれている。

 ……突っ込み所しか無い代物だ。え、これ、学校側が許可して図書室に納入してるの?何そのカオス。てかエルダーって誰? 外人さん?

 因みに、他の年度の物は軒並み借りられているらしく、その周囲には不自然な空白があった。空白の大きさから察するに、結構歴史があるらしい。

 ……私には、何とも云えない。とりあえず、これでも読んでおくか。勉強しないと云っておきながらテストの過去問読むのも、意志薄弱とか云われそうだけど。

 

 戻ってみると、既に淡雪は読書を始めていた。視線が左右に忙しなく動いている。近付いた私に気付かず、黙々とページをめくっていく。

 凄い集中力だよ。私が対面に座ったのに、本から顔を離して無いんだもの。と云うか、私が来たことに気付いているかも怪しい。

 邪魔しちゃ悪いし、私も過去問読むか。しかし、ネタ代わりに持ってきたのに、反応が無いのは虚しいな。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「ご機嫌よう、二人とも」

 

「え、あ……はい、ご機嫌よう」

 

 意外と出来の良い問題集についつい夢中になっていると、突然横から声を掛けられた。淡雪は丁度切りの良いところだったらしく、本から顔が上げられていた。

 キョトン、としていた淡雪から視線を外し、私も挨拶を返しながら、声の方に顔を向けた。

 

「ご機嫌よ――」

 

 云いかけて、途中で言葉を失った。私と淡雪に声を掛けてきたのは、見慣れない美女だった。それも、異常なまでの美女だ。

 およそ日本人らしく無い白銀(ぎん)の髪と碧(あお)い瞳に、均整のとれたプロポーション。そしてその佇まいから滲み出る、優然とした雰囲気。

 物語から飛び出してきたような、偶像の具象化たるお姫さま。そんな銀髪さん――いや、銀姫さまが、何故か私達の前で立っていた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「は、はい! 大丈夫、です?」

 

「そう? だったら、良いのだけれど」

 

 心配そうな顔を向けてくる銀姫さま。緊張するので、その綺麗な顔でこちらをじっと見るのは止めてください。でもその綺麗な顔を見ていたいので止めないでください。ああ、何と云うジレンマ!

 軽く混乱している私を置いて、淡雪と銀姫さまが話し始めた。どうやら銀姫さまが私達に声を掛けたのは、淡雪の金髪を以前に見て覚えていたからだとか。淡雪、グッジョブ!

 淡雪が千早お姉さまと呼んだ女性――銀姫さまは、どうやら二年生の間で名高いらしい。この容姿と立ち居振る舞いなら当然だろう思う。でも、二つ名がどうとか、私にはわからない単語を話す淡雪が少し遠く感じた。

 いや、私がもう少し違う人とも世間話とかをすれば良いんだろうけど。でもまだちゃんとした会話が成立した人って、五人しか居ないんだよね。教師も含めて。

 

「ところで、貴女のお名前を聞かせて貰っても良いかしら?」

 

 淡雪が自己紹介をした後、銀姫さまの視線がこちらに向けられる。くっ、二度目だと云うのに、何たる破壊力だ! 思わず魅了(チャーム)されかけたじゃないか!

 ……とまあ、冗談を挟まないと正気を保っていられない位には、銀姫さまの美人振りは凄まじかった。いや、そんなこと考えてる時点で正気とは云い難いんだけど。

 

「ちょっと梓、どうしちゃったのよ? 千早お姉さまに話しかけられてからフリーズしちゃってるけど」

 

 ちょんちょんと突っつく淡雪の指で、私はようやく正気に戻ることができた。銀姫さまも少し怪訝そうな顔をしてしまっている……まずい、何か云わないと!

 

「あ、ああ! 申し訳ありません、えと、千早お姉さま。私は連城梓と申します。今週の頭よりこの聖應女学院へと編入して参りました、文字通りの新参者です! なのでこれからご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します!」

 

 頭の中に浮かんだ敬語っぽい文言を適当に口にして、深々と頭を下げた。自分が口にした内容を思い返してみると、どう考えても一先輩に言う台詞じゃ無いなと理解できる。先生や部活の先輩方に云う台詞だろう。

 しかしそんな私にも、銀姫さまは優しい物腰で接してくれた。

 

「梓さん、ですね。それでは改めて、初めまして。私は妃宮(きさきのみや)千早(ちはや)と申します。貴女も転入したばかりで戸惑うことも多いと思いますが、もし何か解らないことがあれば、私や他の先輩に気軽に訊ねてくださいね。私も春にこの学校に来たばかりなので、梓さんの苦労も少しは解ってあげられると思いますから」

 

「あ、ありがとうございます! 千早お姉さま!」

 

「それと、図書室では静かにね? 元気なのは良いけれど、周りで勉強している人たちの迷惑になってしまいますから」

 

 銀姫様に穏やかに注意される。気が付くと、いつの間にか周囲の視線が私達に集中していた。私が大声で自己紹介したせいかな、多分……。

 

「も、申し訳ありません……」

 

「解ってくれれば良いんです。私も偉そうなことを云ってしまってごめんなさいね」

 

「い、いえ、悪いのは私ですから。頭を下げないでください、千早お姉さま」

 

 頭を下げようとする銀姫さまを慌てて止める。こんな綺麗な人に頭下げられたら、罪悪感で酷いことになりそうだし。

 

「そう云えば、千早お姉さまは何故私達に声をお掛けになったのですか?」

 

 淡雪が話題の転換を図ってくれた。淡雪にはさっきからお世話になりっぱなしだ。後でお礼を云わないと。

 

「そうですね。見覚えのある金髪の娘(こ)を見つけて……周りと違って、その場所だけは静かに読書している二人が居たものですから。気になってしまいまして」

 

 銀姫さまが私たちに声を掛けてくれたのは、どうやら淡雪のおかげのようだ。まあその理由も、他愛の無いものでしかないのだけど。

 

「ああ……私、試験期間中は、部活がありませんから、代わりにいつもここで本を読むのが習慣になっているんです。梓さんは、私の付き添いのようなものですけど」

 

「淡雪さんの云う通りですね。私はまだ図書室に来たこともありませんでしたし、帰っても勉強しませんから。本当は、ここで勉強するつもりも無かったんですけど」

 

「えっと……お二人は、試験勉強はしないのかしら?」

 

 そう問い掛けてくる銀姫さま。テスト真っ最中の日に、読書してる人と、勉強しないって云った人達を見れば疑問に思いますよね、そりゃあ。

 って云うか、淡雪は部活に入ってたのか。何の部活に入ってるのか、後で聞いてみようかな。

 

「私はしても良いんですけどね。そんなに成績が良い訳ではないし……ですがまあ、今更感が強いとでも云うんでしょうか。既済の勉強で獲得した分で勝負しようかと」

 

「転入が最近だったので、私はそもそもテストが関係ありませんでしたから。先生方のご配慮で、一応実力を計る意味でもテストを受けてはいるんですけど」

 

 淡雪から何云ってるの? 的な視線が飛んでくる。ええい、別に本当のことを云って恥をかく必要もないでしょうが!

 

「梓さんの方は理解したけれど、淡雪さんの方は……今更試験勉強なんて潔しとしない、という意味?」

 

「いえいえ、しない方が自分の純粋な学力を計れるのではないか……と、プラスに考えては頂けないものですか」

 

 納得したように頷いて見せる銀姫さま。いや、今の説明で納得できるんですか!?

 

「なるほど、解りました……そうそう淡雪さん、雅楽乃に伝えて頂ける? 『試験が終わったら、久し振りに華道部にお邪魔します』と」

 

 ……雅楽乃という人は、おそらく淡雪の知り合いなのだろう。もしくは同じ部活の人かな? だとすると、淡雪は華道部なのか……ちょっと想像できない。

 

「えっ、千早お姉さまはうたちゃ……御前とお知り合いなのですか? しかも、呼び捨てになさるような」

 

「え、ええ……ちょっとした偶然の引き合わせなのですけれど」

 

 何故かどちらも驚いている様子だった。そして御前って何なの? 人の名前には聞こえないけど。ニックネーム?

 何だか気まずい空気が流れていた所へ、一人の女性が近付いてきた。

 

「あ、千早こんなところに居た!」

 

「薫子さん」

 

 ……何と云うか、またレベルの高い美人だ。千早お姉さまが美女だとすると、この人は美人さんと呼ぶのが相応しく思えた。

 腰まで伸びた長い黒髪に、赤みがかった切れ長の瞳。凛とした雰囲気を放つその立ち姿は、騎士か何かを思わせる。

 騎士(ナイト)の君……とか、淡雪も呟いてるくらいだし。にしても随分と詩的な表現だな、それ。

 

「もう、人にさんざん苦労させておいて、自分は可愛い後輩たちとおしゃべりなんてさ」

 

 ……かと思うと、今度は銀姫さまに子供のように突っかかっている。さっきまでの姿とのギャップに、胸がキュンとなる。うわ、可愛いなこの美人さん。多分先輩なんだろうけど。

 

「ふふっ、申し訳ありません……ですが薫子さん、ここは図書室ですからもう少しお静かに」

 

「うわっと……」

 

 銀姫さまが自分の唇に指を立てて美人さんを窘める。美人さんはハッとして口元を手で覆う。それを見て、銀姫様は微笑みを浮かべる。

 ……銀姫さま、美人さんの手綱完璧に握ってるなー。二人の容姿のコントラストが凄く絵になるから、出来ることなら写真に撮っておきたい。

 

「では淡雪さん、梓さん、これで失礼しますね」

 

「はい。御前には伝えておきますね……ご機嫌よう、お姉さま方」

 

「ご機嫌よう」

 

 銀姫さまと美人さんが去っていく。図書館から出ないところを見ると、これから試験勉強でもするのだろう。

 ……あー、緊張した。綺麗な人と話すのは、嬉しいけど疲れる。淡雪の顔をちら見して癒されよう。

 

「……ちょっと。梓、何じろじろ見てるのよ?」

 

「目の保養ー。あの綺麗な先輩方と話してて、気疲れしたし。可愛いものを見て癒されてるの」

 

 素直に答えると、淡雪は仄かに頬を赤く染めた。

 

「面と向かって可愛いとか云われると、流石に照れるわね……そう云えば梓、貴女用事はいいの? ここに来てから結構時間経ってるけど」

 

「え?」

 

 壁に掛けられている時計を見る。午後三時四十五分。予想以上に時間が経っていた。

 

「ええと、確か購買部が空いてるのは……」

 

「四時までだよ。もしかして、用事って購買部に?もう時間無いけど、急がなくていいの?」

 

 猶予は十五分。迷う可能性を考えると余裕は無い。

 

「……良くないです。ごめん、この本返して貰っておいて良い? 学園の歴史関係のコーナーにあった本だからさ」

 

「あー、うん。それ位はやっておくよ。行ってらっしゃい」

 

「ありがと、淡雪。それじゃあお願いします」

 

 快く引き受けてくれた淡雪に礼を云って、本を差し出す。タイトルを見てじと目を向けられたが、私は苦笑するしかない。

 こんなところでネタになってもしょうが無いんだけどなあ……まあ、内容が意外と面白かったから良いんだけど。

 

「それじゃあ淡雪さん、ご機嫌よう。また明日ね」

 

「うん、また明日。ご機嫌よう」

 

 取り繕った別れの挨拶をして、私は足早に購買部へと向かった。

 

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