処女はお姉様に恋してる 季節外れの迷子(フェアリー)   作:パオパオ

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第6話 六月下旬、不思議な活気。

 特筆すべきことも無く漫然と日々を過ごしていると、学院内が日に日に騒がしくなっていくのを感じた。特に、聞き慣れない単語を耳にする機会が明らかに増えた。

 現在時刻、午前八時五分。学院の門を足早に通り過ぎると、近くに居た集団の会話が耳に入る。その内容は、最近よく聞く事柄に関係があるようだった。

 

「今年度のエルダーはどなたになるのかしら」

 

「私は断然王子を推しますわよ」

 

「あら、私は騎士(ナイト)の君にこそ、是非ともエルダーになって頂きたいですわ。あの凛々しいお姿が、エルダーに相応しいと思いませんこと?」

 

「初音会長も魅力的ですし、ああ、千早お姉さまも正にエルダー、といった風格が感じられますし……」

 

「今年は素敵なお姉さま方が多くて悩んでしまいますわね」

 

 ここ最近、最上級性の先輩の名前を頻繁に聞くようになった。今見たのも珍しい光景ではなく、教室に入れば同じような話が繰り広げられているのを目にすることが出来るだろう。

 何がきっかけでこうなっているのかは私には解らない。エルダー、というのはどこかで見たような覚えがあるが……生憎、思い出せそうもなかった。

 小骨が喉に引っかかっているような煩わしさを感じる。まあ、それ程気になることでもないし、覚えていたら淡雪に訊ねる位の気持ちでいいだろう。

 

 ……それにしても。

 

「王子って……ここは女学院だったよね?男子学生なんて居ない筈だけど、どういうことだろ」

 

 『王子(さま)』という男性を表す単語に、私は暫く首を傾げていた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 教室に入る時、最前列右端に座る女生徒から一枚のプリントを手渡された。確か、この席に座る生徒は受付嬢とか云うんだったっけ? 淡雪からそんな話を聞いた覚えがある。

 

「……これは?」

 

「え? ああ、梓さんは知りませんでしたか。もうすぐエルダー選挙があるので、その投票用紙を配っているんですよ。選出委員会から届けられましたので」

 

「はあ、それはどうも、ありがとうございます……?」

 

「いえ、お礼を云われるようなことではありませんので」

 

 貰ったプリントに目を通しながら席に向かう。書かれていることは少ない。学年、組、番号、記入者名、そして推薦者名を書くスペースしか無い。それ以外には『エルダー』という単語があるだけで、注意書きさえ無かった。

 

「エルダー……って、最近話題になってるあれかな? いまいち意味が掴めないんだけど。この用紙の形式からして選挙みたいなものだとすると、エルダーってものは生徒会長みたいなものなのかな? いや、生徒会長はあの皆瀬さんが居た筈だし……」

 

「おはよ、梓……どうしたの?」

 

 ううむと唸っていると、いつの間にか来ていた淡雪に挨拶された。

 

「んむ? ああ、おはよう、淡雪。いや、これがよく解らなくてさ」

 

 ひらひらと投票用紙を揺らして見せる。それが何か思い当たったようで、ああと理解した声を出した。

 

「そっか、梓はまだここに来て一月も経ってないしね。それじゃあ、梓の解らないことをこの淡雪さんが説明しましょう」

 

「まずエルダーって何?」

 

「そこからか……」

 

 あからさまに苦笑する淡雪に、私はじと目を向ける。ごめんと軽く謝った後、咳払いを一つして、淡雪の説明が始まった。

 

「エルダーっていうのは、簡単に云っちゃえば全学生の見本になる最上級生に与えられる、称号みたいなものだね。民主的に投票で決まった生徒がそう呼ばれるの。梓が持ってるその紙は、書かれてる通り投票のための用紙だね」

 

「そのエルダーってさ、生徒会長みたいなもの?」

 

「いや、生徒会長は別にちゃんと居るよ? 初音会長って……知らないか」

 

「転入する前に一度学校見学で会ったから、知ってはいるよ。あの小動物っぽい人でしょ?」

 

 特に接点も無いので、あれ以来会ってはいない。学年も違うし、普通はそんなものだろうけど。

 

「あれ、知ってたんだ。ええと、エルダーはそもそもエルダーシスターの略称で、全生徒の七十五%以上の票を得た生徒がなるものなの」

 

「……七十、五?」

 

 普通は過半数とかじゃないの?

 

「うん。それ未満ならその年のエルダーは空席になるんだ」

 

「それ、厳し過ぎない? 選挙活動もしてないんでしょ? そんな状態で七十五%なんて、出るものなの?」

 

「案外大丈夫だよ。何せ、空席になるのを防ぐための規則もあるからね。この学院の伝統なんだし、そうそう空席なんて出来るものじゃないけど」

 

「規則?」

 

 鸚鵡(おうむ)返しに訊ねる。生徒手帳も碌に読んでいない身には、知識が絶対的に足りていない。特にエルダーなんて、普通の学校にはないものに関しては。

 

「そう。譲渡って云うんだけどね。二十%以上の票を得た候補者が、任意で他の候補者に票を譲り渡すことが出来るの」

 

「それで、結局七十五%を越えるってことか……成る程、良く出来てるね」

 

 感心していると、ふと疑問に思うことがあった。

 

「そう云えば、エルダーになったらどうなるの? さっきは見本とか云ってたけど、まさかそれだけってことは無いでしょ。何かしら、義務なり権限なりはあるんでしょ?」

 

「いや、多分、無かったと思う……あ、強いて云えば、行事なんかで主催者側に回ったりする位かな?」

 

 少しの間、私は絶句していた。口をぱくぱくと開閉させるだけで、言葉が音になることは無かった。

 

「……エルダーって、本気でただの名誉職じゃない」

 

「云ってなかったっけ? この学院の伝統だけど、エルダーって実際明文化もされていないんだよ。まあ、明文化されていないからこそ、純粋にみんなの憧れの対象になるんだけど」

 

「はぁー……うん。色々と疑問は解消したかも」

 

 説明ありがと、と感謝の言葉を続けて、私は手元の薄い紙に視線を落とした。さて、誰の名前を書こうか。転入からまだ日が浅いので、知っている先輩の名前など限られている。

 文面を読み直す。注意事項なども一切書かれていない簡素なものだ。この学院の中では公然のこととなっているからだろうが、正確な規則が解らない私は不安で仕方が無い。

 少し考えた後、ペンを動かした。『ちはやお姉さま』と書き、自分の情報の欄を埋めていく。フルネームは思い出せなかったし、漢字は解らなかった。『千早』だとは思うが、間違っていたら失礼過ぎる。

 そもそも、思いついた先輩なんて銀姫さましか居なかった。実際、皆のお手本としては相応しいと思う。あの女性(ひと)の佇まいは思わず見惚れるくらいだったし。

 

「これでいっか。ま、エルダーなんてよく解らないし、この位の適当さでいいでしょ」

 

「梓、書けたの?」

 

「うん。それで、これどうすればいいの?」

 

「あー……梓って、相模陽子さんって解る? 委員会の人なんだけど」

 

「……クラスメイト、でいいの?」

 

「……いいわ、それ頂戴。代わりに出しておくから」

 

「あ、うん。ありがと」

 

「本当に、少しぐらいはクラスメイトと話したりしなよ?」

 

「あははは……」

 

 淡雪の心配そうな視線を笑って誤魔化す。これでも、体育で一緒になった三人の顔は覚えている分、良くなっている筈だ。相原さんと、水瀬さんと、櫻井さん……あれ、何か違う気がする。

 紙を裏向きで淡雪に渡すと、自分の記憶力の悪さに溜め息を吐いた。いや、悪いのは頭か。記憶力云々の問題じゃなく。

 何となく、窓の外に視線を送った。誰も居ない校庭が、燦々と照り付ける陽射しを浴びて輝いている。整然と立ち並ぶ木々は、青々とした葉に覆われて夏の到来を感じさせる。

 詩人か、と自嘲する。どうやら夏の暑さで頭がやられているらしい。こういう時は、頭を空っぽにして運動するに限る。

 鐘の音とともに入室してきた担任を眺めながら、放課後の予定を考えていた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「……思っていたより、微妙だったかな。皆気分が浮ついてるみたいだったし、エルダーとやらが決まることがそんなに関心を引くことなのかな? 解んないなあ……」

 

 火照った体の熱を軽くストレッチして解しながら体育館を出る。今日はバスケ部の見学券仮入部に来たのに、いまいち歓迎されていなかった。と云うより、私に興味がないのか、ほとんど相手にされなかった。

 

「D組のあの二人とかの、レギュラーの人達はまだマシな方だったけど、他が酷かったな。三年の先輩が居るのに規律が守られてないって、問題なんじゃないかな。ま、私には関係無いけどさ」

 

 ぶつくさと文句を吐き出しながら歩いていく。レギュラーの人達の練習はそれなりだったが、控えになるともう見られるものじゃなかった。ボールに触ることさえせずに友人と喋ってばかりで、試合形式の練習でさえ真剣味が感じられなかった。

 

「バスケ部は……もういいや。失礼だけど、もう少しやる気ある人とやりたいんだよなぁ……あ、確か家の近くでバスケのコートがあった気がする。ストバスとかやってないかな? 今度見に行ってみよっと」

 

 別段、趣味の場を態々学校に限定する必要はない。学校でしか出来ない、人数が必要な競技はあるものの、そういった特定の競技が特別やりたい訳ではないのだ。ただ体を動かせて、楽しめれば何だって良かった。

 

「やっぱりお嬢さま学校はお嬢さま学校なんだよな……ストイックさに欠けると云うか、お遊びな感じがするんだよな。ま、フラフラしてる私が言えた義理じゃないんだけど、ね」

 

 組んだ両腕を思い切り伸ばしつつ、ストレッチを締める。やはり出来ることなら、真剣にやっている人たちとスポーツに励みたい。そっちの方が燃えるし、簡単には勝てないということが堪らない。

 負けから始まり、努力して勝利をもぎ取った時の達成感。運動しているときの注目をはるかに越える快感は、何事にも代えがたいものがある。

 

「とりあえずは、体を戻さないとね。半月もサボっていた分、体力とかの低下が著しいだろうし。早朝ジョギングとか始めようかな? 早速、走って帰ってみよっと」

 

 心地良い筋肉疲労を味わうために、家までの道程を走り抜けた。

 

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