無縁塚で、独りごち 〜この難易度Lunatic幻想郷で〜   作:胡桃の中の団子

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見切り発車、

プロローグが1000文字以内だったので、1話も挿入しました。


一章 時代の終わりと始まり
prologue 無縁塚の危険な寂しがり屋


 朧気な記憶だ。幾何紗(きかさ) 真成(まな)には前世の記憶があった。いわゆる転生というやつなのかもしれない。以前の幾何紗は、お世辞にも良い人生は送っていなかったらしい。何かの病を発症してからは、引きこもりの日々を過ごしていた。そして自分の首を括って死んだ。 

 ロープのミシッとした重厚な感触。最期は天井の文字みたいな汚れを見つめながら意識を失った。

 

 気が付けば彼女は知らぬ世界に突っ立っていた。その世界は妖怪という存在が闊歩しているという、なんとも血なまぐさい世界だった。はじめは幾何紗は逃げ回っていたが、逃げ場がなくなり覚悟を決めた時に己の強さを知った。この世界では蹂躙は当たり前のようなもので、強いやつか頭の良いやつが生き残る。それに属さないやつらは、強者に媚びるか、はたまたのらりくらりと立ち回って生き延びる。

 

 幾何紗にはその頃、誰も寄り付いてこなくなっていたので、強者の側だった。

 

 

 そうして転生して幾星霜か経った頃、幾何紗は向日葵(ヒマワリ)畑を掻き分けた先の民家で、一人の少女に出会った。

 

「あ、あなた……。私はあなたを知っている……? ッ!!」

 

 電流の走るような鋭い感覚。その時、全てを理解した。

 

 花の妖怪、風見幽香だ。

 緑髪、真紅の瞳。特徴的なのはその服装。白のカッターシャツに赤いチェックのベストとロングスカート。

 

 にわか知識でも分かる。彼女は東方projectというゲームに出てくる──。

 

「黙れ、畑を荒らす来訪者」

 

 初めて知っている何かに出会えた感動は、研ぎ澄まされた純粋な殺意の刃によって文字通り絶たれた。

 

 そうか、私は東方projectの世界に転生したのか。

 

 多分きっと恐らく!! ……いや確定で!! でもなぜだろう? 私の知っている幻想郷はもっと平和で長閑じゃなかったっけ?

 

「マスタースパークッッ!!」

 

 ところで、なんでこんな殺伐としているんだ? 

 

 私はボコボコにされ、命からがら逃走した。

 

 

 

 

 

 幾重にも連なる無縁仏たちが、風車の回る音に呼応して嗤っているように見えた。

 幾何紗は髪に触れる自然の感触に顔を上げ、薄っすらと細い目をした。視線の先に桜の花びらが夜長に紛れて散っている。

 

 幾何紗は、そんなことなど気にもとめずに、さっと視界を落とした。   

 

「森近はこれの遊び方が分かるのに、直感的に操作ができないだって? 変なのー」  

 

 幾何紗は眼鏡の男、森近から渡された外界のアイテム……ゲームを操作した。ブロック崩しのゲーム。電池が無くなればこの世界では無用の長物になるだろうが、娯楽の少ない幻想郷では貴重で面白いらしい。

 

 

「幾何紗、君は外界にも詳しいのに、これの名前が分からないのかい?」

「あっ、いいとこだったのに!!」

 

 森近は幾何紗のゲームを取り上げて、画面を見た瞬間仰天した。

 

「すっステージツーだって!? 僕だってステージワンをクリアするのに何日を要したか分からないのに」

「じゃあそろそろ充電切れかな! ぎゃははっゲームオーバーしてやんの」

「幾何紗君はねぇ、外界の道具を扱うのがただ、僕よりとても上手いだけなんだよ!」

 

 もう何度目かにもなる森近の台詞に飽き飽きしながら、それで、と言葉を紡ぐ。

 

「ゲームでしょ、それ。詳しい名前までは分からない、或いは忘れた。カセットにも見覚えがあるけど名前は分からない。動力源は電池が二つ。ふっるーいやつだよね、それ」

 

「こんなものまで知っているのか。実に不思議な半人半妖だねぇ」

 

 (いぶか)しげに眉をひそめる森近に、幾何紗は何の気なしに言い放った。

 

「森近だって半分人間で半分妖怪じゃないの」

「ま、そうだね。ハーフではあるけど」

「ははん? つまり森近は私があなたの持ってくる道具の名前や使い方が分かることに疑問を感じているってことであってる?」

 

 森近はそれに対し「(おおむ)ね、ね」と、付け足した。

 

「なんだそれ」

 

 ぼそりと呟きながら、幾何紗は森近の操作するゲームのほうに首をやった。

 

 ……見るに堪えないヘッタクソなプレイだ。ブロック崩しのステージワンをクリアするのに数日を要したのは伊達ではないらしい。

 

 幾何紗にとってゲームなど、能力を行使してクリアするほどのものでもなかった。前世の記憶がそれを知っているから、クリアするのも造作もなかったのだ。だが、森近はどうだろう。ゲームという存在を知っているような素振りを見せているのに、まるで扱い方がなっちゃいない。

 

 誰かに教えてもらったような素振りも見せない。時々こうして幾何紗のために無縁塚にまでやってきて、道具を見せびらかしてくるだけなのだ。

 

「私にとってはあんたみたいな輩が、外界の道具の使い方とか分かるほうが疑問なわけ」

「でも僕は君のような存在が、外界の道具の使い方が分かることには興味がない」

「どういうこと?」

「そのままの意味だよ」

「さっきと言っていることが違うじゃないの」

「概ねと言っただろう」

 

 このまま言葉を重ねても、幾何紗の思うような返答は返ってこないだろう。

 

 頬を膨らませた幾何紗は、そのまま森近のゲームを掻っ攫(かっさら)って目の前で全クリした。エンディング。アラビアンな背景にスタッフロールが流れていく。

 

「凄いな君は、なんというか」

「ざっとこんなものかな」

「ドヤ顔でそれを言われてしまったら立つ瀬がないよ」

「立つ瀬なんていらないでしょ。そのまま流されてくたばればいいの」

「これは手厳しい」

 

 苦笑いを浮かべながら、森近はようやくゲームを返してもらったことに少し安堵したのか、ため息をついた。

 

 

 無縁仏たちを気怠そうに眺めながら、幾何紗は横目で森近の様子を確認する。この男が何を考えているのかが読めないのは相変わらずだった。

 

 そんなに外界の情報を知っていることが珍しいのだろうか? 

 

 森近も森近で、幾何紗と同じく前世の記憶があるのか? という疑いは拭えきれないが、それは幾何紗自身がコイツに限ってあり得ないという持論がある。

 

 第一、ここ無縁塚で初めて会ったときの森近の第一声といえば──。

 

「何を考えているんだい?」

 

 だが、そんなことはいい。あまり人妖とも関わらないため、幾何紗は密かに会話を楽しみにしているのだ。バレない程度に無意識に会話が続くことを彼女は望んでいた。そういう自分に、辟易(へきえき)しつつも。

 

「何も考えないを考えている」

「一つの時代が終わるかもしれない」

「えーと」

「話題提供だよ。幻想郷に、春がくるんだ」

「今は絶賛春なんだけどな……って、流石にそういう話ではないのは分かってるって。続けて」

 

 幾何紗は肩をすくめながら、幻想郷に春がくる。その言葉の真意を探ってみた。……が、やはり何もピンとこない。

 

「今代の巫女が代替わりするんだ。そのタイミングで殺伐としたこの世の中もね、賢者が色々手心加えて平和にしてくれるってさ」

「ふぅん」

「興味が無さそうだね」

「興味はあるよ」

 

 今代の巫女の代替わりといえば、博麗の巫女が代替わりを挟むというのが最も建設的な答えだろう。幾何紗が幻想郷にやってきたタイミングには湖に紅い洋館などは建っておらず、妖怪同士の文字通りの殺し合いにしばしば出くわすこともあった。

 

 ともすれば、だ。

 

 前世の記憶を頼りにするなら巫女なんていうのも、妖怪の山の神社なんてのは未だに存在していないということにならないだろうか。

 

 ともかく、幾何紗は現在がいわゆる東方projectの旧作の世界だということは把握していた。そして、森近の言うに、そろそろ始まるのだということも予想できる。

 緊張感、というのだろうか。淡い期待が胸を膨らませる。

 

「新しい博麗の巫女の名前は何ていうの?」

 

 

 ぽつりと、つけ足すように問いかける。これは答え合わせに近いものだ。だが、努めて露知(つゆし)らずといった風に問いかけた。

 

 

「霊夢。博麗 霊夢だ。あの子は君よりも強いよ。だから代替わりのタイミングに──とか、思わないほうが身のためだからね」

「私がそんな危険な輩に見えますかぁ?」

「僕と出会った当初の君の恐ろしさは未だに忘れられないよ」

「無様に命乞いまでしてたねぇ」

「あっあれは……! 当然だろう、僕はあまり強くないんだから」

「じゃ、ちょっとは守ってあげるよ」

「君にかい?」

「やっぱり無しで」

 

 夜桜に紛れて、ケタケタと微笑む幾何紗。悪戯(いたずら)っぽい笑みからは想像付かないような美しい銀色の髪が、まるで夜に馴染むように風になびいていた。森近が気難しそうに口をへの字に曲げている。

 

 幾何紗は森近の感情を揺さぶるのを生きがいとしていた。別に恋愛対象としてではない。

 からかった上で、基本感情を隠そうとする者が、ときたまにひた隠しできない感情を見せるのがもう──うっとりするくらい好きというだけなのだ。

 

 

 これが半分人間で、半分妖怪の、真にハッキリしない者の矜持(きょうじ)なのかもしれない。森近も一応ハーフらしいが、あれはダメだ。あれはボンクラだ。一方、森近は思春期の子供の相手をするように面倒くさいだろうが。

 

「じゃあ僕は帰るよ。君も僕と話すだけじゃなくて、もっとたくさんの人妖と関わりを持った方がいいよ。うん、それがいい。太陽の畑のアイツみたいになっちゃうからね……って、もうなってるか」

 

 憐れむように嘲笑しながら、去っていく森近。

 

「はぁ? 二度と来るな!! ……いやっやっぱりまた来て!!」

 

 無縁塚を根城にする幾何紗は、あまりにも友達が少なかった。場所も場所、人も人とは言い得て妙だった。

 そんな幾何紗の弱みを知ってか知らずか、ふふっと森近は吹き出しながら「また来るよ」と、手をひらひらさせて深い闇の中に消えていった。

 

 

 木漏れ日から差す月の光を名残惜しそうに手で追った。話し相手が誰もいなくなったこの場に置いて、その幾何紗の姿は誰の瞳にも映らない。

 

 幾何紗は世界で誰も知らない曲の鼻歌を歌った。

 

 

 

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