無縁塚で、独りごち 〜この難易度Lunatic幻想郷で〜   作:胡桃の中の団子

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1-10 商いの話

 まさか魔理沙が香霖堂に来ていたとは驚きだった。

 何も言うまい。

 霧雨 魔理沙だ。彼女は東方projectにおいて屈指の人気を誇るもう一人の主人公。

 東方において、にわか知識の幾何紗ですら彼女の素性は大方知っているくらいだ。

 

 天真爛漫で、好奇心旺盛で、火力バカで、収集癖があって、努力家で……。中でも幾何紗が特に好きなところは魔理沙は空を飛べるのに、箒で空を飛ぶことに拘っているという点だ。

 そこが好き。いやかなり好きだ。

 

 逆に言ってしまえば、それ以外を幾何紗は知らない。テンションが上がりすぎて初対面の魔理沙に距離を詰めすぎてしまったことは反省だ。

 

 魔理沙がこの場を去る瞬間。

 香霖堂のドアベルが、乾いたような鈴の音をあげた。

 

「───で?」

 

 その一言で一気に現実に引き戻される。森近が手を組んで言った。

 

「何の用件があってここへ来たんだい?」

「……え? それじゃあさっき、蛮奇とあなたは何を話していたの?」

 

 森近は肩をすくめた。

 

「幾何紗君がマジックアイテムばっかり弄って遊んだりしていたんじゃないか。うちの魔理沙も巻き込んでさぁ」

「うちの、魔理沙……!?」

「あーいや、他意はないんだ。僕と魔理沙は幼なじみ……のようなものなんだ」

「昔から仲がいいってことなのかな」

「そういうこと。じゃ、本題の話をしてくれたまえ」

「本題って、ねぇ?」

 

 蛮奇に目配せすると、彼女は頷いた。だが大した話でもないのに本題というのも。

 そう頭を悩ませていたところ、蛮奇は簡潔に幾何紗たちが何を求めているのかを話した。といっても、唐傘の代わりとなる布か何かを探しているだけなのだが、幾何紗がいるだけで話が変な方向に脱線するのだ。

 

「なんだ、そんなことか。僕はてっきり何か壮大な悪だくみでもするんじゃないかと……」

 

 森近は自分の頭をぽっくりと指で小突きつつ、

 

「確認してみるよ。一応たずねるが、赤髪の君。その唐傘は何色だい?」

「紫っぽい暗い色かな」

「ほぅ? 紫みたいな暗い色……。一応唐傘って和紙に油塗ったアレだからね。値はある程度張るもんだ」 

 

 そう言うと、森近は店内をゆっくり歩いて回った。蛮奇の眉間にしわを寄せた渋い顔が少し面白かった。

 

 幾何紗たちも続いていくが曰くつきの物品ばかり。

 魔界産の脈打つ護石や、冥界の香炉。外界のラジカセとか、その隣に石鹸や珈琲豆が無造作に積まれている。

 置いている物に規則性はない。

 

 特に魔界由来の魔導書の隣に外界の警報装置(防犯ブザー)が置かれているのが最高にイカしていた。森近みたいなやつにとっては物の価値など分からないのだろう。ちょっと皮肉も含めて言ってみる。

 

「たくさんあるね」

「そうだろ? 自慢の品々だよ。ちょっと待ってて」

 

 そう言うと、森近は『立ち入り禁止』と書かれた物置部屋の方に消えていった。蛮奇が決まりの悪そうにして顔をマントに埋めていた。どうしてそんな表情をするのだろうか? そう考えていたところで、蛮奇がおもむろに口を開いた。

 

「真成ちゃんはお金持ってるの?」

「うん? 外界のやつしか持ってないよ」

「……へ? それじゃあお金持ってないって意味だよね。どうするのよ」

「蛮奇ちゃんが支払う」

「あのねぇ、結構前にそんな支払う金なんてないって話、しなかった?」

「したような気がする」

「馬鹿なの?」

 

 幾何紗の一言に唖然とした様子の蛮奇。奥の立ち入り禁止部屋から丁度、懐中電灯と傘を持った森近が戻ってきた。その傘は紫か黒の中間のような色をしているが、少しくたびれているような古びた見た目をしていた。

 

「何を話していたんだい──ほれ」

 

 そういって蛮奇に傘を差し出した森近。蛮奇は表情を綻ばせてそれを受け取るが、直ぐに切ないような何ともいえない表情をして、

 

「嬉しいのだけれど、今確認したらわたしたち……持ち合わせがないみたいで」

「おやおやおや」

 

 森近は一瞬だけ表情を曇らせた。だがそう言うと思っていたのだろう。彼はすかさず人差し指を立ててこう言った。

 

「それじゃ、物々交換でもしようよ」

 

 森近は、ゲーム機を手にして幾何紗へと投げ渡した。そして幾何紗たちに着席を促し、自らも流れるようにカウンター席の奥へと腰掛ける。その反動で埃が宙を舞ったが、彼はそんなことには慣れているらしい──軽くコホンと咳き込んだ。

 

 蛮奇がチラリと幾何紗の方を伺った。幾何紗もノリノリになったらしい。身を乗り出して、何やらニヒルに微笑んだ。

 

「ゲーム機のようなものを寄越せと、そうあなたは仰りたいと?」

「いかにも──」

 

 森近はニタリと邪悪な笑みを浮かべた。

 

「幾何紗君なら持っているだろう?」 

「持ってないよ」

 

 森近が吹き出して「あのなぁ」と口添える。そんな両者のやり取りに苦笑いしつつ、蛮奇は冷静に言い放った。

 

「あの、わたしも一応大したものを持っていません。あと、傘の骨組みの部分は欲しくないです」

「というと?」

「和紙の部分だけ必要です」

「あー……? えと、結論からいうと、それはできないかな。傘は傘として売るほうが得だからね」

「それは……確かに」

「とにかく、僕は君たちと物々交換をすると言ったからには、商人の端くれとしてちゃんと傘と君たちの何かと交換する。それは間違いない」

「合理的! なんかムカつく!」

 

 幾何紗がムッとしてそう言うと、森近は顔を引きつらせて困り顔をした。

 

「……し、仕方ないだろ。これを商いにしてるんだから」

「まぁそっか」

 

 幾何紗が納得したのを見届け、ホッと胸を撫で下ろした。

 

 だがこの男、案外抜け目がない。というよりも内心友達料金として何か特別な対応をしてくれてもよかったんじゃないかと期待していたのが、そもそも見当違いだったのかもしれない。

 

 少しくらい情を見せると思っていた。

数年越しの縁だ。

それくらい、期待してもよかったはずなのに。

 

 それをこの悪辣眼鏡は──。

 

(少しでもナニカを期待していた自分が、馬鹿だったじゃないの)

 

 心の奥底で銘打ちながら、別の奥底ではこう語る。

 

(いや、それが当然でしょう)と。

 

 一人による双方の意見は決して間違っていなかった。そしてその感情一緒くたは、たった一つの言葉になって放出される。

 

「残念ね」

 

 一つの言葉となって。

 

 森近がそんな幾何紗の言葉に心打たれたのか、さっきとは別の困り顔をした。そしてぐぬぬと唸っている。

 

「……分かったよ。じゃあツケにしておく、これでいいかい? そのかわり、また近いうちに僕の元を訪ねてくれたまえ。……おっと勘違いするな、定期的に外に出るべきだと言っているんだ僕は」

 

「ありがと!!」

 

 幾何紗が飛び跳ねて喜び、森近の手を取り感謝を伝えた。森近は頭をぽりぽりと掻いて本気で戸惑っているようだった。

 

 

 *

 

 これでとりあえずみんな幸せだ。森近のヤローも蛮奇ちゃんも、蛮奇ちゃんの友達の小傘だってみんな幸せに違いない。

 物々交換を無理やりツケにしたのだから。でもツケっていつ返すものなのだろうか? 

 

 私の気持ちとは裏腹に、蛮奇ちゃんはあまり嬉しくなさそうな浮かない表情をしていた。聞くと、蛮奇ちゃんは私に「ごめんね」と一言謝った。一体どうしてだろう? 

 

 無縁塚への帰り道、すっかり暗くなっちゃった。とか、思いながらいつもの殺意を剥き出しにしていた最中、蛮奇ちゃんがボソリと別れ際に呟いた。

 

「あんなやつが直ぐに意見を変えると思う?」

 

 あの森近が計算事をしているということだろうか? 

 

「わかんない。でも、友達だし──」

 

 そう言った瞬間、蛮奇ちゃんの目がまん丸になっていた。私は何か余計なことを言ってしまったのだろうか? 

 

 蛮奇ちゃんは何かを言いかけて、やめた。

 

 

 

 

 

 

 

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