無縁塚で、独りごち 〜この難易度Lunatic幻想郷で〜   作:胡桃の中の団子

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1-11 第一印象は最悪な傾向がある

 

 

 一日の密度はこんなにも濃密にできるのだと、幾何紗は妙な感銘を受けていた。

 長いようで短い。無縁塚にひたすら引きこもっているのとは、時間の流れ方が逆だった。

 

「蛮奇ちゃんはどうしてるんだろ」

 

 豆腐小屋で独りごち、いつものようにひび割れた天窓から空をじっと眺める。

 今日も星が綺麗だ。

 

 今頃、蛮奇たちは小傘の傘を修理していることだろう。いや、時間も遅いのでそれはないか。

 

「それにしても、傘で傘を修理するっていうのもおかしな話ね」

 

 一体なぜ、そんな方向に話がまとまったのか今思い返してもさっぱりだったが、骨組みだけになってしまった傘は、幾何紗が依頼の報酬としてこのような条件を出したので問題ないだろう。

 

『無縁塚のビニールで、傘をリメイクしてよ!』

 

 これで一件落着。幾何紗のニヤリとした笑みが顔に張り付いた。

 

 この一日とちょっとの間で、幻想郷で暮らした数年分以上の交友を得た。

 

 だが、自らがいつか原作キャラクターたちと関わることによって、何かのフラグをふと、折ってしまわないだろうかという懸念は拭えきれない。そして逆に、ナニカのフラグを立ててしまわないかという心配もある。

 

 ありとあらゆる確率を捻じ曲げるということ。それは一パーセントの一抹の不安を九十九パーセントにも出来、幾何紗当人でも制御できない残酷な業のようなものだった。

 

 *

 

 

 

 初めてちゃんとした睡眠を取った気がする。

 

 穏やかでのほほんとした春の陽気の眩しさで、自然と瞼が開いた。窓もついていない豆腐小屋で、ふぁあというのんきなあくびをして身体を伸ばした。

 

 埃を食べているんじゃないかとか、そういうあらぬ疑惑を誰かさんにたてられたことを思い出す。

 おっとそれよりも換気が必要だ。本当に口の中に埃が入った。

 

 戸がキリキリと悲鳴をあげるのを厭わず抉じ開ける。この扉もいつまでもつかわからない。豆腐小屋の中を振り返り、ようやく幾何紗は自身の生活力の無さを自覚した。

 

「今までは何も無くても良いと思ってたんだけど──」

 

 まず、椅子がない。そして窓がない。

 

 それから──。

 

 考えるだけで寒気がするほどの生活感の無さだった。近いうちにリフォームしてもいいのかもしれない。

 とりあえず外に出て、池で顔を洗った。

 ひんやりとした感触が優しく幾何紗を包み込む。

 

 静かだった。幾何紗の存在感で鳥などの小動物の類はまず表に現れない。風が吹いたときに、無縁仏の風車がときどきカラカラと乾いたような音を響かせるだけで、あとは何もない。

 

 幾何紗は無表情で無縁仏たちの目の前に降り立った。

 

 黙礼──。

 

 この張り詰めた空気は何人たりとも立ち寄ることを赦さない。誰にも観測されることのない、昼下がりの贖罪、のような行為。

 

 誰のために、

 何をしたくて、

 祈るのか、

 

 幾何紗はこう答えるだろう。

 

「私のために」と。

 

 無縁仏たちは、それに応えるように風車を鳴らした。ジメジメとした陰鬱な無縁塚に、緑のちょっと腐ったようなにおいが通り過ぎていく。

 

 幾何紗は祈りをやめて、池のほとりに浮足立って走っていった。その岸に、犬を模したロボットが横たわっていた。

 

 ──おしゃべりロボット! お世話の要らない次世代型のペットです! ──

 

 脳内の映像と共に聞こえのいいキャッチフレーズが鳴り響く。「なんだこれ」と、思わず口ずさんでしまうような代物だ。手に持ったときに銀粉みたいなのがこびり付いた。恐らく錆びか何かだろう。

 

 人間がなんのために作ったのかは、まるで想像が付かないが、流石に水に侵された機械は、もう動くことはないだろう。

 豆腐小屋に持ち帰り、テーブルの上に犬型ロボットを置いた。

 

「スイッチオン!」

 

 電源をONにしてしばらく待ってみる。

 

 ……だが予想通り犬型ロボットは動かない。

 

「どうしたらいいんだろう。……そうだ!」

 

 幾何紗は自身の首をひねりながら何かを閃いたようだ。レトロなものにはレトロな仕置きが必要だ。犬型ロボットの胴体を強く叩くと、ようやく気が付いたようにロボットが起動した。

 

「……ワン! ……ワン! ……ワン!」

「……」

 

 前足と後ろ足がもぞもぞと同時に動いている、犬のような物。その一歩一歩が前進しているのか後退しているのか分からない。シュールというべきか健気というべきか。

 そこそこ大きな機械音をウォンウォンと奏でながら、幾何紗の手元に頭を潜り──こませようとしているのか? 

 カクカクと大胆な挙動をする犬を前に、幾何紗は胴体部分を掴んで裏返した。

 

「……クウーン!! クォ────…………」犬が悲鳴のような金切り音をあげる中、無理やり電源をOFFにした。

 

 ……そういえば森近はこういうのが好きだから、プレゼントとして今度持って行ってやろう。時折顔を出せとも言ってたしね。  

   

 それにしてもちょっと、疲れたな。

 

 そう思って『犬』を仕舞おうとした瞬間、ちょうど戸のほうから人の気配を感じて目が合った。

 

「うわあああああぁぁぁっ!!!!」

 

 その声の主は異なる色の瞳を半泣きにしながら、隣のマントにしがみ付いて絶叫していた。

 そんなオッドアイの少女を宥めながら、マントの少女──赤 蛮奇は幾何紗に氷のような眼差しを向けて固唾を飲んだ。

 

「何を、しているの?」

「犬がうるさいから黙らせた!」

「い、犬を黙らせた……!?」

「犬のロボットだよ。だから大丈夫」

「ろぼっと……? あの、頭の整理が追いつかないのだけれ──」

「犬の機械がうるさいから電源を切ったの。ピーって」

「あ、あぁ……そういうこと。だったら初めからそう言いなさいな、小傘が震えてるわ。……あと殺気をこちらに向けるのも止めなさい?」

「すみませんでした」

 

 拳骨をもらいながら自戒する。ちょっぴり痛かった。

 頬を膨らませて無言の抗議をする幾何紗に、小傘は緊張が解けたのか、ほっと一息をついた。

 

 「わたしは慣れたけど、初見にそれは結構きついと思う。というか、常時張り詰めた空気を纏うのもどうかと思うのだけれど」

 

 隣の小傘が未だ涙目でうんうんと頷いた。

 

 「わかったけど……」

   

 幾何紗は一応同意はしてみせた。だが、日常的に他者を寄せ付けないように振る舞っている彼女にとっては、今さら殺気を引っ込めろと言われても、呼吸をやめろと言われるようなものだった。

 たとえば博麗神社に行ったときは、相手が相手なので気を使ったが。自分の居場所で気を使うなんてことはまずあり得ないだろう。

 

 「気を張りすぎなんじゃない?」

 

 そう指摘され無意識に胸の奥がすくんだ。図星を指されたからだ。

 

 「……そうだよね。いつもそんな感じがする」

 

 幾何紗が吐息のような声を漏らすと、静かな間が空いた。

 

 「あ、そうだ小傘、幾何紗を紹介するわ」

 

蛮奇が後ろの小傘を手引きして引っ張ってくると、小傘は幾何紗に「ひっ」と上ずった声を荒げ、顔を見合わせることもなく深々と頭を下げた。

 

 「はっはじめまして!!わちきは多々良 小傘っていいます。普段は里で暮らしてる唐傘お化けの妖怪で……。あの!!この間は蛮奇のお手伝いをしていただき、誠にありがとうございました!!おかげでこの通り、わちきの傘は新品同然になりました」

 

 そしてその文言を言い切ると、瞬く間にサッと蛮奇の影に隠れた。その姿はどこか小動物の可愛らしい仕草を彷彿とさせる。さながら幾何紗は獰猛な肉食獣といったところだろうか。小傘は修繕された傘をこちらに向けて開閉して、その出来映えを教えてくれた。

 

 「小傘が自分で修理したのよ」蛮奇が頬を搔きながら、骨組みだけの傘をテーブルに置いた。

 

 「今日はこれの素材を調達しにね」

 

 そう言うと、蛮奇は幾何紗に目配せした。幾何紗は瞬時にその意味を察し、「ふっ」と含みのある微笑みを浮かべた。そして熟練のウエイトレスのように深みのあるお辞儀を流麗にこなし、

 

 「ご紹介に預かりました。私は幾何紗 真成。この無縁塚の引きこもりをしています。以後──お見知りおきを」

 

 小傘はそれを口をポカーンとあんぐりさせて聞いていた。

 

 「あ、ハイ」

 

 そんなに様になっていたのだろうか。幾何紗は確かな手ごたえを感じ、ガッツポーズを拳に宿しながら外に飛び出した。

 

 春のひだまりが幾何紗を包み込む。とてもいい花の香りがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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