無縁塚で、独りごち 〜この難易度Lunatic幻想郷で〜   作:胡桃の中の団子

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1-13 あたたかいこころ

「え、今の何の音?」

 

 小傘が眉を八の字に曲げて、蛮奇の衣装の裾を引っ張っていた。

 

 「なんだろう」

 「郵便だと思う」

  

 「まさか──」

 

 まさか流石にあり得ないでしょう、と蛮奇が様子を伺う中、幾何紗がなりふり構わず戸を開ける。

 

 豆腐小屋の入口左。

 背の低い郵便受け。

 

 それの真上にちょこんと黒い羽根が乗っていた。これはきっと文の仕業に違いない。

 奥で小傘が作業をする最中、蛮奇が小屋の戸口から顔だけを覗かせた。 

   

 「なにそれ、ハネ?」

「うわぁ!?そっちのほうがナチュラルにびっくりするからやめてよ」

 「だってろくろ首なんだもん」

 

 蛮奇はそう吐き捨てるように言いながら、小傘の方に一瞬視線をやって、

 

 「ほら、小傘って怖がりだからさ」

 「そ、そうなんだ」

 

 胴体はそこに置いておく必要があるんだと、蛮奇は無い肩をすくめた。

 

 それで、黒い羽根が郵便受けにあるということは天狗の仕業だとして。

 こんなタイミングに来るのだから、どうせ碌でもないのだろうな。

 

 草が入り混じった郵便受けの隙間から、引っ張るようにそれを捻くり出す。

 

無理やり押し込んだのだろう。紙がしわくちゃになっていた。

気が向いたときにでも掃除でもしておかなければならないな。

 

 「めんどくさいな……」

 

 空を眺めながら独りごち、視線を落とした。

 

 「新聞だね。しかも文って付いてるから誰のやつか一発で分かる……」

 

 げんなりして眉をひそめる幾何紗に、蛮奇がすかさず口添える。

 

 「文々。新聞ね。天狗の新聞のなかでは結構有名なんじゃない?というか、なんでそんなに嫌そうな顔をしているのよ」

 「だって、文とはついこの間会ったんだもん」

 

 戸を閉めて部屋に戻る。幾何紗の頭のなかには既に『文』のことでいっぱいになっていた。

 

『山』での出会いから『神社』まで、付いてこられたときの映像がフラッシュバックしていく。

 まさか知らないところで写真なんか撮られていないよね?

 

 とりあえず記事にされているのは間違いないとして──案の定、霊夢と幾何紗の見覚えのないワンシーンが綺麗に抜かれていた。

 

 「こんな表情。私、いつしたんだろ」

 

 椅子が足りない中、部屋中をくるくると周って暇を持て余す。

 幾何紗について語られている項目は見出しだけが大きく、多少の注目だけは集められるようにはなっていた。

 ただし中身は写真一枚とスカスカの文章だけ。しかも新聞の端っこに申し訳程度に載っている有様だ。

 

 「真成ちゃんも載ってるの?」

 「うん、一応」

 

 新聞の端っこを指差すと、蛮奇は感嘆の声を漏らした。

 

 その小さな一面には幾何紗がニヒルな笑みを浮かべながら、背後の霊夢を睨むところが激写されている。

 

 「お前ってそんなに凄いの?いや、色んな意味で凄いか」

 「えっへん」

 「褒めてないぞ全然」

 

 蛮奇はそんなことには直ぐに興味を無くしたのか、紙面を大々的に飾っているトップ記事をつらつらと流し目で読み始めた。

 

 「ふんふんふん。明日の正午に里を出発点として博麗の巫女の代替わりの儀式をするらしいわ」

 「代替わりの儀式?」

 

 これには小傘も作業を止めて、「本当?」と蛮奇に尋ねた。

 

 「えぇ、どうやら新しい巫女が時間をかけて里から神社まで練り歩いて舞うらしいわ」

 「祭りってことだよね。でもあんまり贅沢はできないなぁ」

 

 小傘が天井を仰ぐ中、蛮奇が幾何紗の肩を小突いた。

 

「そうそう、紙面にはこう書かれているけどコレって本当なの?」

 

 その一面には曰く、こう書かれていた。

 

 

 

 

 ──銀色の絶望の来訪すら予知し、見事手玉に取った。間違いなくその力は当代最強として認めざるを得ない──

 

 

 

 

 「うーん、当代最強は認めるけど手玉になんか取られてないいい!!」

 「博麗の巫女に太刀打ちできるのも大層凄いけれどね」

 「うん、うん……!」

 

 なにか蛮奇たちに大きな勘違いをされているようだったが、大変スカした気分になるので訂正しないでおいた。

 小傘は何やら、目をキラキラさせてこちらを見つめてくる。

 

「おーい」

 

 幾何紗は小傘の視界に手刀をひらひらチラつかせた。するとようやく小傘はハッと我に返ったのか赤面した。

 

 「強さには多少憧れがあるもんで」

 「そう?強くても友達がいないと寂しいよ」

 「そうなんです?幾何紗さんは孤独でもへっちゃらだと勝手に思ってたよ」

 「ははは。そうだよ、ね」

 

 少し。

 

 少し、考えそうになってやめた。

 どうせろくなことになりやしないからだ。もっとも、幾何紗は何年生きているかは自分でも想像がつかなかったが。これまで生きていてある程度の経験は積んできた。

 

 難しいことは未来の自分に丸投げするか、気にしないことが一番。

 内心、心が浮ついて警鐘をならしているのを、なんとかやり込めた。

 

 「大丈夫?」

 

 視界に急に現れた生首にギョッとした声を荒げる。

 

 蛮奇は幾何紗の返事を聞く前に「大丈夫そうね」と、微笑んだ。そして幾何紗がページを捲った先をいくつか読んで表情を豊かに変えている。

 

 「大見出し見てみてよ。命名決闘法案ってあるけど」

 

 ……そう。

 とうとうこの時がやって来たのだ。

 

 心の中で狂喜乱舞する自分を必死に諌める。やはり興奮は抑えきれなかった。詳細は流石に文でも掴めなかったのだろう。詳しいことは書かれていない。

 

 ただ、前のページのゴシップ記事と違って、こちらは妙に踏み込んだ内容だった。

 

 特に『無用な殺し合いに終焉が訪れるのではないだろうか』という深い考察。

 こんな鋭い洞察、文が本当にしたんだろうかという疑問はあるが、そんなことはいい。

 

 

 この平和をどれだけ待ちわびたことか。

 

 ただ、皆がそうとはいかないだろう。

 きっかけといえば、紅霧異変か。

 紅霧異変って、いつ発生するイベントなんだっけ?

 

 「とうとうスペルカードルールが制定されるんだ」

 「スペルカードルール?なにそれ」

 

 蛮奇が新聞を読みながら、確認するように問うた。

 

 「あー……。この間霊夢に教えて貰ったの。命名決闘法案のことだよ」

 

 墓穴を踏んだかもしれない。この手の話はあまり公にしていいものではない。口にチャックをかけながら、

 

 「ハナシテハイケナイトイワレテイタ」

 「それじゃあ話したらダメね」 

 「ウム!」

 

 なんとかロボットのフリをして誤魔化したが、恐らくはスペルカードルールという言葉はまだ公然ではない。

 こちらとしては命名決闘法案という難しい単語より馴染みがあるものだったから、つい口が滑ってしまった。

 いけないいけない。

 

 

 小傘が満足気に傘を開いた。

 

 継ぎ接ぎだらけのビニール傘が、どうやら完成したようだ。ビニール傘のぎこちなく張る音が、ぱん、と小気味よく響いた。

 

 「よし、こんなものかな」

 「仕事が早いのね」

 

 蛮奇が感心していると、小傘は得意げに水色のスカートを払った。

 

 「半透明の油紙を貼り付けただけだよ。大分見た目は無愛想になっちゃったけど、防水性はあるみたいだからギリギリ使えるかもねぇ」

 

 小傘は気恥ずかしそうに、ジト目で幾何紗にビニール傘を渡した。

 

 「私に……?」

 「当たり前でしょ。……ありがとう真成、て呼んでもいいかな」

 

モジモジする小傘に、すっかり幾何紗は気が動転して呼吸すら忘れる思いだった。

 

 なんだろう。この感覚……。

 

 心と形容するのだろうか。その言葉では表現しにくい部分がとても軽やかになった気がした。

 幾何紗は何とか搾り出すように、ありのままの感情を素直に小傘にぶつける。

 

 「ありがとう……!!」

 

幾何紗は、この世界にいてはダメな存在なのだと、ずっと信じていた。

 だが、なぜだろう。誰かと繋がりを持つようになってから。ここに居てもいいんだと、少しだけ前向きに捉えられるようになってきた気がする。

 

 幾何紗が邪悪にほくそ笑んでいると、小傘たちは荷物をまとめ始めた。

 

 「そろそろ帰らないと腹ごしらえができないから」

 

 あ、そっか。もう帰るんだ……。

 

 取り残されたような、感覚。

 

そんな様子をぼーっと見守る中、蛮奇がぽつりと言いこぼした。

 

 

 「あ、そうだ。明日の里のお祭り、来ればいいじゃん」

 「わわわ、私が里に行っても大丈夫なの?」

 「威圧感を無用に振り撒かなければ問題ないでしょ。お金の方は──わたしと小傘で折半かな」

 

 勿体ない申し出に、喉がつまる。

 

 小傘も異論はないようだ。

 

 本当に私なんかがいいんだろうか? 

 手を伸ばしたっていいのだろうか?

 

 何もかもがトントン拍子に事が運ぶのが、幾何紗にとっては何処か強い恐怖のようにも感じた。

 

 尚、言葉のつまる幾何紗に、蛮奇はそんな彼女の意外な一面を知って苦笑する。   

 

 「じゃあ、里の門前で昼前くらいに待ってるから。じゃあね」

  「おじゃましました」

 

 蛮奇が戸を開けると、自然の強い香りが鼻腔を突いた。

 

 

 

 

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