無縁塚で、独りごち 〜この難易度Lunatic幻想郷で〜   作:胡桃の中の団子

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1章はこれにて終わりとさせていただきます。色々積めようと思ったのですが、結構長くなってしまいました。


1-14 邂逅

 

 

 その夜、幾何紗はひび割れた天窓から星星を眺めていた。

 

 様々な情報が脳裏を埋め尽くし、まともに思考する余裕もない中で、星空を眺めるくらいしかまともな心を落ち着かせる手段がなかったのだ。

 

「本当に、私なんかが……?」

 

 言い淀む裏では、常にこの言葉が頭をよぎっていた。蛮奇や小傘は待ってると言ってくれたけど、幾何紗が人外の内だと里の住民からバレるのは時間の問題ではないのだろうか。

 

 気を抜けば、身体の奥から得体の知れない気配が漏れ出る。

 それの制御ができるようになってからでも遅くはない──でも、それっていつになる? 

 

 そこまで思慮を巡らせて、事態は八方塞がりであると悟った。

 

 賽の目は投げられた。つまり、やってみないと分からないのだ。

 

「でもやってみるのはいつも他人じゃなく私自身なのよね……」

 

 膝を抱えながら、雨が止むのを待つように独りごちる。結局考えていたいだけで最初から結論は出ていたのだ。それが一番怖かった。

 

 

 茫然と、うたた寝をしようと目を瞑っていた時だった。

 

 花の、いい香りが漂った。

 

 反射的に目を開けて、辺りの様子を伺う。と、歪な空間の裂け目から身体を乗り出してくる邪悪な陰があった。

 

 金と、紫色をした膨大な妖力。

 

 思わず息を呑む。

 

 

 金色の瞳が細められる。

 その女は、美しいというより、異様だった。

 

 八雲 紫は唐突に現れた。身震いするような思いをひた隠す。幾何紗もこの場ではおふざけなんて出来る空気ではなかった。

 

「ごきげんよう」

 

 眼の前の少女はふわりとスキマから着地すると、そのまま幾何紗の顔を覗くように伺った。

 妖艶の中にある凍てつくような眼差し。大妖怪特有の、湿度の違う二種類の悪寒。

 出会いの感動よりも、もっと、おぞましい心のざわめきが幾何紗の表情を暗く曇らせていた。

 

 彼女は、幾何紗を見定めている。直感でそれを理解した。

 

「やはり、ね」 

 

 紫は何かを確認するように呟くと、意図の読めない質問をした。

 

「わたくしのことが、誰だかわかりますか?」

「……わかる、訳がないでしょ」

 

 危なかった。

 

 予想外の質問に反射的にYesと答えかけてしまった。余白を入れて訂正し、何とか事なきを得る。

 

 が、紫はフッとそれを鼻で嗤った。

 

 笑止、と目を細めて、

 

「生憎……そうなのよ。わたくしも知らないのですわ、貴女のことを」

 

 その一言で鳥肌が立ち、サッと身構える。紫はそれをあざけるかのように見下して、扇子を開いた。

 紫が幾何紗を知らないのは当然だとしても、含みのある物言いにナニかが引っかかったのだ。

 

 まるで、幻想郷の全てを見ているような口ぶりだった。

 それなら話の辻褄が合い、そして、紫の把握していない異分子的存在がいると分かれば、彼女はどう打って出るだろうか──。

 

 排除はまだ分かる。

 だが、紫本人が来る理由がない。式神を遣わせれば済む話だ。

 それをしてこないのは豪胆さ故? 彼女は権謀術数で知られる大妖怪のはず。それこそあり得ない。

 

 姿勢を低くし、いつでも逃げる算段を整えていたその頃。紫はピシャリと断罪するように、扇子を幾何紗に向けた。

 

「どうして花々が異常に咲き乱れているのでしょう」

 

 それには一つの心当たりがあった。

 

「まず、それよりも自己紹介して欲しいな。一応、私の家に上がり込んでもいるわけだし」

「失礼しましたわ」

 

 紫は瀟洒な節度で謝罪し、

 

「わたくし、幻想郷の管理者をしております。八雲 紫と申します」

「こ、これはご丁寧に。……コホン、私は幾何紗 真成、と申しております」

「それで、件についてなのだけれど……貴女、心当たりがありますわよね?」

 

 核心をつくようなまるで確認作業に、思わず渇いた笑みがこぼれる。

 

 もしかすると、普段とは逆の立場なのかもしれない。幾何紗は少し自嘲した。そりゃ誰からも恐れられるわけである。

 

「無いと言ったら」

「既に大方調べがついておりますわ。貴女のことは」

「それは凄い。流石、賢者──」

 

 その一言に、紫は静かに頷いた。

 

「口寄せする程度の能力。貴女の思ったことが、現実に反映される能力。その貴女のチカラは、暗に人妖と触れ合うべきではないと述べている。そして貴女は今までそれに則って行動してきた」

「……ちょっとまった。口寄せする程度の能力? 確率を捻じ曲げる程度の能力ではなくて? いや、そっちの方が、理にかなってる、か」

 

 幾何紗の無知に、紫は片眉をつり上げた。

 

「貴女、今まで自分のチカラすらまともに把握せずに生きてきたんですの?」

「はい、どうやらそうらしいです」

「だったら、貴女は貴女らしく生きなさい」

 

 強く言い切られ、何も言えなくなった。

 その言の意味するところは、『貴女はこれまで通り、誰とも関わらず生きていくがよろしい』だ。

 

 それが、最も正しい生き方だった。

 少なくとも今までは。

 

 ただ、紫の言わんとする道が最も歪みのない正しい世界なのだということは必定。

 

 それを無用に荒らすなど、誰ができようか。

 

「帰りたいよ……」

 

 思わず出てしまった言葉に、自分でも贅沢だなと感想を抱いた。

 あの知ってる世界が夢か現かは知らない。 

 

 ただ、此処にいるのが嫌だった。

 

「帰りたい」

「不思議なものですね」

 

 心の底からの叶わぬ願い。

 

 紫はそれを同情するかのように、深くその言葉を肯定した。そして自然な所作で、幾何紗の手を包み込む。

 母のような慈愛、或いは同調。

 

 何かとその裏では胡散臭さも見え隠れしているが、無理もない。紫は紫だから疑われ、幾何紗は幾何紗だから愚直なのだ。

 

 幾何紗は瞳の灯火を紫の双眸へと差し向ける。

 

「わたくしにも分かりますわ、その気持ちが。ただ──起きてしまったことの運びは、少し少し、厄介なのです」

「どういうこと」

「貴女が風見幽香の異変を口寄せした」 

 

 本当は、薄っすらと気が付いていた。

 

 あぁ、そうだよね。と、黙って目を伏せた。

 起こしたくなかった不祥事の、一番不徳とするところだ。この罪は、でも仕方がなかったんだよでは済まされない。  

 有りもしなかった道を幾何紗が手繰り寄せてしまったのだ。

 

「だったら、どうしたらいい?」

 

 それは赦しではなく、罰を求める声だった。

 

「幻想郷は全てを受け入れるのですわ。それはそれは、残酷なまでに」

「解った」

「ゆめゆめそれを忘れることなく──」  

 

 手を離され、幼子のように顔を上げた。  

 

 そこには既に、何もなかった。

 

 

 

 *

 

 

 翌日。

 

 里は見違えるほど花々で咲き乱れていた。一つ一つの平屋を見れば蔦が茂っている。そこから見たことのあるようなないような、手のひらサイズの花が咲いていた。

 わたしの住処も蔦が張っていたので薙いでやった。だが成る程、すぐにまた生えてみるみるうちに成長した。

 

「気味が悪いわね」

 

 ここまで来るとそう感じてくる。妖怪のわたしですらその光景は『異変』と判断した。

 

「蛮奇ちゃん、今日もおでかけかい?」

 

 顔馴染みの住人に声をかけられ「ええ、そうなんです」とやり取りを交す。

 

「男でもできたのかい? ……でも気を付けな。こんな世の中だ、里の中にも妖怪がいるかもしれねぇ。蛮奇ちゃんみたいな子は食われてしまうかもしんねぇぞ」

「ははは……気を付けます」

 

 全く余計なお世話だ。豪快に笑う男に会釈して通り過ぎ、小傘のいる平屋へと急いで向かう。

 

 一本の川を中心に店が横並び、柳や桜の木が綺麗に整列されている大通り。祭りの開始は近いだろう。綿あめやたこ焼きといった出店もちらほら列挙し始めた。薄っすらと煙が立ち上った先からは美味しそうな肉の香りがした。焼き鳥屋だ。

 

 人混みから避けるように移動し、路地へと回る近道。細い通路を抜けた先の橋を渡ると、さっきまでの喧騒はなんだったのだろうかと思うくらいの閑散とした道が続いた。えっちらおっちら歩いて、端に見えてきた平屋が小傘の住む平屋だ。

 

 平屋といっても、知る人ぞ知る鍛冶屋だったりするのが面白いところなのだが、如何せん取ってつけたような看板があるだけで立地も良いとはいえない。

 

 それでも鍛冶屋に通い詰める人影はあるので、腕は確かなのだろう。傘も修繕するくらいだしね。

 

 引き戸を開けて「小傘ー?」と声をかける。すると、背後から物音がした。

 

「驚けー!!」

「わー驚いた。……ところで傘、直ってよかったわね」

「あー、うん。そうさねぇ」

 

 

 気まずい空気が流れる。もうちょっと大袈裟に驚いたほうがよかっただろうか? 

 

 

「それじゃ、迎えに行こっか。真成ちゃんを色々案内してやらないと」

「よーっし! 今日は散財するぞぉ」

「あいつと合流するまでお金はつかわないようにね」

「もちろん!」

 

 それから人通りのない道を抜けて、人混みに紛れること数分。

 約束の場所である里の門前に到着した。が、それらしき幾何紗の影は見当たらない。

 

 嫌な予感がした。

 

「……いないわね。まさかとは思うけど、場所を間違えてたりして」

「まっさかぁ」

 

 小傘はわたしの早とちりに肩をすくませた。

 

 しかし小傘はわたしの不安を見抜いてか、こうとも言った。

 

「絶対もうちょっとしたら来るって」

「なにかに、巻き込まれていないといいんだけど……」

 

 肩をぽんぽんと叩かれて、わたしは大丈夫よ。と、手で払った。

 

 里の喧騒は変わらず続いていた。

 

 花は咲き乱れ、人々は笑い、祭りの支度を進めている。

 

 しかし、幾何紗は来なかった。

 

 

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