無縁塚で、独りごち 〜この難易度Lunatic幻想郷で〜   作:胡桃の中の団子

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2章 イレギュラーな異変
2-1 勇者になれ


 

 建付けの悪い豆腐小屋の戸をキリキリと閉めた。

 

 八雲 紫の言葉を心の中で反芻する。

 

 (幻想郷は全てを受け入れる、か)

 

 人間生まれて五十年とはよく言ったものだ。今から赴く場所は幾何紗にとって最悪の場所だった。

 

 「下天のうちと比ぶれば、夢幻の如くなり──」

 

 記憶の断片にある歌を口ずさんだ。

 無縁仏たちに強い感情を込めて祈ると、風車が静かに回った。紫は果たして幾何紗という異物を受け入れたのだろうか?

 その問いに対して無縁仏は応えることはない。朝露が大地に溶けて濁った香りがするだけだった。

 幾何紗の見立てでは否だった。直々に幾何紗のもとへ危険を冒してやってくる器量。その妖怪の賢者らしからぬ行動には、脱帽せざるを得なかったが、彼女は暗にこうハッキリと伝えたかったのでなかろうか。

 

 「自分の失態は自分で拭え」と。

 

 そうしたら紫も幾何紗を認めてくれるのだろうか。

 

 きっとそうだ、そうに違いない。

 

 頭を振って、幾何紗は自身の黒いネクタイをキュッと締めた。手に銀色の染みが滲んでいた。

 祭りは訊いた話だと、正午に里から始まり、そして神社まで練り歩く。きっとお神輿か何かを担いでいくんだろう。

 人間の殊勝な心がけには感心する。だからこそ、幾何紗が守らねばならない。

 

 喩え守れなくても、だ。

 

 「もうこんな時間なのね」

 

 フッと覚悟を決めて無縁塚を飛び立った。行く先は忘れもしないあの場所。

 この身に刻まれた半死の痛みが、ズキズキと既に癒えた傷の痕から湧き出てくる。

 

 風見 幽香。彼女が異変を起こすなら今しかない。博麗の巫女の代替わりの儀の開始とともに異変を起こし、異変解決か儀を完遂するのかを二択をしかける。そして異変解決を選んだ霊夢と最後の殺し合いに興じるのだ。

 混沌を好む幽香ならやりかねないだろう。

 幾何紗が幽香ならそうする。

 だから先手を打つのだ。

 

 幽香のやりたいことはさせない。霊夢を正式な巫女にする。幾何紗が制限時間を耐えきる。

 

 勝利条件は初めから綻びている。そんなこと、今更の話だった。

 

 太陽の畑──今まで忌避してきたその場所は、向日葵がたくさん咲いていて、絵画の一枠を飾るようなノスタルジックな風景だった。だが一言でいうなら禍々しい。妖力か何かで満面に咲き誇った向日葵たちは人の背丈を優に超え、壁のように為し、道を通る者を不穏に出迎えている。

 

 幾何紗は何の気なしに横切る。向日葵畑が少女に委縮してしぼんでいくようにも見えた。

 

 「あら」

 

 向日葵畑を抜けた先で、唐突に声をかけられて心臓が止まった。

 

 「良い顔になったじゃない」

 

 風見 幽香は幾何紗を見ても何の動揺も見せなかった。

 

 「どうしてお前のような輩がまた向日葵畑を荒らしに来たのかしら」

 「今度は荒らしてないよ」

 「ふん、低能には質問の意図が伝わらなかったみたいね」

 「ただ質問に答えたまでだけど」

 

 幽香は鼻で笑い、

 

 「お前がどうして人間の味方をしているのっていうことと、それでお前がここにやってくるのがそもそもおかしいと思わなくて?あの陰気臭い場所でめそめそしていれば何も感じずに済んだのにねぇ?」

 

 幽香の挑発に対し、幾何紗は吐き捨てるように言った。 

 

 「別に人間のためじゃない」

 「面白い。まぁいいわ、お前を半殺しにして逃がしてやったのも報われるというもの。せいぜい足掻いてみなさいな。まぁそれも無駄なんだけれど」

 

 刹那、地面が揺れて飛び退いた。戦闘開始の口上もあったもんじゃない。それは唐突に始まった。

 

 「絶対に当てる」

 

 これは必ず被弾する殺意の塊だ──幾何紗は弾幕を生成し、念じることによって不可避の一撃を口寄せする。

 

 揺れた地面から巨大な根っこのようなものが飛び出し、しかも根っこは意思を持っているかのようにしなった。

 

 横目でそれを確認した幾何紗は体をひらりと回転して難を逃れる。そのせいで殺意の弾幕は矢鱈に飛んだが幽香のほうへ湾曲した。幽香は弾幕の特質を瞬時に判断したのか、日傘を開いて全て受け止めた。硝煙が立ち込める中、人影が喋った。

 

 「少なくともあの日よりは強くなったわね。あの日よりは──マスタースパークッ!!」

 

 煙の中からの一閃。妖力をただひたすらに濃縮しただけの攻撃になぜこれだけの悪寒がするのか。

 

 「でたらめみたいな火力バカが!!」

 

 幾何紗は向日葵畑の中に混じってそれをやり過ごす。が、

 

 「それがただの下策の下策だってこと、思い知らせてやるわッ!!」

 「そんな火力だけの攻撃、当たるはずがないでしょ」

 

幽香は向日葵畑など気にも留めず、両手を二手に分けて幾何紗を袋小路に追いつめる。そして全てを無残な焦土へと変えた、と思われた。

 

 「向日葵畑がどうして消えてないの?」

 「可能性っていうのは起きてからじゃ遅いのよ──真言『向日葵畑に攻撃は当たらなかった』ってとこかな」

 「はん?よくわからないけど小細工が出来るってことね」

 「はぁ、はぁ。まぁ多少は?」

 「へぇ?じゃあもう一発。マスタースパーク!!」

 「当たるはずがない」

 

 続いてのそれも、なんとか能力行使でやり過ごし事なきを得る。  

  マスタースパークは命中したというより、幾何紗が右へ逸れることで、光条が姿を見失っているようだった。

 

 その違和感に気づかれるのも時間の問題か。それよりも、一つ気になることがある。

 

 「どうしてあなたみたいな野蛮人が魔理沙のマスタースパークを使えるのよ」

 「や、野蛮とは失礼な……。魔理沙のマスタースパーク?あぁ、魔理沙がわたしのをマスタースパークって呼んだのよ。……つい最近?人間的に言えば昔の話か」

 

 となれば、魔理沙は幽香をリスペクトしているのだろうか?弾幕をパワーと宣う彼女だからあり得なくはない話なのかもしれない。

 

 それよりも、と幽香は日傘を幾何紗へと向けた。

 

 「お前、もっと強くなれるし邪悪な存在になれるはず。それこそいつかはわたしよりもね。そういう素質はあるはずなのにどうして上を目指さない」

 「別に強くなりたいわけじゃない」

 「もっと素直になりなさないな。心の何処かではいつもこう思っているんでしょう?全部灰になればいいって!全部壊したいって!」

 「そんなこと──」

 

 言い淀むと同時に、幽香の姿が掻き消えた。

 (しまっ──)

思考の出かかりを潰すように、凄まじい衝撃が頭から全身へと突き抜けた。

「か、はぁ……っ!」

視界が激しく回転する。地面を無様に転がりながら、幾何紗は自分の顔面が拳で歪まされたのだと、遅れて理解した。

 

 不思議と痛みを感じている間は何をされているのか、自分の身に何が起きているのか恐ろしく冷静に俯瞰することができた。

 

 口寄せする前に不可視の攻撃をすればいいだけ──あの悪魔のやりそうなことだ。発想がイカれている。

 

 首筋を鷲掴みにされ身体を持ち上げられる。呼吸が僅かしか喉を通らず、悶えることしかできなかった。

 

 「いい加減、衝動に素直になりなさい。優しさは付け込まれるだけよ」

 

 幾何紗は消え入りそうな声を絞り出す。

 

 「……そんなことしたら、誰……が喜ぶのよ」

 「自分よ。自分が一番満足できる。人の足元を見て様子を伺ってくるカス共をまとめて成敗して、自分を信じてくれなかったやつらもみんな壊せる。チカラを示さないとあなたみたいなのは優しさに付け込まれるだけ。お前が甘いままだったら、喜んで殺すけれど?」

 

 意識が一瞬ふっと飛び、眼裏では前世の掠れた記憶が浮かんだ。天井の染みと、ロープの軋む音。

 幾何紗は幽香の手を、無意識に両手でそっと被せていた。そのチカラは段々と熱を帯び、幽香もその異変と激痛に表情を歪ませて反射的に手を離し、振り払った。

 

 「何をッ!!」

 

 初めて、幽香の声音に狼狽が混じった。

 

 憎々しげに幾何紗を睨んで、何が起こったのかを睨む幽香。だが幾何紗を離しても未だに手が煮えたぎるように熱い。

 ハッと気がついた幽香は、手についた銀色の血を服で拭った。不快感の正体は、幾何紗の血そのものだった。

 

 「死にたくない」

 

 幾何紗は幽香を機械のように淀んだ瞳に映していた。

 

 「全部みんな、なかったことにしよう──特にあなた」

 

 

 

 

 

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