無縁塚で、独りごち 〜この難易度Lunatic幻想郷で〜 作:胡桃の中の団子
行く先を指で差してもらったおかげで、スムーズに神社の建物を発見することができた。うっすらと片側の空にオレンジ色が混ざり始めた頃合いに、その丁度下。朱い鳥居を見つけることが出来たのだ。鳥居からさらに視線を落とすと階段がずらりとひしめいていた。まるで何かの修行場のようだった。足腰が悪い人間は特に参拝など考える由もないだろう。
「ロープウェイでも開通したらいいのに」
雑念が、僅かな期待と緊張の中に紛れていた。鳥居の前に降り立って、まずは後方に向き直る。階段の底を宙ぶらりんになって観察した。
「長い道のりだなー。くわばらくわばら」
シンとした風の伝播に「そっちじゃないよ」と、そういう風に神様に諭されているような気がした。ナニか、袖口を引っ張られたような気がしたと言うべきか。おもむろに周囲を見渡し、前へと歩を進めた。
目新しさのある朱色の鳥居の割に、お世辞にも綺麗とは呼べない境内。桜の木がちらほらあって、母屋の縁側の先は
だがここに先代の巫女、或いは──が、いるという事実に、上唇と下唇が興奮で震えて噛み合わなくなる。
思えば転生してからろくに誰とも会っておらず、右も左も未だによく分かっていなかった。友と呼ぶに信を置けるのか疑問な森近くらいが、唯一の話し相手。
前世から存分に引き継いだコミュニケーション能力のせいで、にっちもさっちも行かない絶望的な交友関係。銀色の絶望とは、この事を指しているのだろうか?
そんな幾何紗が好奇心だけで博麗神社に赴くことは、まさにありえないことの異例中の異例だ。取ってつけたような理由だが、できるだけ幾何紗は誰とも関わらないようにすることによって、イレギュラーな自分が変に世界に干渉しないようにしていたのである!
あまりにも不憫な話ではあるものの、距離感の掴めなさと常識外れなまでに歪んだ感性が、さらに人妖との距離を長くしたのだ。自分の撒いた種であることは幾何紗自身も把握しているが、もはや変えられなかった。
まるで既定路線と言わんばかり、逃れられぬ宿命なのだ。
神社に来たからには、お参りをするのが礼儀というもの。無縁塚の池で拾った外界の銭でもと、ポケットから銭を取り出した。だが残念ながらその銭は幻想郷では何の効力も持たない。そして眼前の鈴緒を揺らした。
二礼二拍手だか知らないが、幾何紗は決まり事を覚えるのがとにかく嫌いだった。とりあえず前世かナニかの、ぼんやりと浮かぶ眼裏の光景、その意の通りに倣ってみせる。
「……へぇ」
天井の方から感心するような声がした。声の主はまだ幼そうな声をしていた。それでいて、鈴の音よりもずっと澄んでいて、不思議と誰の耳にも留まるような、正しく聞こえのいい声だ。
一瞬で理解した。この声の主は、先代のものではない。
後ろですたりと物音がし、振り返る。あぁ、あなたは、あなたこそが……。
感動のあまり一瞬瞳孔を大きくしてしまったのが気持ち悪かったのか、声の主──博麗 霊夢はお祓い棒をサッと構えた。
唐突すぎる感動の波の渦中。なんとか口を
緊張も相まって言葉が上手く絞り出せず、無い知恵を捻り出した一声がこれだった。
「もしかして、意外と夜更かしさんだったり?」
「……は?」
「お、思ったより顔つきが鋭くてかわいいね」
「はじめてそんなこと言われてなんだか拍子抜けしたわ。……って、あんたその銭どこの銭よ!! こんな一銭の価値のない物をうちに寄越すなぁ!!」
「だって幻想郷のお金なんか持ってないんだもん」
「はぁ、もう意味が分からないわ。嫌な予感がして目が覚めたと思ったらこんな妖怪人間が絡んでくるなんて。ところであんた外の妖怪だったりするの? えっと、その場合は外に返してやらないといけないんだっけ?」
「よ、妖怪人間。よくわからないけど私は無縁塚に生息しています」
「ぁー、だから銭が里のやつじゃないのか」
「たぶん」
よし。掴みは恐らく良かった。もうちょっと含みのある会話で言葉遊びをしたかったが、今のコミュニケーション能力皆無な幾何紗にしては、お互いの緊張感を緩めるには十分な会話をしただろう。心の中でガッツポーズをしながら、その紅白の巫女服を拝む。
霊夢は幾何紗の視線に「そういえば」と何かを思い出したようだった。
「自己紹介がまだだったわね。あたしは博麗 霊夢。この神社の巫女なんだけど」
「そっか、先代はもう居ないのね」
その一言にピクリと反応した霊夢は、お祓い棒を低く構えなおした。幾何紗が何かおかしなことでも言ったのだろうか?
「生憎ね、神社は二十四時間営業じゃないのよ。でもあんたがその気なら、今すぐにでも摘んであげるわ」
「ははは!! 面白い冗談だなぁ霊夢は」
「あんたが風見 幽香? そんなわけな──」
「冗談でも、それは面白くない」
「──っ」
あぁ、しまった。その名前を聞くとつい抑えていた力が溢れだしそうになってしまうのだ。
でも、たとえ冗談でも、人を他人と勘違いすること。それもあまり好きではない相手と、となってしまえば皮肉が利きすぎているような気がしてならない。
抑えろ、抑えろ、抑えるんだ。
幾何紗は自分自身に今一度問い正した。この世には三秒ルールだの、怒りの感情に対して法則があるのだ。何秒かは忘れたが、苛立ちは発露しないことによって
そう信じることによって、幾何紗の怒りは霧散していった。
幾何紗も自分のミスに気付いたようだ。
でも、本当に喋ってもいいのだろうか、と思ったが、霊夢が先に喋ったから、礼には礼を返すのが彼女なりの流儀だ。「ごめんごめん」と素直に謝りつつも、本心では未だに幾ばくかの感情が煮えていた。
「名前を言っていなかったから、幽香、と、勘違いも多分きっとするはずだよね。私は幾何紗 真成。危険な妖怪ではなくて善良な妖怪だから安心してね」
霊夢は頭をポリポリと搔きながら、面倒くさそうにそれを対処した。
「ま、あんたがその気じゃないならあたしも何もしないわよ」
「二度言うけど私は善良な妖怪だから」
「はいはい、じゃあそういうことにしておいてあげるからっと……!!」
霊夢が目にも止まらぬ早業で、何かを幾何紗に向かって投擲した。
嫌な予感が肌を焼く。幾何紗は反射的に体を逸らし、その『塊』を紙一重でやり過ごした。
いきなり何をするのかと文句を言おうとしたが、霊夢は平然と、幾何紗の後方を指差した。
視線に釣られて振り返れば、そこには先ほど避けたはずの『塊』──博麗の御札が、吸い込まれるように木の茂みへと突き刺さっていた。
「ぎゃふんっ!?」
情けない悲鳴と共に、ずるずると地面に落下したのは、なんと文だった。
霊夢は初めから、幾何紗が避けることを前提に御札を放っていたのだ。
色々な出来事が立て続けに起きて、何だか頭が痛くなる。
「なにするんですかぁ!」
文は半泣きになりながら、髪の毛に葉っぱが付いている状態で抗議した。
「話もしないでいきなり御札をぶつけるなんて酷いですよ!」
「話しかけたら逃げられるかと思って」
「そりゃ逃げますって!」
幾何紗も文の太々しさには見習わないといけないかもしれないとしきりに頷いていた。
「付いてくるなら許可をとればよかったのに」
「あのですね」
幾何紗の当然すぎる主張に、文は頭のてんこつを指でノックした。そのジェスチャーは頭を使えと
「許可を取って堂々と真成さんの横を歩いてきたら、さっきみたいな臨場感なんて味わえます? 言い忘れていましたが、一応私、文屋なんですけど?」
「文屋なら尚更堂々とするべきじゃないかな」
「あー! そんな正論あなたが言いますかぁ?」
「なにあんたたち、友達同士なの?」
「多分そう」
「絶対違います」
「なによその、限界矛楯バトルは……」
ほとほと呆れた様子で霊夢が視線を逸らす。その先には霊夢にしか気付けない淀みが開いていた。
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