無縁塚で、独りごち 〜この難易度Lunatic幻想郷で〜   作:胡桃の中の団子

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1-3 痼

 一頻り駄弁りながら、霊夢は日の出に目を細めていた。もう朝になったらしい。あまり眠れていないし二度寝でもしようかしら。そう眠気を堪えながら、件の半人半妖に憎まれ口を叩いてみる。

 

「こんな朝早くにしょうもない事で盛り上がれるのは妖怪の特権ね」

「霊夢、外界では毎夜、朝まで虚空と喋り続ける人間がいるって知ってた?」

「なにそれ、怪談話とかではなくて?」

 

 最初は破壊的でどこかズレた思考を持つ野郎だとは思っていたけど、意外と幾何紗はお喋りが好きで毎回話が脱線する。まぁ、どういう感性を持っているかは掴みどころがない、といったところだが。

 

 文屋の方も、どうせ大したスクープも得られずといった感じでげんなりしているのだろう。露骨に帰りたがっている素振りをみせていた。ちょっと空気を読めない幾何紗が彼女をこの場に留めさせているが、あたしの方から何か言ったほうがよいだろう。

 

 適当なタイミングで会話に端を折り、幾何紗。と、呼びとめる。文の目に光が宿った。

 

「そろそろあたしは寝直したいから、また今度、太陽が出ているうちに話さない?」

「それもそうか」

 

 幾何紗も一応そこらへんに配慮があるのか、素直だった。

 

「それじゃあね」あたしの号令に少し寂しそうにする幾何紗と、嬉しそうにする文。あまりにも対称的な反応に、思わず吹き出しそうになる。

 

「ま、また会いましょうね。でへ」

「ありがとうございます、霊夢さん」

「礼なんていらないわよ」

「ちなみに無縁塚ってどっちにある? 方角だと分からないので指差して欲しいです」

「あーもう! あっちよあっち!」

 

 面倒くさくて頭を掻きむしる。パシャリというシャッター音が聞こえ、音鳴る方へと視線を移す。

 文があたしの写真を撮っていた。

 

「博麗の巫女、銀色の絶望を味わう……ですかね!?」

 

 悪戯っぽくあたしにウインクした文が、山の方へと帰っていく。どうして妖怪とはこんなにも面倒くさい一癖も二癖もある奴ばかりなのだろうか。

 

 これから会う奴はもっと面倒くさいやつだし……。

 

 深い溜息をついたところでまた声をかけられた。その声に反応した、あたしの目の前にある淀みは、開ききる前に薄っすらと閉じた。あたしは淀みが声の主にバレないように背中で隠した

 

「帰ったんじゃなかったの?」

 

 その方に向き直る。幾何紗は自身の黒いワイシャツの袖口をいじっていた。

 

「思ったんだ」

 

 低い声で話す幾何紗に耳を傾ける。嫌な感じはしないが、少し気圧されたことに自身で薄っすらと驚いた。

 

「さっき、幽香の話を霊夢はした。幽香は時代の変化を受け入れるのかって、私は疑問を抱いた」

「どういうこと?」

 

 幾何紗の声色は震えているようだった。食い入るように尋ねてしまったことをちょっぴりとあたしは後悔した。今、視界に映るのは凶悪な雰囲気を宿す某かではなく、一人の少女のようだったから。

 おもむろに幾何紗は口を開いて、何かを咎められている子供のように話した。

 

「私の予感は良く当たるの。信じれば信じるほどに」

「ふーん」

 

 なぁんだ、そんな眉唾みたいな他愛もない話なのね。てっきりあたしは幾何紗の口ぶりからもっと邪悪な話でも出てくるのかと思っていたものだから、

 

「あのさ」

 

 だからあたしはハッキリと言うの。

 

「例えその予感が当たったとしても、あたしを誰だと思っているのかしらね。あたしは博麗の巫女よ」

 

 その瞬間、目を大きく見開いた幾何紗が「確かに!」と妙な納得を見せた。

 そして何やら鼻を鳴らして上機嫌になった彼女は、今度こそさようなら。と、大仰に挨拶をして去っていった。

 

「なんだったのかしらね」

 

 誰もいないはずの虚空に独り言のように呟いた。

 

 淀みはあたしの言葉に反応して瞬き、みるみるうちに肥大化した。淀みの主──八雲 紫は『スキマ』とそれを形容していたが言い得て妙だ。やがてスキマは継ぎ接ぎだらけの穴のようなものを形成し、中から少女が自然な動作で現れた。

 

「ごきげんよう霊夢」

「紫、挨拶はいいのよ。はじめから全部見ていたんでしょ?」

 

 何度見てもスキマは心の奥底がぞわっとする。紫はあたしの質問に、白々しく答えた。

 

「おおよそ」

「はんっどうだか……」

 

 石ころを蹴り飛ばして苛立ちを誤魔化した。紫のような妖怪は、これだから信用できないのだ。はじめから全部見ていた癖に口八丁でのらりくらりと振る舞うやつが。

 

「霊夢」

 

 紫は扇子で表情をひた隠しながら妖しく目を細めた。

 

「アレには関わらないほうが身のためですわ」

「真成のこと?」

 

 ピシャリと、扇子を閉じる紫。扇子の裏の表情を拝むことはできたが、初めて見る表情だった。いつもの余裕な笑みは消えていて、まるで何を考えているのかが掴めない無表情を表に露わにしていた。無言の肯定だとあたしもある程度は察することができた。

 紫も紫で察しがよくて気回りが利く妖怪だ。あたしが話すよりも先に、紫はあたしの疑問に答えた。

 

「なぜならば、彼女はわたくしのシナリオに存在しないから。ですわ」

「なによその、シナリオって……」

 

 神算鬼謀の幻想郷の賢者なら、これからの何十手先をも見据えているということだろうか? 

 

「霊夢。あなたはこれから多種多様の残酷で美しい異変の数々をこなしてゆく運命にあります。しかし、幾何紗 真成という存在は、そのシナリオの中には存在していない」

 

「あんたの言ってることも、アイツの言ってた心配事もあたしには理解できないわ」

「あの幽香がどうとかいう? ……ふふっ、そんなことは十中八九、天地がひっくり返ってもありえませんわ」

「それはあんたのシナリオに存在しないから?」

「えぇ、そうです」

 

 ますます意味が分からない。何の根拠で紫はそう言い切れるのだろうか? 真成の言っていることも相当信憑性は薄いだろうが。

 

 じゃあどっちを信じればよいのだろうか。いや、そうね。簡単なことだわ。どちらも信じなければいいのよ。

 

「で? 紫はだったらなんで盗み聞きなんてしようと思ったわけ?」

 

 至極真っ当ともいえる投げ掛けに対して、紫は首を傾げて言った。

 

「シナリオに存在しないから、ですわ」

「またシナリオ、ね。……つまり紫、あんたの台本通りに世の中が上手くいかないと、よくない未来が待っているとでも言いたいのかしら?」

「それには分からないと答えておきましょう」

「だったら──」

「全ては、あるべき通りに」

 

 紫が慈しむようにあたしの頭を撫でた。咄嗟に振り払うあたしに紫は「おやまぁ」とまるで親のように振る舞った。なんだかとても嬉しそうであり、厚顔だ。

 

 だが、あたしは見逃さなかった。紫が無縁塚のほうを薄っすらと睨んでいた刹那を。

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