無縁塚で、独りごち 〜この難易度Lunatic幻想郷で〜 作:胡桃の中の団子
曰く、ゴブリンたちが拵えた至極の建築ハウス。しかしわたしから言わしてみれば、ただの巨大な四角いゴマ豆腐だ。
その掘っ立て小屋の建て付けの悪いドアを引いた銀髪の化け物に、なされるがまま手を引いて案内される。化け物の巣だ。一体何をされるか想像がつかない。表ではにこやかに努めるが、内心ビクビクで足元がおぼつかない。きっと化け物にはこの感情が理解できないだろう。
「ここが私の家、まぁ座ってよ」
「かしこまりました」
「誰が地べたに座れと言ったかなぁ。椅子に座ってほしいのだけど」
「い、いいんですか? 一つしかないが」
わたしが恐る恐る化け物に尋ねてみると、化け物は「いいったらいいの!」と無理やりわたしを椅子に座らせた。調子が少し狂いそうになるが、まぁいい。
一見何の仕掛けも施していないのに、椅子は一つだけということは、拷問用か? 電流でも走るのかと思い、思わず短い悲鳴をあげた。
「てっきり何か起きるんじゃないかと……」
「あれぇ? 私より変なことをいうのね。……誰もここに招く予定なんか無かったの。だから椅子は一つだけ」
「それはどういう……」
わたしは、壁の方を向いたままの化け物に一瞬視線を向けて真意を伺った。そこから汲み取れるものは何もなかった。いや、何もないを汲み取ったというべきか。どうやら得体の知れない化け物だという認識を改める必要はないらしい。
化け物が思慮を巡らしているこの、コンマ数秒の間に、部屋の間取りを把握することには成功した。
入口左手に粗悪だが台所のようなスペースがある。最近使ったような形跡はなく、小綺麗というべきか。唯一違和感があるとすれば食器の類が皆無だという点だ。化け物だと思った。この化け物、もしや埃でも主食にしているのではなかろうか。わたしですら多少の飲食はするのに、この化け物にはそういう嗜みをしないのだろうか?
次にわたしがいるスペース。少しゆったりとしたゆとりがあり、流木のような木材と力を加えたらぱっくりと壊れそうな材質をベースにテーブルと椅子が作られている。座り心地は考慮されていない。というか、この家にある全てが誰かが急いで作ったかのような粗い設計をしている。
化け物はそれに何の違和感も示していないようだ。
最後に仕切りの奥。ひび割れたガラス? の、天窓なのだろうか。もしも流氷の底の水が抜き取られていたら、こんな感じになるのだろうか。
ひび割れたガラスの天窓の射し込む光に、つられるように浮かぶ埃の数々。総評。まるで生活感がない。
ここで暮らしているのか甚だ疑問だ。そんなところで化け物がこちらに振り向いた。
「あのぅ」
何かされる前に先手を打とうと思った。が、わたしの唇に化け物は人差し指を押し付けた。“喋るな“。主導権は常に向こう側に握られているのだ。
わたしごとき弱小が自我を持つのはおこがましいと言わんばかりだ。
そう命令されている気がして、固唾を飲んで化け物の動向を探った。下手なことをすれば命一つでは済まされない。
「あなたは──どこの人かな。確認させてほしいの」
よく頭のいい輩は、本当のことの合間に嘘を挟むのだという。底冷えする思考の中であらぬことが過る。もしもこの化け物に包み隠さず素性を明かしたら、住処までやってきてありとあらゆるものが破壊されるのではなかろうか。だから嘘も織り混ぜたほうがいいのではないか。
いや、待てよ。幸いわたしの住処は人里だ。人里は妖怪が矢鱈に侵攻できない、人間にとって聖域のような場所だ。敢えて包み隠さず情報をばらすことは、寧ろ都合のよいことなんじゃなかろうか。だってどっちにしろこの化け物は里には侵攻できないのだから。いや、しかし、あの話はどうする?
いや、いったん後回しだ。化け物を待たせてはいけない。
「わたしは
作り笑いがあまりにも不細工になってしまった。
中途半端に頭の回るわたしを察して、化け物が愛玩動物を愛でるように「ふふん」と微笑んだ。
なんで、できる。そんな笑みを。
「蛮奇さん。私も里に紛れたりできるの?」
「さぁて? わ、わたしにはサッパリ。ほらさ、里には門番がいるだろ、でしょう?」
まずい。まずいまずいまずいまずい。
わたしはこの点に関してはとても詳しいのだ。そして、その問いには『はい』と自信をもって答えられる。
人間に危害さえ加えなければこの化け物は里に入ることができるだろう。奇抜な格好も、外来人が迷子になってやってきた。で、通るし、第一パッと見はスラリとした銀髪のお姉さんだ。
しかもこの化け物からは妖怪の雰囲気だけじゃなく、人間の穏やかな空気感も感じるのだ。だからその温かい空気感で冷徹な尖りを見せる化け物が恐ろしくて仕方がない。
コイツと接敵した瞬間、この化け物には対妖怪ではなく、対人間用の逃避手段を用いることにしたくらいだ。
まぁ、顔を飛ばすくらいじゃ何も効かなかったけれど。
「門番……。もんばん、モンバン、門番」
じっとりと繰り返す。化け物は何を思ったのか、こんなことを尋ねてきた。
「私は、人間に見える?」
「っ──あ、ああぁ……」
恐怖のあまり言葉を上手く絞り込めない。化け物がわたしと肌と肌が擦れ合うような距離まで迫ってきた。呼吸の仕方を間違えれば触れ合ってしまう。駄目だ駄目だ、その時は絶対に殺される! もう殺されるんだ……!!
「あれ……?」
その時だった。プツンと、わたしの頭は狂ったように何かを食っちゃべった。思考を放棄して、ナニか言葉の羅列を化け物に向かって捲し立てている。
その時の化け物のあの、純粋なまでに小首を傾げる不思議そうな態度! 白白しいときたらありゃしない。
早く殺せ、とか。お前は化け物だ、とか。絶対に小傘の事は喋らないぞ、とかとかとか。色々なことを吐き出した気がする。……ってあれ? わたしは今、何を。
意識が半ば回復したところで、自分の発言を思い出す。
うわあ、ああああ!! 万死に値することをしでかしてしまった! 一番話してはいけない友のこともついにわたしは話してしまったのだ。
「小傘……。一体どういう風の吹き回し?」
「あっ、と、はい。傘を探していまして」
「嘘はよくないなぁ」
「え……? はは。どうして嘘だとお思いで?」
テーブルに手のひらを突き立てた化け物が、奉行よりも増して凄まじい冷静さでわたしを問い詰めた。テーブルがガタリと無造作に傾き、その力の強さをより濃く物語る。
「そうね蛮奇。あなたが正直者になれば答えてあげる」
舐めまわすような視線で、わたしの手元をなぞる化け物。さもなくば指の爪を剥ぐということだろうか。いや、この化け物なら或いは、もっと──。
ごくりと、渇いた喉に潤いをもたらすが、いかんせん足りなかった。
考えようとどれだけ脳みそをこねくり回しても、最早何も絞り出せない。
「わわわ、わかったわかりましたから、どうか痛いことはやめてくれ。……くださヒィッッ!?」
しまったッ! 化け物の不興を買ってしまったのか、化け物は心底不快そうに眉をひそめている。せめて言葉遣いの癖くらいはもっと丁寧にするべきだろわたし!! こうなったらもう、指の一本は覚悟しなければ。
化け物がわたしの手を包み込む。わたしは目を瞑るしかなかった。
「……へ?」
痛みを覚悟したのに、何もされなかった。
……意味が分からない。
本当に殺すつもりなら、とっくに出来たはずだ。
なのに、この化け物はわたしの手を包んだまま離そうとしなかった。
そのぎこちない動作は、まるでわたしの体温を感じていたいかのような。縋っているようにも感じ取れた。
というか化け物も一応、体温があるのだ。という妙な安心感しか得られなかった。
恐る恐る目を開ける……と、化け物は小さな声で何かを呟いていたようだった。
じ、自虐? のような言葉だったが、何を呟いていたのかは分からない。
なぜ、自虐をこの場で吐き捨てたのだろうか。
もしかすると、この化け物にも何か事情があるのではないのだろうか。
ほんの気まぐれの可能性も拭えきれない。だがこの瞬間で、そんな大それたことを考えることは邪推という他ないだろう。
そうだ、一応わたしは椅子に座らせられて、彼女と対話させられているだけなのだ。
化け物はわたしと目が合うと、元の毅然とした様子に戻った。
「まずは……会話のできる相手には名乗ったほうがいいよね。私は幾何紗 真成。どうとでもお好きに呼んでいいから。あー、そうだ。あなたのよく分からない支離滅裂な発言の中で聞いた、小傘について教えて欲しいのだけど」
手を引っ込めた化け物は、自らの名を名乗った。手を後ろにやって、今度はわたしを怖がらせないように最大限の注意を払っている。
未だ得体の知れない銀色の怪物相手に「そうでしたね」と、わたしは相槌を打った。
そしてわたしは小傘を売った。自分でもどうしてなのかよく分からない。ただ、なぜか何とかなるような気がしたのだ。
或いは、そう思いたかっただけのかもしれない。