無縁塚で、独りごち 〜この難易度Lunatic幻想郷で〜 作:胡桃の中の団子
幾何紗は蛮奇の華奢な手を包み込みながら、何をしても怯える彼女にお手上げの様子だった。幾何紗も鈍かった。殺意や妖力といった類を完璧に抑え込んでいたから、まさかもう恐れられないだろうと高を括っていたのだ。
「どうして私は普通じゃないんだろ」
そっと怖がる蛮奇に手を添えながら、視線をテーブルの方にやった。しばらく使っていない、取っ手のついた蝋燭がぶれた視界に映った。
妖怪的には本懐を遂げているといえるだろうが、半分人間であるならば話は変わってくる。
恐れられる愉悦と、忌み嫌われる困惑が混在しているのだ。まるで自分の中に人格が二つ在るようで、非常に憎たらしい。
幾何紗は小傘についても知見があったので、蛮奇の傘を探しているという見え透いた嘘にはいち早く看破することができた。だが、まぁいいのかな。という諦念めいたような黒い期待が幾何紗にはあった。
蛮奇は何故嘘を容易く見破れたのかと疑問に感じたらしいが、そりゃ東方projectという原作の知識が多少あれば分かるでしょうよと言いたい。ならば言ってしまえばいいのだ。
その時に、蛮奇はどういう表情をするのか。そう、少し気になっただけ。
もう蛮奇には何もしないで見守ることとする。
「そうでしたね」
蛮奇が幾何紗の指摘に対して、観念したかのようにガックリと肩を落とした。
「傘を探しに来た、というのは半分ホントです。小傘……。わたしの友達、小傘っていうんですけど、は、唐傘お化けの妖怪で」
「へ、へぇ……」
初めて聞くフリは案外難しい。蛮奇がテーブルに置いている手のひらを固く握りしめた。
幾何紗はそういう機微な変化には疎いように見えて以外と洞察力はあるようだ。
固く口元を結ぶ蛮奇に「続けて」と冷徹さを装って促した。
本人は名刑事にでもなったつもりなのだろうが、客観的に見ればその空気の読めなさは馬鹿丸出しと言ってもよかった。
というより、それはいいのだが幾何紗は雰囲気を楽しむ癖がある。彼女の頭にはさながら容疑者の独白に耳を傾ける刑事の構図しか映っていない。
つまり、空気が読めないということだ。
蛮奇は幾何紗の言葉にビクリと反応するものの、「はい」と静かに頷いて言葉を紡いだ。健気でかわいらしく、とても妖怪とは思えない。
「この前、小傘が里の子供を驚かしたら報復に傘を破られちゃって。めちゃくちゃ腹立つけど仕方ないじゃない、ですか? だからわたしはこう思ったの。じゃあ傘を修理してあげたいなって」
「ほうほう……。もしかして蛮奇ちゃんって友達思いなのかなぁ?」
「……はぁ? そうだな、ですね。……で、里の傘屋に修理してもらうのも今のわたしにとってはあまり手が出せる金額じゃなかったから」
「なんか華麗にスルーされたけどなるほど。だからここでタダで廃品にありつけたらいいじゃん! ってなってやってきたのか」
「はい」
「だったら尚更だね。あんまり怪しい行動をとらないで欲しいなぁ。うっかりして殺しちゃうかもしれないでしょ?」
「本当に申し訳ございませんでした」
緊張が解けてきたのだろうか。表情が少し明るくなってきた蛮奇。深々と頭を下げてうなじを見せる彼女を見るに、幾何紗が化け物だという誤解はしばらく覆そうにない。それは至極残念なことではあるものの……どうやら幾何紗のなかで尋問は上手くいったらしい。
幾何紗はピンポンと、手を合わせてこう言った。
「じゃ、一緒に探そっか?」
「何を、です?」
「唐傘の代わりだよ。ビニールみたいなものは見たことあるんだけど、でもどれも半透明な白だから違うよねー」
言いながら、豆腐小屋を後にする。無縁塚といっても、そんなに外界の物品がこちらに流れ着くことはない。基本的には時々だ。外界で忘れ去られたものたちがここへ流れ着いてくるのは。
池の周りや無縁塚をぐるりと周回してみるが、やはり唐傘の代わりとなるようなものはない。蛮奇の方はといえば、幾何紗から一定の距離を取りながらもトボトボ付いてきているようだった。
もう逃げる勇気はないらしい。
今なら別に逃げても構わないんだけどな……そう思いながら池のほとりを散策する。
ここの池は、ちょっぴり特殊で不規則に波が立つのだ。まるで海のようではあるが、そこまでの荒々しさはない。忘れ去られたものたちが知らず知らずのうちに流れ着くように作用が働いているのだろうか? 池といってもそこまでの広大さはないが、半歩ほど池に足を踏み入れてとどまった。
「どうしたのですか?」
問われて、自分でも何をしているのだろうと振り返る。帰りたい。一縷でもそう感じたような気がした。まぁでも、あり得ないか。今はこの瞬間にある幸せを噛みしめるだけだ。
……でも、幸せはこの場において、存在しているのだろうか。駄目だ、いったん考えるのをよそう。掘り下げれば掘り下げるほど、空虚な空気に飲み込まれそうになる。
「やっぱりないねー。此処には」
その言葉に反応して苦笑いを浮かべる彼女が不憫だった。
蛮奇がはじめてこちらに歩みよってきた。
「仕方がないですね」
桜の花びらが幾何紗の鼻をなでて池にひらひらと落ちていった。残念だった。せめて黒いシートとか、そういうものがあれば奇跡だと喜びを分かち合えただろうに。幾何紗は浮かぶ桜の花びらに水しぶきを浴びせるようにしながら、池を後にした。
「奇跡なんて中々起きない。でも伝はあるよ」
「その前に、まだ答えてもらってないですよ」
「何を……? ……っ!!」
目と鼻の先とは言い得て妙だった。この世界へやってきて、初めて誰かが幾何紗の隣を歩いたのだ。それも、ごく自然な動作で。茶でも飲んでいたらあまりの驚きにむせ返っているだろう。何も口に含んでいないので助かった。
が、まだ答えていないとは、何の話をしているのだろうか。
どうしても邪推してしまう自分自身の思考にあくせくしていた。ちょうどその時、紅い瞳が確かに、一瞬こちらを覗いていたような気がした。
「正直者になれば、わたしの嘘を見破った理由を答えてくれると、幾何紗さんは言った、言いました。それが少し気になって」
「……」
確かに。と思いつつ、本当に話すべきか今一度考える。
「ふふっ」
まぁでも、昔話をするようなものなのかもしれない。
「本当に?」幾何紗はそう独りごつと、隣を歩く蛮奇を追い越すようにして数歩前へ飛び出した。
念を押すようにして冷徹な眼差しを肩越しに投げ掛ける。蛮奇はその溢れる邪悪な妖気に、反射的に歩みを止めた。
蛮奇は真正面からその妖気に立ち向かおうと必死な様だった。時間にしてものの数秒だが、まるで永遠のようにも感じられる静謐な空気がその場を支配していた。
均衡を破ったのは、何者でもなかった。ただの一陣の空っ風が空気も読まずに息巻いたのだ。その拍子に池の不揃いな波紋が蛮奇の靴の中を容赦なく侵していく。
「びっくりした?」
矛を収めた幾何紗が諦めたように問いかける。
乱れたポニーテールの後れ毛を直そうともせず、風に吹かれるまま佇むその後ろ姿には、どこか抗いがたい艷っぽさが含まれていた。
そこにはおちゃらけていて、どこか不安になるような狂気はなかった。存在していたのは、覗き込めば二度と戻れなくなるような底冷えした暗い深淵だけだった。
昔、色々あって大変だった子供の頃に読んだこのサイトの東方二次SSに救われた思い出があります。東方二次SS黎明期というのでしょうかね。私にできることは、その時代を懐かしみながら人思いに綴っていくことでしょうか。そんなことをふと考えました。