「おはようございます、シオンさん。気分はいかがですか?」
翌朝、午前9時28分。
駅の改札口で出会った彼女は、まるでこの世ならざるものでも見るかのように目を見開いた。
「……ぁ、っと、その……」
「大丈夫。私は本物です。ほら、昨日と同じ体温でしょう?」
細い指を包むように握ると、白い肌の印象に違うことのない、少し冷めた温もりが伝わってくる。
そして鼓動が少し早くなってから、シオンさんの紫色の瞳が私の方へ向けられた。
「……ぁ、……あの」
「はい。なんですか?」
「……これ、返します」
彼女が差し出したのは、これといった特徴の一つもない茶封筒。
何かと思って開けると、中には私があげたはずの札束が詰まっていた。
「どうしてですか?」
「だって、私何もしてないのにこんな大金もらって……ほんと、意味分かんないし……まだ、カノンちゃん?のことも、何も知らないし……」
「そうですか? だったら……すいません、こんなものしかなくて」
私はいくつかのカードを取り出し、受け取った茶封筒を添えて彼女の手に握らせた。
「……えっと、これ……」
「私が持っている本人確認書類、あるいはそれに類するものです。必要でしたら、いくらでも撮っていただいて構いません」
「……あ、あの」
「はい。なんですか?」
「……こんなのじゃ、分かんないです。私は、その……色々意味分かんなくて……多分、カノンちゃんのことは嫌いじゃないと思うんですけど……」
「……? だったら……」
「でも、こういうのはあんま好きじゃないんです。もっとちゃんと話したいっていうか、言葉で聞きたいっていうか……」
そして彼女はカードの束と茶封筒を突き返し、シオンさんは私の目を見た。
「……ご飯、行きませんか? ……お礼、結局出来てないので」
「……、……はい、喜んで」
▽
「ああ。やっぱり、ここにいたんですね」
夕暮れ時、彼女が通う大学キャンパスの最寄り駅前。
自動ドアが開く度、けたたましい電子音と金属音が交差点に吐き出される。
視線を落とす人、余裕そうな人、納得した人、嬉しそうな人……十人十色が入れ替わり立ち替わりになる中、私を見つけたらしい人影は小さく手を振った。
「……あ、カノンちゃん」
その顔色は少し明るい。
大勝ちとは行かないまでも、多分勝てたのだろう。
彼女にとってはいいことのはずなのに、私は少し不満だった。
「早いですね、待たせちゃいました?」
「いえ。それより、シオンさんの用事は?」
「私は……もうちょっとだけ待っててもらえますか? すぐ換金してくるんで」
「だったら、私も一緒に」
そう言って、私は路地裏に入っていくシオンさんの後をついていく。
みすぼらしくて、質素で、没個性的で、事務的。
それが「換金所」とやらに覚えた私の感想だった。
そして彼女はポケットからカラフルなプラスチックのようなものを何枚か取り出すと、金属製のポケットのような場所にそれを入れる。
数十秒もしないうちに、まるでコピー機が吐き出したみたいにトレーに乗って何枚かの一万円札が返ってきた。
「今日はいくら勝てたんですか?」
「5万くらい、ですかね。久々に万発越えたんで」
ああ、ずるい。
たかが5万。
たった、それだけなのに。
私は嫉妬していた。
何に対してのものかは自分でも分からない。
彼女に対してかもしれないし、財布に仕舞われた数枚かもしれないし、射幸心に漬け込むあの機械、あるいはそれを動かす店、作る企業という可能性だってある。
確実なのは、嫉妬した、という事実だけだった。
「……カノンちゃん、何かありました? 怖い顔してますけど」
「いえ。何も」
私は、その言葉を待っていたかのように、食い入るように否定していた。
「なら、いいんですけど……そうだ。晩ご飯、どうしますか?」
「晩ご飯? シオンさんと一緒なら、どこだって」
「……だったら私、あそことか行ってみたいかも。カノンちゃんの、行きつけとか」
「……いいんですか? 本当に?」
「あ、もちろん値段ヤバいのは分かってるんで、そこは大丈夫です。遠慮せず、ガチな感じで。……カノンちゃんのこと、知りたいですし」
「そういうことでしたら……少し、変わった場所ではありますが」
そして「タクシー代は出すので」と馴染みの個タクを手配して数分。
運転手に「いつものとこへ」と声を掛け、私達は白いファミリーカーの後部座席に乗り込んだ。
「これ……どれくらいかかります?」
「まあ、10分15分といったところでしょうか。それほど、遠くはありませんよ。ただ……」
「ただ?」
「……いえ。大っぴらに出かけると、怒られてしまうので」
緊張して俯くシオンさんの横顔を眺めているとあっという間。
「着きましたよ」という運転手の声で私は我に返った。
「それじゃあ、お代はこれで。……シオンさん、行きましょう」
「あ、はい。てかここって……?」
「見ての通り、キャバクラですよ」