「ここ……タワマン……?」
「一応、その括りには入るでしょうか」
押し切られるように、あるいは、放課後の小学生のように。
「お泊まり会をしませんか?」
そんな風に手を引かれて、私はカノンちゃんの家を訪れた。
それが当然かのように夜中でも何人かのコンシェルジュがフロントに控え、ジムにプール、スパにレストラン……挙げ句には展望ラウンジまで。
シャンデリアの光の下には、高いソファとカーペットの匂いがする。
数百人の間に存在している秩序と、数百メートルの限りない高級感に、少し場違いで、恥ずかしいような、あまり慣れていない異物感があった。
「あれ、緊張してるんですか?」
「……分かんない。でも、そうなのかも。人の家とか、いつぶりかな……」
「大丈夫ですよ。そんな、取り分け語るようなものもありませんし」
エレベーターホールに並ぶ無数のパネル、そのうちの一つにカードキーをかざしながら笑うカノンちゃん。
ふぉうん、なんて少しSFチックな音とともに一番奥のエレベーターが開いて、乗り込むと中には何のボタンもない。
2人きりには、だいぶ広い。
「珍しいでしょう?」と笑いながら、カノンちゃんは本来は階数のボタンがあるはずの場所にあるタッチパネルに掌をかざした。
「最上階への直行便なんです。ほぼ、私専用みたいなものですけど」
「せん、よう……?」
「まあ、私物のようなものなので。ここ」
エレベーターのドアが閉まり、彼女は少し背伸びをして、私の首へ指を触れる。
「やっぱり緊張してる」と意図してなかった、優しいウィスパーボイス。
彼女の方を見ると、「初めてなんです、誰か呼ぶの」と嬉しそうに笑った。
私は少しだけ、その顔を眺めていた。
「……? もしかして、意外でしたか?」
「あ、うん。……カノンちゃん、友達とか多いのかなって……」
「人並みにはいるかもしれませんが……「親友」みたいなのは、あまり」
そう苦笑いする彼女は、至って普通の女の子みたいだった。
ハーフアップにまとめたふわふわの茶髪に、ぱっちり二重の綺麗な丸目。
美少女と言ってなんら差し支えのない、人に好かれやすい顔。
……ああ、やだなぁ。
結局、私も人をそういう目で見てるんだから。
そんな自己嫌悪と共に、扉は開いた。
「……あれ、ここって……」
「庭みたいなものです。ほら、大きな旅館とかでもあるでしょう? 屋内の枯山水。……まあ、向こうが勝手に作っちゃっただけですけど」
「へえ……」
「でも、結構気に入ってるんです」
実際に職人を招いてメンテナンスしてると、カノンちゃんは教えてくれた。
ロビーやフロント、エレベーターとは打って変わって、廊下の景色は一気に和風になって、檜の香りが漂っている。
辺りが気になる私に気を遣ってくれてるのか、カノンちゃんもゆっくりと、私の速度に合わせて歩いてくれる。
そして枯山水の上に掛かった木の橋を渡りきったところで目に入る、「暁月」と書かれた表札。
引き戸の隣に掛かっていた。
「ほら、着きましたよ」
表札の下にカードキーをかざすと、障子の貼られた引き戸は静かなモーターの駆動音と共に開いた。
「今お風呂を沸かすので、好きに寛いでいてください。冷蔵庫でも食料庫でも、好きに食べてもらって大丈夫なので」
「あ、いや、手伝わせて。結局キャバクラ、ご馳走になっちゃったし……」
「いえ、今は休んでてください。手伝ってもらうことなんて、この先いくらでもありますから」
そう言って一通りの明かりをつけると、カノンちゃんは部屋の奥の方へ消えていく。
壁掛けテレビに、大きなシーリングファンに、リビングの横は一面ガラス張りの窓。
豪華というかなんというか、さっきの廊下といい、あんまりカノンちゃんらしくない気がする。
そんなことを考えつつも何をすればいいか分からなくて、私はソファに倒れ込んだ。
お泊まり会をしようと言った時、彼女はいつまでかを言わなかった。
代わりに「大学までの距離はそんなに変わらない」と教えてくれた。
ああ、そういうことかと思ったけど、今の私に、それは拒めない。
だって私は、楽な方を選んじゃうんだから。
半ばふて寝のように、私は目を瞑った。
「お風呂、沸きましたよ」
そんな声とともに、頬を突かれる感覚があった。
いつの間に掛けられていたブランケットのようなものを剥がしながら、私はゆっくりと目を開ける。
「ふふっ、おねむだったんですね」
「……ぁ、……ぇ……?」
血色の良い肌色。
無邪気に、わがままに成長した、健康的な身体。
十秒くらい、理解が遅れた。
「……あ、えっと、その……っ、見ちゃって、ごめん……なさい……」
「それは、私の裸に対してですか? 大丈夫ですよ。見られて減るものでもありませんし、シオンさんならいくらでも見てほしい。嫌じゃなかったら、ですけど」
「ぁ、そ、それは……大丈夫なんだけど……なんで、脱いで……?」
「あれ、お風呂、一緒に入らないんですか?」
「……あ、ううん。カノンちゃんがそれでいいなら、私も」
私はまだ微睡んでる瞼を擦り、身体を起こす。
掛かっていたブランケットようなもの……カノンちゃんのジャンパースカートが、ぱさりと床に落ちた。
「うん、おんなじ匂いがします」
私の太ももに顔を近づけた彼女は満足そうに微笑んだ。
それから、そのままの流れで、彼女は私の服を脱がせ始める。
彼女の温かい手、優しい手つきに逆らう気は、あまり起きなかった。
「……何か、気になることでも?」
「……まあ、なくはないかも、です。……この部屋、カノンちゃんらしくないな、って」
「ああ、正解です。やっぱり、匂いますもんね」
両脚を伝い、最後の一枚を脱がせながら、カノンちゃんは教えてくれた。
「事故物件なんです、この部屋」