ハリー・ポッターのいない世界   作:漆黒刃

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第2話 エリー・ポッター

エリー・ポッターは両親を知らない。

エリーが産まれてすぐに死別し、それ以降は母方の叔母夫婦であるダーズリー夫妻の下で育てられた。その為エリーは、両親の顔も知らないし、特に知りたいとも思わない。ダーズリー夫妻から、両親は無責任で頭のおかしい最低の人だったと事あるごとに言われてきたことも関係しているかもしれない。つまるところ、エリー・ポッターは強かで、過去の妄想に耽るよりも、現在を生き延びる事を選んだという事である。

 

 今年11歳になるエリーは、同年代と見比べるとかなり小柄であり、痩せ細っていて今にも倒れそうな身体である。加えて、身体のいたる所に暴力を振るわれた跡が痛々しく残っている。無論、エリーに自虐趣味はない。

 であれば、犯人はダーズリー夫妻の最愛の一人息子であるダドリーかと思われるが、意外やそうではない。幼少期ならまだしも、思春期に入り、健康すぎる自分の肉体と虚弱といって言いエリーの身体を見比べて、それでもまだ容赦なく暴力を振える残虐性は彼には残っていなかった。

 そして、ダドリーの父であるバーンノは、己をまともな人間であると自負しており、義理の姪に暴力を振うなどといったまともじゃないことはしない様に律するだけの知性を兼ね備えている。

 結果、消去法で犯人はペチュニア・ダーズリーであることが判明した。

 

 ただ、彼女の名誉の為に弁明するならば、何も彼女は加虐趣味の持ち主というわけではない。少々偏屈なところもあるが、それでも十分普通の主婦の範疇であろう。

 彼女はごくごく普通の人間であった。だからこそ、明らかに普通ではないエリーのことが怖かったのだ。在りし日の妹を彷彿させるエリーに、ただ怯えていただけなのだ。

 

 引き取られたばかりの頃、エリーは非常に活発で好奇心旺盛な子であった。歯が生えそろう前から家の中を這って探検し、興味のあるものは何でも手に取って玩具にしてしまう赤子であった。例えそれが、赤子では絶対に取れない様な場所に置かれたものであったとしても。

 それでも最初、ペチュニアはエリーを信じた。愛する息子ダドリーが時に赤子とは思えないほど聡明な目をすることがあるように、エリーもまた赤子とは思えない運動神経を発揮しているだけなのだと。まともじゃないのは妹だけで十分だと

 だが、愛する夫から贈られた物で、鍵をかけて大切に保管していたはずのダイアモンドまでもが寝ているエリーの傍で涎まみれになって落ちているのを見つけてしまった時、ペチュニアの中で何かが切れた。気が付けばまだ、一歳になったばかりのエリーの顔を思いっきり殴りつけていた。

 突然の暴力に、訳も分からず頬を大きく腫らしながらさめざめと泣き出すエリーを見てペチュニアは正気に戻った。押し寄せる罪悪感に苛まれた彼女はすぐに氷を取りに冷蔵庫まで駆け寄り、いくつも零しながら氷嚢を作ると慌ただしくエリーの寝室まで戻り、そして恐怖した。

 先ほどまで痛々しく腫れ上がっていたエリーの顔には傷一つなく、泣いていた筈の顔は満面の笑みでペチュニアを見上げているのだ。

 もはや笑うしかない。

 目の前にあるモノへの恐怖、死んでなお自分の人生を狂わせる妹への憤り、まともじゃないものが存在する不条理への絶望。それら全てがペチュニアに圧し掛かり、気が付けば狂ったように笑い出していた。吐き出さなければ狂ってしまうと言わんばかりに、ペチュニアは笑い続けた。

 この日、ペチュニア・ダーズリーは、エリー・ポッターを敵だと認識したのだ。自分の穏やかな日々を狂わせる最悪の異物であると。

 

 その後、ペチュニアはエリーへ病的なまでの攻撃性を露わにした。それは嫌悪や愉悦などの生易しいものではなく、明確な敵意と恐怖が隠された憎悪から来るものであった。

幼少期より慢性的な飢餓と常習的な暴力に晒された幼いエリーの心は圧壊し、本来備わっていた強い好奇心や克己心などは完全に砕けて消えた。後に残ったのは、臆病で卑屈で泣き虫な、従順で意志薄弱で引っ込み思案な弱者としての人格だけであった。

 


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