高校の昼休み、あいつが珍しく前のめりに話していた。
「なあ、今度のやつ……当たりだ」
陽務楽郎がそう言うときは、大抵“変なゲーム”の話だ。だから俺は弁当の蓋を閉めながら軽く返す。
「またそういうの?」
「今回は違う。もう評価固まってる。神ゲー側だ」
「何のゲーム?」
「シャンフロ。妙な穴がねえ。普通どっかで崩れるのに、それが見当たらない」
珍しく真っ当な褒め方だ。思わず顔を上げる。
「へえ。珍しいね、そういうの勧めてくるの」
「クソじゃないからな。逆に触る価値がある」
少しだけ間を置いて、こっちを見る。
「……お前は別の意味でハマると思うけどな」
「別の意味?」
「生活要素。採取も料理も釣りも一通りある。クラフトもやたら細かい」
その一言で、少しだけ引っかかった。
戦うためのゲームじゃなくて、“暮らせるゲーム”。
「どうせ戦闘は後回しだろ、お前」
「悪い?」
「いや別に。そういう遊び方も成立するのが、あのゲームの出来だ」
肩をすくめるあいつを見て、俺は少しだけ考える。
「……まあ、やってみる」
「だろ。始めたら教えろ」
満足そうに笑うあいつを横目に、俺は弁当を片付けた。
放課後、家に帰ってすぐ端末を起動する。
話題のVRMMO――シャングリラ・フロンティア。
レビューはどれもやたら長く、細かい作り込みを褒めるものばかりだ。
最近は特に、「ユニークモンスターが討伐された」という話題で盛り上がっているらしい。
「……へえ」
正直、そういう最前線の話にはあまり興味がない。
それよりも、生活要素の方が気になる。
購入を決めて、ログインを選択する。
――ログイン。
白い空間に意識が浮かぶ。
キャラクターメイクを軽く済ませ、レンジャー(軽装探索系)を選択。武器は短弓、サブにナイフ。
「近づかなきゃいいしな」
スキルは最低限。回避と弓術、あとは採取と料理、調薬。
名前入力で少しだけ指が止まる。
昔、「えびす」が使えなくて、なんとなく付けた名前。
「……えびす天丼」
確定。
――転送完了。
目を開けると、石畳の広場に立っていた。
ざわつく人の流れ。初心者らしい動きが多い。
「……とりあえず確認」
メニューを開く。
————————————
PN:えびす天丼
LV:1
JOB:レンジャー(軽装探索系)
所持金:3,000マーニ
HP:20
MP:10
STM:25
STR:8
DEX:14
AGI:13
TEC:15
VIT:9
LUC:12
スキル
・回避
・短弓術
・簡易採取
・簡易調理
・簡易調薬
装備
右手:初心者用短弓
左手:無し
頭:無し
胴:初心者用軽装
腰:小型ポーチ
足:初心者用ブーツ
アクセサリー:無し
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「……まあ、思った通りだな」
戦闘向きじゃない。でも困らない。
メニューを閉じて、案内板へ向かう。地図を開き、川の位置を確認する。
「……あった」
そのまま門へ向かいかけて、ふと足を止める。
「……いや」
インベントリを開く。
釣り竿は、ない。
「……そりゃそうか」
初期装備は最低限。生活系は自分で揃える必要があるらしい。
踵を返して、広場の露店エリアへ戻る。
並ぶ屋台の中に、雑貨を扱う店があった。
「……あった」
簡素なリストが表示される。
・簡易釣り竿 800マーニ
・餌(小) 100マーニ
・ロープ 300マーニ
「……まあ、こんなもんか」
釣り竿と餌を購入する。
【簡易釣り竿×1 入手】
【餌(小)×1 入手】
そのまま店を離れて、再び門へ向かう。
今度は迷わず外へ出る。
草の匂いと湿った空気。遠くで戦闘音が響くが、気にしない。
しばらく歩いて、川へたどり着く。
水は澄んでいて、流れは緩やか。
【釣り可能エリア】
「……いい場所」
周囲を確認。モンスターの気配は遠い。
インベントリを開いて、釣り竿を取り出す。
少しだけ、手の中で重さを確かめる。
糸を垂らす。
水面に波紋が広がる。
何も起きない時間が続く。
でも、それが悪くないと思った。
戦わなくてもいい。急がなくてもいい。
こうやって、少しずつできることを増やしていけばいい。
もう一度、糸を垂らす。
水面が、わずかに揺れた。
竿を引く。
遅れて、手に重み。
――釣り上げ成功。
【小型魚×1 入手】
「お」
小さく声が漏れる。
遠くで戦闘の音が響く。
たぶん、あいつはああいう場所にいる。
でも、俺はここでいい。
もう一度、竿を握る。
――神ゲーだっていうなら、こういう遊び方だってできるはずだ。
「えびす天丼」の最初の一日は、静かに始まった。