四駆八駆の沼荒野に足を踏み入れた瞬間、えびす天丼はこのエリアが単なる戦闘の場ではなく、明確にプレイヤーの動きを制限することを前提に設計された場所であることを足裏の感覚から理解し、踏み込むたびに沈み込む泥と引き抜く際にわずかに遅れて返ってくる抵抗のせいで普段通りのリズムで身体を動かすことができず、ほんのわずかなズレがそのまま致命的な隙に繋がる可能性があることを意識しながら、無意識に歩幅と重心のかけ方を調整していく。
「……思ったより厄介だな」
小さく呟きながらも足を止めることなく進んでいくと、周囲とは明らかに違う形で泥が抉られたように広がっている場所が視界に入り、そこだけが繰り返し掘り返された痕跡を残していることから、この先にエリアボスがいることを直感的に理解する。
「……ここか」
そう言って一歩踏み込んだ瞬間、足元の泥がわずかに震え、その振動が単なる環境の変化ではなく明確な“何かの動き”であることを理解したえびす天丼は、反射的に視線を落として泥の表面を観察し、そこにわずかに走る波のような揺らぎが一定の方向を持って移動していることに気づく。
「……潜ってるな」
姿は見えないが位置は分かる、そう判断した次の瞬間、背後の泥が膨れ上がり、振り向いたと同時に地面を突き破るように巨大な影が突き上がってくるのが見え、横へ動こうとするが足が泥に沈み込んでわずかに動きが遅れ、その一瞬の差で完全には避けきれずに体の側面をかすめられて体勢が崩れる。
「……やっぱズレるな」
距離を取ろうとして踏み込むが、足が沈むせいで思ったほど離れられていないまま次の動作に入ることになり、普段なら余裕を持って避けられるはずの距離感がまるで通用しないことに気づきながら、視線を再び泥へと落とす。
「……動きは見えるな」
泥の表面に走る揺れは完全に隠しきれているわけではなく、移動する軌跡として捉えることができるため、視覚ではなく“変化”として位置を追うことができると判断し、その動きを注視しながら弓を構える。
波が右へ動く。
次の瞬間、方向が変わる。
「……フェイントか」
一度目の動きに合わせて撃てば外す、そう理解したえびす天丼はあえて矢を放たずに構えたまま待ち、次の動きに集中する。
泥の揺れが一瞬止まる。
その直後、背後で大きく盛り上がる。
「……そこだな」
振り向く。
同時に地面が弾ける。
突き上げ。
横へ動く。
今度は読んでいるため、最小限の動きで回避しながら体勢を崩さずに弓を引くことができる。
引く。
溜める。
狙う。
放つ。
矢が突き上がった瞬間の頭部に命中するが、泥に覆われた表面に当たったせいで手応えが浅く、内部に届いていないことが分かる。
「……表面は硬いな」
つまり狙うべきは外ではなく中であり、地中に潜っている状態ではなく出てきた瞬間、もしくはその直後のわずかな隙だけが有効な攻撃の機会であると判断する。
再び泥が動く。
今度は直線的に伸びる。
「……突っ込んでくるか」
弓を構えたままタイミングを測るが、泥の動きが途中でわずかにブレる。
「……まだ混ぜてくるな」
一度目の動きでは撃たない。
そのまま待つ。
二度目。
速度が上がる。
直線。
「……本命はこっちか」
振り向く。
突き上げ。
引く。
限界まで。
放つ。
矢が突き上がった瞬間の頭部を捉え、今度は泥を貫いて内部へと入り込み、明確に違う手応えが返ってくる。
「……通ったな」
泥掘りマッドディグの動きが一瞬止まり、そのまま再び地中へと潜るが、さっきまでよりも動きに荒さが出ているのが分かる。
「……削れてるな」
そう判断した直後、沼全体が大きく震え始める。
さっきまでとは違う。
局所ではない。
広範囲。
「……来るな」
足を動かそうとする。
だが動かない。
泥が絡みつくようにして動きを止める。
「……強制か」
その瞬間、真下から突き上げられる。
視界が跳ね上がる。
体が浮く。
高さを理解した瞬間、落下した際のダメージが致命的になることを直感的に理解しながら、空中で無理やり体勢を整えようとするが、完全には制御できない。
「……これ、普通は無理だな」
落ちる。
衝撃。
沈む。
だが立つ。
「……ギリ耐えるか」
息を整えながら状況を整理する。
この攻撃は避けられない。
なら対処するしかない。
「……出てくる位置は分かるな」
突き上げた直後。
一瞬だけ位置が固定される。
「……そこに合わせる」
再び構える。
泥の動きが戻る。
だがさっきより単調。
一直線。
「……終わりだな」
引く。
最大まで。
呼吸を止める。
泥が割れる。
頭部が出る。
放つ。
矢が一直線に飛ぶ。
内部へ。
貫通。
動きが止まる。
そのまま崩れる。
泥が落ちる。
全体がポリゴンへと変わる。
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【泥掘りマッドディグを討伐しました】
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「……はぁ」
その場に立ったまま動かず、足元の泥に沈んだまま息を整えながら、さっきまでの動きを頭の中で反芻し、この戦闘が単純な反応速度ではなく環境と挙動を理解した上での“読み”に依存していたことを実感する。
「……速さじゃないな」
そう呟きながら弓を握り直し、最大まで引いたときの手応えと命中した瞬間の感覚を思い出す。
「……ちゃんと応える」
雑に扱えば弱い。
だが合わせれば強い。
「……いいな」
そう言いながら、えびす天丼は次のエリアへと視線を向けた。