蒼影イワナの料理を食べ終えたあとも、えびす天丼はすぐには席を立たず、皿に残る香ばしい匂いとわずかに立ち上る熱をぼんやりと感じ取りながら、その味がゆっくりと舌から消えていく感覚を確かめるようにしてしばらくその場に留まっていたが、ただ満腹になるだけではなく身体の奥が落ち着くような感覚が残っていることに気づき、それが釣っただけの魚ではなく手を加えられた結果であることを意識し始める。
同じ魚でもここまで変わるのであれば、この工程を自分で扱えるようになった方がいいと考え、そのまま席を立ってカウンターへと歩き寄り、調理を終えて手を拭いていた店主へ声をかける。
「ちょっと聞いていい?」
店主が顔を上げる。
「なんだ」
「さっきのやつ、自分でもできる?」
料理を軽く指さしながらそう聞くと、店主は一瞬だけ皿へ視線を落としてからこちらを見る。
「料理か」
「そう」
「できるぞ」
短く返される。
「どうやったら取れる?」
「作れ」
「やりゃ覚える」
それだけで十分だと分かる答えに軽く頷き、えびす天丼は壁に並んでいる紙の中から一枚を手に取り内容を確認し、そのまま購入して塩と一緒にインベントリへ収める。
裏の調理場へ向かうと、簡素ながら火と台が揃った空間があり、最低限ではあるが調理は可能であることを確認しながら蒼影イワナを取り出して台の上に置き、その身の厚みと張りを指先で軽く確かめながら火を起こしていく。
最初の一匹は様子を見ることを優先し、魚を火に乗せてから音と匂いの変化を頼りに焼き加減を判断しようとするが、色の変化ばかりを見ていたせいで匂いの変化に気づくのが遅れ、焦げの匂いが混ざり始めたところで慌ててひっくり返すことになり、その時点で片面が焼きすぎている状態になってしまい、反対側は慎重になりすぎて火が通りきらず、結果として口に入れた瞬間に固さと水っぽさが同時に感じられる分かりやすい失敗になる。
二匹目はその失敗を踏まえて焼き時間を短くすることを意識し、音と匂いを同時に見るようにしながら火との距離を少し調整して均一に熱が入るように焼き進め、焦げる前にひっくり返すことで見た目としては整った仕上がりになるが、食べた瞬間に味がぼやけていることに気づき、塩の量が足りていないと判断する。
三匹目は塩を多めに振り、同じ焼き方で仕上げるが今度は味が強く出すぎてしまい、魚の旨味よりも塩気が前に出ることでバランスを崩していることが分かり、量の調整が必要であることを理解する。
四匹目は塩を少し抑えながら火の位置も一定に保つように意識し、焼きすぎないようにタイミングを見ながらひっくり返し、さらに火の当たり方を均一にするために位置を細かく調整することで食感と味のバランスが近づくが、まだわずかに味が弱いと感じる。
五匹目はそのズレを詰めるために塩の量をほんの少しだけ増やしつつ焼き時間も微調整し、火との距離を一定に保ちながら焦げる前に返すことを意識して仕上げることで、食感と味の両方が揃い始める。
六匹目はこれまでの感覚を崩さないようにしながらさらに微調整を加え、塩の量と焼き時間を同時に合わせるように意識して仕上げることで、口に入れた瞬間に明らかに違いが分かる完成度になる。
七匹目はその再現を試すように同じ手順で焼き上げることで安定した仕上がりを確認し、調整が偶然ではなく再現できるものであることを確かめる。
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【焼き魚(良)】
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「……これだな」
焼き加減と味が揃ったことでようやく料理として成立したと感じながら、ただの作業ではなく判断と調整の積み重ねによって結果が変わることを実感し、その感覚が釣りと似ていることに気づく。
調理場を見渡すとここが借り物であることを思い出し、このまま毎回ここを使うのは手間になると感じたため、そのまま店主の元へ戻る。
「調理器具って売ってる?」
店主が頷く。
「あるぞ」
「どこ」
「道具屋だ」
店を出て通りへ出ると人の流れが行き交っており、料理の匂いから離れたことで現実に戻るような感覚を覚えながら歩き出し、通りの奥へ進むにつれて武器や防具とは違う並びの店が増えていく中で、木製の看板に鍋や包丁が描かれた店を見つけて足を止める。
中に入ると、棚には様々な調理器具が並んでおり、鉄板や鍋、包丁、携帯用の簡易調理セットなどが用途ごとに分けられていて、それぞれに微妙な形や重さの違いがあることが分かる。
「……ちゃんと種類あるな」
手に取って確かめると、ただ持つだけでも扱いやすさに差があることが分かり、火の通り方や調理のしやすさにも影響しそうだと感じる。
「料理か?」
店主が声をかけてくる。
「そう」
「ならこれだな」
示されたのは携帯用の調理セットで、鍋と簡易の焼き台が一体になったものだった。
「……これで十分だな」
軽く持ち上げて重さを確かめ、そのまま購入する。
インベントリへ収めると、さっきまで借りていた調理場に頼らなくてもいいという安心感が生まれる。
「……これでどこでもできるな」
そう呟きながら店を出て通りへ戻り、釣る、料理する、また釣るという流れが頭の中で自然に繋がっていくのを感じながら、えびす天丼は次に向かう場所を考え始めた。