湖喰いのルミナスガルの肉を焼きながら、えびす天丼は静かな湖畔へ腰を下ろしたままゆっくりと食事を続けていたが、ネームドモンスターの食材というだけあって味はこれまで食べてきた魚とは完全に別物で、噛むたびに広がる濃い旨味とほんのわずかに残る冷たい感覚が不思議と癖になり、気づけば戦闘の疲労感もかなり薄れていることに気づく。
「……これ、普通に店で出てきても驚くレベルだよな」
そう呟きながらもう一口食べる。
焼き加減も悪くない。
脂がしつこくなく、塩だけでも十分成立している。
むしろ余計な味付けをしない方が、この肉の良さがそのまま出る気さえした。
湖畔は相変わらず静かだ。
水面へ映る光が揺れ、風もほとんど吹いていない。
ネームドモンスターとの戦闘があったとは思えないほど穏やかな空気が流れており、その静けさの中で食べる料理は、ただ回復アイテムを消費するのとは全く違う満足感がある。
「……こういう時間あると、探索系やってる感じするんだよな」
そう言いながら火加減を調整し、追加で焼いていた肉をひっくり返した瞬間だった。
ガサッ。
背後の茂みが揺れる。
「……ん?」
反射的に振り返る。
モンスターか。
そう思いながら短剣へ手を伸ばしかけた瞬間、茂みの奥から飛び出してきた小さな影を見て、えびす天丼は思わず動きを止める。
「……兎?」
現れたのは、一匹のヴォーパルバニーだった。
ただし、普通のヴォーパルバニーではない。
白い毛並み。
長い耳。
そして何より、エプロンのような布を身につけ、小さな帽子まで被っている。
どこからどう見ても“料理人”だった。
「……いや、なんで料理人?」
思わずそう漏れる。
ヴォーパルバニーは警戒する様子もなく湖畔へ出てくると、焼かれているルミナスガルの肉を見た瞬間、ぴたりと足を止める。
「むむっ……!」
妙に感情豊かな反応をする。
それから、じっと肉を見る。
次にえびす天丼を見る。
また肉を見る。
「……食べたいのか?」
そう聞くと、ヴォーパルバニーは勢いよく頷く。
「はいな!」
「喋った!?」
思わず声が出る。
普通のモンスターではない。
NPC、それもかなり特殊なタイプだとすぐに分かる。
ヴォーパルバニーはそのまま湖畔へぴょんっと飛び乗ると、焼かれている肉をじっと見つめながら鼻をひくひく動かす。
「むぅぅ……よい香りですわ……!」
「……いや、ほんとに喋るんだな」
「失礼ですわね! ヴォーパルバニーだって喋りますわ!」
「いや、初めて見たからさ……」
そう返しながら改めて観察する。
服装。
仕草。
喋り方。
普通のNPCとも少し違う。
特に料理を見ている時の反応が異常に細かい。
「……料理好きなのか?」
そう聞くと、ヴォーパルバニーは胸を張る。
「好きどころではありませんわ! わたくし、料理人ですもの!」
「料理人のヴォーパルバニー……?」
「そうですわ!」
勢いよく頷いたあと、ヴォーパルバニーは焼かれている肉を見つめながら目を輝かせる。
「しかもそれ……ルミナスガルのお肉ですわよね!?」
「分かるのか?」
「分かりますわ! 香りが違いますもの!」
そう言いながら身を乗り出してくる。
「むぅ……しかも焼き加減も悪くありませんわね……」
「いや、なんか評価されてるな……」
「当たり前ですわ!」
ヴォーパルバニーはそこで一度咳払いをすると、小さく胸を張る。
「わたくし、“兎の国”が一人、《料理番》エミィルでしてよ!」
「……兎の国?」
聞き慣れない単語に、えびす天丼が小さく首を傾げた瞬間。
視界の中央へウィンドウが表示される。
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【ユニークシナリオ《兎の国からの招待》が発生しました】
【条件を満たしました】
【ユニークシナリオ《兎の国からの招待》を開始しますか?】
YES/NO
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「……え?」
思わず表示を見返す。
ユニークシナリオ。
明らかに普通のイベントではない。
しかも“条件を満たしました”という表記からして、偶然ではなく何かを積み重ねた結果であることも分かる。
「……いや、ちょっと待って」
えびす天丼は思わずエミィルを見る。
当の本人は肉を見ながらそわそわしている。
「むぅ……冷める前に食べたいですわ……」
「……その前に確認したいんだけど」
「なんですの?」
「これ、かなりヤバいやつ?」
そう聞くと、エミィルはきょとんとしたあと、にぱっと笑う。
「安心してくださいまし!」
「安心できる要素あった?」
「たぶん大丈夫ですわ!」
「たぶんなんだ……」
そう返しながらも、えびす天丼の視線はまだウィンドウへ向いていた。
ユニークシナリオ。
その単語だけでも特別感は十分すぎる。
しかも条件達成型。
普通に探索しているだけでは出てこない類のイベントだということは、ゲームをやってきた感覚だけでも分かる。
「……これ、絶対レアなやつだよな」
そう呟きながら、えびす天丼はもう一度YES/NOの表示を見つめた。