《兎の国》が交流先として解放されたあと、えびす天丼は案内役のように先を歩いていくエミィルの後ろを追いながら、改めて周囲へ視線を巡らせていたが、城の内部は外から見た時以上に生活感が強く、ただ豪華なだけではなく実際に“国として動いている”ことが分かる空気で満ちており、通路を歩いているヴォーパルバニーたちもそれぞれ役割を持って動いているらしく、武器を運んでいる者もいれば、大量の野菜を抱えて走っている者もいる。
「……本当に普通に生活してるんだな」
そう呟きながら周囲を見ていると、エミィルが得意げに振り返る。
「当然ですわ!」
「我らヴォーパル、戦うだけではありませんもの!」
「まぁ、料理番って言ってたしな」
「ふふん、わたくし料理には自信がありますのよ!」
耳をぴんっと立てながら胸を張るエミィルを見て、えびす天丼は少し笑う。
最初は妙に勢いのある兎だと思っていたが、料理の話になると明らかにテンションが変わる。
しかも、さっきのヴァイスアッシュとのやり取りを見る限り、この国では料理人としてかなり立場が高いらしい。
「……そういえば、結構評価されてたよな」
「当然ですわ!」
エミィルが再び胸を張る。
「わたくし、《兎の国》が一人、《料理番》エミィルですもの!」
「いや、その肩書き毎回ちゃんと言うな……」
「大事ですわ!」
そんなやり取りをしながら廊下を進んでいくと、次第に香ばしい匂いが漂い始める。
肉の焼ける匂い。
スープの匂い。
香草の香り。
「……あ、なんか腹減ってきたな」
「着きましたわ!」
エミィルが勢いよく扉を開く。
その先に広がっていたのは、巨大な厨房だった。
並んだ調理台。
大鍋。
吊るされた肉。
大量の食材。
そして、その中を走り回るヴォーパルバニーたち。
「……うわ、すご」
思わず声が漏れる。
規模が違う。
普通の料理屋どころではない。
巨大なレストランの厨房をそのままファンタジー化したような空間で、しかもそこを動いているのが全員ヴォーパルバニーという光景が妙にカオスだった。
「エミィル様!」
「人族を連れてきましたの!?」
「しかもカシラのところから直接ですわ!」
厨房のヴォーパルバニーたちがざわつき始める。
完全に注目されている。
「……なんか、さっきからずっと注目されてる気がするな」
「当然ですわ!」
エミィルは気にした様子もなく調理台へ飛び乗る。
「この方、ルミナスガルを料理したんですのよ!」
その瞬間、厨房全体が静かになる。
「……主を?」
「料理したんですの?」
「しかも人族が?」
ざわざわと広がる声。
「いや、なんか毎回反応大きいな……」
そう呟くえびす天丼を見ながら、エミィルは満足そうに頷く。
「というわけで!」
ぴしっと耳を立てる。
「料理修行ですわ!」
「……はい?」
思わず聞き返す。
だがエミィルは気にせず続ける。
「ルミナスガルをあそこまで扱えるなら、基礎を覚えればもっと伸びますわ!」
「いや、別に料理人目指してるわけじゃ――」
「甘いですわ!」
エミィルがずいっと身を乗り出す。
「食材を扱う以上、料理は避けて通れませんの!」
「いや、まぁそれは分かるけど……」
「分かるなら問題ありませんわ!」
完全に押し切られる。
周囲のヴォーパルバニーたちも「修行ですわ!」「料理ですの!」と妙に盛り上がっている。
「……なんか流れ決まってない?」
「もちろんですわ!」
エミィルは満面の笑みだった。
そのまま調理台の上へ大量の食材が運ばれてくる。
野菜。
香草。
魚。
肉。
そして見慣れないキノコまで並んでいる。
「……いや、量多くない?」
「基礎ですわ!」
「基礎って量だったっけ……」
そう返しながらも、えびす天丼は自然と食材へ視線を向ける。
種類が多い。
しかも見たことのない素材もかなり混ざっている。
「……これ、全部使うのか?」
「もちろんですわ!」
エミィルは包丁を持ち上げる。
「まずは切り方からですの!」
「お、おう……」
そのまま始まった修行は想像以上に本格的だった。
包丁の入れ方。
火加減。
焼く順番。
素材ごとの処理。
しかもエミィルはかなり細かい。
「そこですわ!」
「火が強すぎますの!」
「切る厚みを揃えるんですのー!」
「……いや、料理ゲー始まったなこれ……」
そう呟きながらも、えびす天丼は少しずつコツを掴み始める。
魚を捌く感覚は、釣りをやっていたおかげでそこまで悪くない。
火加減も、最近料理を繰り返していたおかげで以前より理解できる。
「……あ、なるほど。こうすると火通り変わるのか」
「そうですわ!」
エミィルが嬉しそうに耳を跳ねさせる。
「その感覚を覚えるんですの!」
調理を繰り返す。
焼く。
切る。
味を見る。
修正する。
その繰り返しの中で、えびす天丼は少しずつ料理が“作業”ではなく、“調整”なのだと理解し始めていた。
「……面白いな、これ」
思わずそう漏れる。
釣りと似ている。
ただ手順をなぞるだけではなく、素材や状況によって変わる感覚を合わせていく必要がある。
「ふふん、分かってきましたわね!」
エミィルが得意げに笑う。
「料理は奥深いんですのよ!」
「……なんか、ちょっと分かってきた気がする」
そう言いながら焼き上がった料理を見下ろす。
まだ完璧ではない。
だが、最初より明らかに良くなっている。
その感覚が妙に嬉しくて、えびす天丼は自然と口元を緩めていた。