サンラクと食堂でしばらく話したあと、えびす天丼は《兎の国》の城を出て、一人で中央通りを歩いていたが、相変わらず周囲では大量のヴォーパルバニーたちが忙しそうに動き回っており、荷車を押している者や武器を運んでいる者、鍋を抱えたまま走っていく者までいて、最初はファンタジー感の強い場所だと思っていたこの国にも、ちゃんと“生活”があるのだと少しずつ実感し始めていた。
「……なんか、思ったより普通に暮らしてるんだよな」
そう呟きながら通りを歩く。
もっと隠された秘境みたいな場所を想像していた。
だが実際には、一つの国家としてちゃんと機能している。
しかも、その生活の中心に“食”がかなり強く組み込まれている気配がある。
肉を運ぶ兎。
野菜を抱える兎。
香草を乾燥させている兎。
料理番であるエミィルの立場が高かった理由も、少し分かる気がした。
「む?」
歩いている途中、道端で箱を抱えて困っているヴォーパルバニーが目に入る。
木箱の中には大量の野菜。
だが箱が重いのか、ふらふらしている。
「……大丈夫か?」
そう声をかけると、ヴォーパルバニーがこちらを見る。
「お、お手伝いしてくださいますの!?」
「まぁ、持つくらいなら」
そう言いながら箱を受け取る。
見た目よりかなり重い。
根菜系が大量に入っているらしい。
「どこまで運べばいい?」
「農場ですわ!」
そう言われ、そのまま案内されながら通りを進んでいく。
城下を抜ける。
住宅区を通る。
その先に広がっていたのは、巨大な農場だった。
「……うわ、広っ」
思わず声が漏れる。
一面の畑。
並ぶ作物。
果樹。
水路。
しかも、普通の野菜だけではない。
青く発光している葉物。
妙に大きい根菜。
現実では見たことのない作物まで並んでいる。
「ここ、《兎の国》の食材を育ててる場所ですの!」
案内していたヴォーパルバニーが誇らしげに耳を立てる。
「……いや、これ普通にすごいな」
近づいてみる。
土の状態も綺麗だ。
水路も整備されている。
適当に作っている感じがしない。
「ちゃんと管理してるんだな」
「当然ですわ!」
近くにいた別のヴォーパルバニーが胸を張る。
「食材は大事ですもの!」
「エミィル様もよく見に来ますの!」
「へぇ……」
そう言いながら畑を見渡していると、一角だけ妙に厳重に囲われている場所が目に入る。
柵。
注意札。
そして、その周囲を見張っているヴォーパルバニーたち。
「……あそこは?」
そう聞くと、案内役のヴォーパルバニーが少し声を潜める。
「特別区画ですわ」
「特別?」
「魔力を多く含む食材を育ててますの」
その言葉に、えびす天丼は少し興味を引かれる。
「……魔力食材って、そんなちゃんと分類されてるのか」
「されてますわ!」
ヴォーパルバニーは耳を揺らしながら頷く。
「料理によって味も効果も変わりますもの!」
「……あー、なるほど」
このゲームらしい。
単純な回復アイテムではなく、“料理そのもの”へかなり力が入っている。
そう考えながら農場を歩いていると、不意に香ばしい匂いが流れてくる。
視線を向ける。
畑の端。
そこでは数匹のヴォーパルバニーたちが、採れた野菜をその場で焼いていた。
「食べますの?」
「え、いいのか?」
「もちろんですわ!」
差し出された串焼きを受け取る。
焼かれていたのは細長い根菜だった。
軽く塩が振られている。
「……いただきます」
齧る。
次の瞬間。
「……あ、甘っ」
思わず声が漏れる。
焼いただけなのに、驚くほど甘い。
しかも水分が多く、噛むたびに旨味が広がる。
「うまいですわよね?」
「いや、普通にレベル高いなこれ……」
そう返しながらもう一口食べる。
素材がいい。
だからシンプルな調理でも成立している。
最近料理を始めたからこそ、その凄さが少し分かる。
「……なんか、料理覚えてから食材見るのも楽しくなってきたな」
そう呟くと、周囲のヴォーパルバニーたちが嬉しそうに耳を揺らした。
「良いことですわ!」
「食材を知るのは大事ですの!」
「今度エミィル様にも教わるといいですわ!」
「……いや、あの人の修行ちょっと厳しいんだよな」
思わず苦笑する。
だが、不思議と嫌ではなかった。
釣りから始まったはずなのに、気づけば料理を覚え、食材に興味を持ち、こうして農場まで見に来ている。
「……ほんと、このゲーム寄り道が終わらないな」
そう呟きながら、えびす天丼は広大な畑をもう一度見渡した。