えびす天丼は再び樹海窟近くの湖へ通いながら、以前よりも少しだけ落ち着いたペースで釣りを続けていた。
ネームドモンスターだったルミナスガルを釣り上げて以降、この湖そのものへの警戒感は多少増えたものの、逆に言えば、それだけこの場所には他では見られない魚や素材がいるということでもあり、釣り人としての興味はむしろ強くなっている。
しかも、エミィルから料理を教わったことで、以前より“釣ったあと”のことまで考えるようになっていた。
どんな味なのか。
どう火を入れるべきか。
脂は多いのか。
香草に合うのか。
そういうことを自然に考えるようになっている。
「……なんか、完全に料理とセットになってきたな」
そう呟きながらロッドを振る。
ルアーが水面へ落ち、小さな波紋が広がる。
静かな時間だった。
樹海窟特有の薄暗さ。
遠くで流れる水音。
風で揺れる木々。
以前なら、ただ魚を釣るだけで満足していた。
だが今は、この時間そのものが妙に落ち着く。
「まぁ、これはこれで好きなんだけどな……」
そう言いながらリールを巻く。
反応はない。
だが、それも嫌ではない。
何投か繰り返していると、不意に後ろから声が飛んできた。
「お、また釣りしてるのか」
振り返る。
そこにいたのは、以前サードレマの釣具屋で話したプレイヤーだった。
中型の槍を背負った男性プレイヤーで、何度かこの湖周辺でも見かけている。
「あ、どうも」
「相変わらず通ってんなぁ」
「まぁ、ここ落ち着くんで」
そう返すと、相手は少し笑う。
「分かる。ここ、雰囲気いいんだよな」
そのまま隣へ腰を下ろし、相手も釣竿を取り出す。
どうやら同じく釣り目的らしい。
「最近どう? 釣れてる?」
「まぁ、それなりに」
ネームドのことはさすがに伏せる。
あれは普通に騒ぎになりそうだった。
「そっちは?」
「俺? 最近は海行こうか迷ってる」
その言葉に、えびす天丼の手が少し止まる。
「……海?」
「あれ、知らない?」
男性プレイヤーが少し驚いた顔をする。
「サードレマから南側進むと港町あるぞ」
「港町……」
その単語だけで少し興味が湧く。
「そこ、海釣りできるんだよ。まだ俺も数回しか行ってないけど」
「へぇ……」
えびす天丼は少し視線を湖へ戻す。
海。
現実では何度か行ったことがある。
防波堤。
潮風。
広い水平線。
そして、川や湖とは全く違う魚。
「……海釣りか」
思わず小さく呟く。
その響きだけで、少しわくわくした。
「魚のサイズも結構違うぞ」
男性プレイヤーが続ける。
「あと、使うルアーも結構変わる」
「やっぱりそうなんだ」
「水の重さ違うし、魚も引き強いからなぁ」
その話を聞きながら、えびす天丼の頭の中では自然と想像が広がっていく。
海用のルアー。
大きな魚。
広いフィールド。
そして――料理。
「……海魚って、料理するとどうなんだろうな」
気づけば、そんな言葉が口から漏れていた。
男性プレイヤーが笑う。
「お、料理やってんの?」
「最近ちょっと」
「なら海行った方が楽しいかもな。魚の種類かなり変わるし」
「へぇ……」
ますます気になってきた。
湖魚とは味も違うだろう。
脂の乗り方も違うかもしれない。
塩焼きだけじゃなく、別の料理も試せるかもしれない。
「……なんか、ちょっと興味出てきたな」
「だろ?」
男性プレイヤーが得意げに笑う。
「海はロマンあるぞー」
「ロマンかぁ……」
そう呟きながら、えびす天丼は改めて湖を見る。
この場所は好きだ。
静かで、落ち着く。
だが、だからこそ余計に思う。
このゲームには、まだ見ていない景色が山ほどある。
樹海窟。
兎の国。
ネームドモンスター。
そして今度は海。
「……行ってみるか、港町」
そう呟いた瞬間だった。
ぐっ――と、手元へ重い感触が走る。
「おっ!?」
ロッドが大きくしなる。
湖面が激しく波打つ。
「おお、でかそうじゃん!」
隣のプレイヤーが声を上げる。
えびす天丼は慌てて体勢を整えながら、強く引く魚へ集中する。
海への興味は、また少しあとだ。
今はまず、この引きを楽しむ方が先だった。