サードレマ近郊の湖で釣りを終えたあと、えびす天丼は街へ戻りながら、さっき聞いた“港町”の話をずっと考えていた。
海釣り。
それまで、どちらかと言えば湖や川の釣りばかりに意識が向いていた。
樹海窟の湖を見つけてからは特にそうだ。
だが、海には海の魚がいる。
海用のルアー。
海特有の引き。
そして、海魚の料理。
考えれば考えるほど興味が湧いてくる。
「……海かぁ」
そう呟きながらサードレマの通りを歩く。
夕方が近い時間帯ということもあり、街中はかなり賑わっていた。
露店から漂う肉の匂い。
行き交うプレイヤー。
NPCたちの呼び込み。
以前は情報収集だけで精一杯だったこの街も、今ではだいぶ歩き慣れている。
そのまま宿へ戻ろうとした時だった。
頭の上の帽子が小さく揺れる。
「海が気になりますの?」
「うおっ」
突然喋った。
慌てて周囲を見る。
幸い、近くに人はいない。
「……街で喋るなって言っただろ」
小声でそう返す。
すると帽子が少し不満そうに揺れる。
「周囲確認しましたわ!」
「ちゃんと確認してたのか……」
「当然ですわ。完璧な帽子ですもの!」
「喋る時点で完璧じゃないんだよなぁ……」
思わず苦笑する。
だが、そのまま帽子を軽く押さえながら答える。
「まぁ、ちょっと気になってる」
「海魚は美味ですわ!」
即答だった。
「やっぱそうなんだ」
「特に脂の乗った魚は焼いても煮ても絶品ですの!」
帽子が興奮したように揺れる。
完全に料理目線だった。
「行くなら、どこがおすすめなんだ?」
そう聞くと、エミィルが少しだけ得意げな声になる。
「フィフティシアですわ!」
「フィフティシア?」
初めて聞く街の名前だった。
「海沿いの大きな港町ですの!」
「今は新大陸へ向かう人族たちの門出の街として有名ですわね!」
「新大陸?」
「大型アップデートで解放された地域ですの!」
帽子がぴょこんと揺れる。
「昔は、フィフティシアが人族プレイヤーたちの到達できる最後の街だったんですのよ?」
「へぇ……」
えびす天丼は少し驚く。
つまり、以前の最前線。
今ではそこからさらに先へ進めるようになったが、それでも大陸の境界に近い重要拠点ということらしい。
「だから今でも人が多いですわ!」
「冒険へ出る者、帰ってくる者、船乗り、商人、釣り人……いつも賑わってますの!」
「……なんか、良いなそれ」
自然とそんな言葉が漏れる。
海辺の港町。
プレイヤーたちの拠点。
新大陸への玄関口。
聞けば聞くほどワクワクしてくる。
「海釣りする人も多いのか?」
「多いですわ!」
「大型船から釣る人もいますし、堤防で釣る人もいますわね!」
「船釣りまであるのか……」
思わず足が止まりそうになる。
このゲーム、本当に細かい。
川と湖だけでも十分深かったのに、海まで広がれば何がいるのか想像もつかない。
「……海用のルアーとかも必要かな」
そう呟くと、エミィルが嬉しそうに反応する。
「必要ですわ!」
「やっぱりか」
「海魚は引きも強いですし、湖とは動き方も違いますもの!」
「へぇ……」
ますます面白そうだった。
サードレマへ来た時もそうだったが、新しい街を知る瞬間は妙にわくわくする。
知らない景色。
知らない魚。
知らない食材。
このゲームは、そういう“次の興味”が次々出てくる。
「……ほんと終わらないな、このゲーム」
そう苦笑すると、帽子が楽しそうに揺れた。
「良いことですわ!」
「まぁ、そうなんだけどな」
そのまま宿へ戻りながら、えびす天丼は頭の中で予定を組み始める。
まずは準備。
海用の道具。
予備ライン。
新しいルアー。
それから移動用のアイテム整理。
「……次の目的地、決まったかもな」
小さくそう呟く。
すると帽子が満足そうに揺れた。
「フィフティシアは良い街ですわ!」
「行ったことあるのか?」
「ありますわ!」
「帽子で?」
「その時は帽子じゃありませんでしたわ!」
「そりゃそうか……」
思わず笑いながら、えびす天丼は夕暮れのサードレマを歩いていく。
次の目的地は海。
フィフティシア。
かつて最果てだった港町を思い浮かべながら、えびす天丼は少しだけ歩く速度を速めた。