フィフティシアへ向かうと決めた翌日。
えびす天丼はサードレマの宿で装備と持ち物を確認しながら、小さく息を吐いていた。
インベントリにはいつもの釣具。
予備ライン。
料理用の簡易調理器具。
それから、エミィルから半ば強制的に持たされた香草セット。
「……なんで香草だけこんな多いんだよ」
そう呟くと、頭の上の帽子が小さく揺れる。
「海魚は香り付けが重要ですの!」
「はいはい……」
慣れてきた自分が少し嫌だった。
最初は“喋る帽子”への違和感が凄かったはずなのに、今では普通に会話している。
「ちゃんと周囲確認してから喋ってるんだろうな?」
「完璧ですわ!」
「その自信どこから来るんだ……」
苦笑しながら立ち上がる。
窓の外では朝日が街を照らし始めていた。
行き交うプレイヤー。
露店準備を始めるNPC。
活気のある朝だった。
サードレマにもだいぶ慣れた。
最初は大きな街だと思っていたが、今では釣具屋の位置も、安い飯屋も、素材屋の場所も自然と思い出せる。
だが、だからこそ次へ行きたくなる。
まだ見ていない景色がある。
まだ知らない魚がいる。
「……よし、行くか」
そう呟きながら宿を出る。
石畳の通りを歩き、南門へ向かう。
フィフティシアへの道は長い。
エミィルの話では、途中に中継街《フォスフォシエ》を挟む形になるらしい。
「フォスフォシエってどんな街なんだ?」
歩きながらそう聞くと、帽子がぴょこんと揺れる。
「水路都市ですわ!」
「水路?」
「街中に水路が張り巡らされてますの!」
「へぇ……」
少し想像する。
運河みたいな街だろうか。
「水運が盛んで、川魚料理も有名ですわね!」
「……また料理の話になったな」
「大事ですもの!」
即答だった。
だが、実際気になる。
サードレマ周辺ともまた違う魚がいるかもしれない。
「フォスフォシエから先へ進むと海風の匂いがしてきますわ!」
「海風かぁ……」
そう呟きながら門を抜ける。
外へ出ると、街道には既に多くのプレイヤーが歩いていた。
商人風のプレイヤー。
パーティを組んだ冒険者。
大型モンスターの素材らしきものを運ぶ者。
中には海を目指しているらしいプレイヤーもいる。
「フィフティシア着いたらまず船乗る?」
「いや先に市場だろ」
「釣りするなら港行こうぜ!」
聞こえてくる会話だけで、港町の賑わいが伝わってくるようだった。
「……なんか、ちょっとテンション上がるな」
えびす天丼がそう漏らすと、帽子が楽しそうに揺れる。
「海は良いですわ!」
「エミィル、結構海好きなんだな」
「魚が美味しいですもの!」
「結局そこなんだよな……」
思わず笑う。
そのまま街道を進む。
道の両脇には草原が広がり、遠くではモンスターと戦うプレイヤーたちの姿も見える。
だが、えびす天丼は戦闘へ向かうことなく、一定の速度で歩き続ける。
急ぐ旅ではない。
景色を見ながら進むくらいでちょうどいい。
途中、小さな川を越える。
その水面を見た瞬間、つい魚影を探してしまう自分に気づいて苦笑した。
「……完全に釣り人になってるな」
「良いことですわ!」
「お前、それしか言ってなくないか?」
「良いことだから問題ありませんわ!」
そんなやり取りをしながら、えびす天丼は街道を南へ進んでいく。
目指すはフォスフォシエ。
その先にある海の街、フィフティシア。
まだ見ぬ海を思い浮かべながら、えびす天丼はゆっくりと次の街へ向かって歩き続けた。