フォスフォシエへ到着した翌日。
えびす天丼は宿の窓から見える水路をぼんやり眺めながら、小さく息を吐いていた。
朝の街は静かだった。
とはいえ、完全に静かなわけではない。
船着場では既に小舟が動き始めており、水をかく音が遠くから聞こえてくる。
水路沿いでは露店の準備をしているNPCたちの姿も見えた。
「……なんか、サードレマと空気違うな」
そう呟く。
サードレマは冒険者の街という感じだった。
活気があり、騒がしく、どこか前線基地っぽい空気がある。
だがフォスフォシエは違う。
水の流れる音が街全体を包んでいて、どこか落ち着いている。
「良い街ですわよね?」
頭の上の帽子が揺れる。
「まぁ、かなり好きかも」
素直にそう返す。
窓の外を見ているだけでも飽きない。
橋を渡る人。
水路を進む船。
水辺で魚を捌いているNPC。
生活感が強い。
「今日はどうしますの?」
「んー……」
えびす天丼は少し考える。
本来なら、海へ向かう前準備を進める予定だった。
海用ルアーも見たい。
港も見たい。
だが――
「今日は街見て回りたいかも」
そう言葉が出た。
すると帽子が楽しそうに跳ねる。
「観光ですわね!」
「まぁ、そんな感じ」
急ぐ旅じゃない。
せっかく新しい街へ来たのだから、まずは空気を知りたかった。
宿を出る。
石畳の道を歩き、水路沿いへ向かう。
朝日が水面へ反射し、街全体が淡く光って見えた。
「……うわ」
思わず声が漏れる。
綺麗だった。
ゲームだと分かっていても、景色として普通に見入ってしまう。
「ここ夜も綺麗そうだな」
「夜景も人気ですわ!」
「やっぱりかぁ……」
水路沿いを歩いていく。
途中、小さな橋を渡る。
下を覗き込むと、水の中を魚が泳いでいた。
「……これ釣れるのかな」
気づけばそんなことを考えている。
完全に釣り人思考だった。
「釣れますわ!」
「やっぱり?」
「でも街中の水路は許可区域ありますわよ?」
「ちゃんとルールあるんだ……」
「当然ですわ!」
帽子が得意げに揺れる。
そのまま歩いていると、水路沿いの市場へ辿り着く。
そこはかなり賑わっていた。
魚。
貝。
甲殻類。
見たことのない海産物まで並んでいる。
「……うわぁ、すご」
思わず立ち止まる。
特に目を引いたのは巨大な魚だった。
人の上半身ほどあるサイズで、青銀色の鱗が朝日を反射している。
「これ海で釣れるのか?」
「中型ですわね!」
「これで!?」
思わず声が大きくなる。
海怖い。
だが同時に、めちゃくちゃワクワクした。
「お兄さん海釣り興味ある感じ?」
不意に露店のNPCが話しかけてくる。
「え、まぁちょっと」
「ならフィフティシア行くといいよ。今の時期、大物上がってるから」
「やっぱ有名なんだな」
「そりゃもう。今じゃ新大陸行く冒険者の拠点でもあるし、海釣り勢の聖地みたいになってるからねぇ」
海釣り勢の聖地。
その響きだけでかなり惹かれる。
「……めちゃくちゃ行きたくなってきたな」
「行く前にルアー揃えた方がいいよ。海は魚の引き違うから」
「やっぱそうなんですね」
「あとラインも予備持っときな。切られる時は普通に切られる」
その言葉に、ルミナスガル戦の記憶が蘇る。
鋭く噛み切られたライン。
あの時の感触を思い出し、えびす天丼は少しだけ真顔になった。
「……予備、絶対いるな」
「でしょう!?」
帽子が揺れる。
「海は準備大事ですわ!」
「分かってるって」
そう返しながら市場を歩く。
香ばしい匂いが流れてくる。
視線を向けると、水路沿いで魚串を焼いている屋台が見えた。
炭火。
焼ける音。
滴る脂。
「……あれ絶対うまいやつだろ」
「食べますの?」
「食べる」
即答だった。
屋台へ近づく。
焼かれていたのは白身魚らしい。
表面には軽く香草が振られている。
「一本ください」
「はいよ!」
受け取った串からは湯気が立っていた。
齧る。
「……っ、うまっ!?」
思わず目を見開く。
皮は香ばしい。
中はふわふわだ。
しかも、ほんのり塩気のあとに甘みが来る。
「これ、めちゃくちゃうまいな……!」
「でしょう!」
帽子が嬉しそうに揺れる。
「海魚は火を入れた時の香りが強いんですの!」
「いやぁ……これ海行く前から期待上がるな……」
そう言いながらもう一口食べる。
水路の街。
魚市場。
海産料理。
そして、その先にある港町フィフティシア。
「……ほんと、このゲームどこ行っても楽しいな」
自然とそんな言葉が漏れた。