ファステイア外、同じ川辺。
あれから、何度か“当たり”を引いた。
最初は偶然だと思っていたが、回数を重ねるほどに確信に変わる。ここには普通の魚に混じって、明確に“別枠”の獲物がいる。しかも、場所と流れ、時間帯で出やすさが変わる。単に運だけではなく、選び方で引き寄せられる類のやつだ。
糸を垂らす前に、立つ位置を決める。流れの芯ではなく、その外縁。底の起伏が変わる場所。水面の反射が微妙に歪むところ。
「……ここだな」
呼吸を整えて、糸を落とす。
待つ。
最初の小さな揺れは見送る。次も見送る。浅い反応は切る。引くのは一拍遅らせる。無駄に竿を動かさない。
この数日で覚えたことは、思ったより多い。釣りというより“選別”に近い。来たものを全部引き上げるんじゃなくて、来る“前”の違いを拾う。
水面の一点が歪む。
「……来たな」
引き込まれる。
軽くはない。だが、重すぎもしない。前よりも、どのくらいの強さかが分かる。
「これは……中か」
巻く。寄る。戻される。
焦らない。張りを保つ。テンポを崩さない。
引き上げる。
水面が割れ、跳ねる。
視界に出る表示。
【牙魚バイトフィッシュ】
「はい、いつもの」
そのまま地面に叩きつける。
びちり、と跳ねる。すぐにこちらへ向き直る。
初見のときほどの緊張はない。動きはもう読める。
「……来いよ」
低い軌道。横へ流す。半歩下がってかわす。
すれ違いざまに刃を当てる。
浅いが入る。
リアリティ寄りの当たり判定だから、雑に振っても意味はない。角度とタイミングが合えばちゃんと通る。合わなければ何も起きない。そこはシビアだが、その分納得はできる。
牙魚バイトフィッシュが跳ねる。連続。軌道を変える。
「はいはい、そこな」
溜めを見て、踏み込む。
今度は少し深く入る。
体がぶれる。動きが鈍る。
間を詰める。かわす。入れる。
やることは単純だが、雑にやると普通に持っていかれる。油断しない程度に慣れる、というやつだ。
最後の一撃で、体がポリゴンに崩れる。
残る光を拾う。
【バイトフィッシュの硬鱗】
【バイトフィッシュの牙】
【濁り油袋】
「……だいぶ溜まったな」
インベントリを開く。数が揃ってきている。硬鱗は軽装の補強に使えそうだし、牙は加工すれば針や矢尻にできるかもしれない。油袋は……調薬か、燃料か。試せば分かる。
こうやって“次の使い道”を考えられるのが、たぶんこのゲームのいいところだ。
そのまま何度か繰り返す。
小型を避け、中型を拾い、モンスターを選ぶ。位置を変え、流れを読む。時間帯も少しずつずらしてみる。昼よりも、日が傾いた時間の方が出やすい気がする。
「……偏りあるな」
仮説を立てて、試す。外れることもあるが、当たると次が楽になる。やっていることは単純だが、積み重ねが効く。
気付けば、何度目かのレベルアップの通知が重なっていた。
「……上がったな」
最初は釣りだけで上がると思っていなかった。だが、モンスターを引き上げて対処する流れができてから、経験値の入り方が変わった。戦闘を目的にしなくても、結果として戦っている。
それでいい。
川から少し離れて、腰を下ろす。
インベントリを整理する。素材のスタックをまとめ、使えそうなものに目星を付ける。いくつかはその場で簡易加工してみる。牙を削って針にする。硬鱗を薄く削って補強材にする。やり過ぎると素材が足りなくなるから、試す程度に留める。
「……十分だな」
ファステイアに戻って売る分と、手元に残す分を分ける。所持金も、最初に比べればだいぶ余裕が出てきた。強化釣り竿の修理や買い替えも、もう怖くない。
川を振り返る。
同じ水面だが、最初に来たときとは見え方が違う。どこに落とせばいいか、どこで待てばいいか、どの揺れを切るか。分かることが増えた分、単なる風景ではなくなっている。
「……ここでやれることは、一通りやったな」
やり残しがないわけじゃない。もっと効率を詰める余地もあるし、時間帯の検証も足りない。だが、同じ場所に居続ける理由は薄くなってきた。
次に行くべき場所がある。
セカンディル。
サンラクに言われたから、というわけでもない。自分で区切りがついたからだ。
「……行くか」
立ち上がる。
装備を確認する。竿、ナイフ、簡易の補強。問題ない。
ファステイアに戻る前に、最後に一投だけ入れる。
糸を垂らす。
待つ。
小さな揺れは見送る。
もう一つ、少しだけ強い揺れ。
引かない。
さらに一拍。
水面が歪む。
「……最後は、これでいい」
引く。
手応えは中。
無理に欲張らない。
引き上げる。
【中型魚】
「……十分だな」
インベントリに収めて、竿を仕舞う。
歩き出す。
ファステイアへ戻り、売るものを売って、足りないものを補充する。準備が終われば、そのまま街道へ出るだけだ。
急ぐ必要はないが、立ち止まる理由もない。
「……次だな」
えびす天丼は、川を背にして歩き出す。
同じことを繰り返して積み上げた分だけ、次に進める。
それが分かっただけでも、ここに来た意味はあった。
次の街へ。
少しだけ楽しみな気持ちを持ったまま、足を進める。