不定期更新になりますが、暇つぶし程度に楽しんでいただけると幸いです。
男性の「逃げろ」という悲痛な叫び。女性の悲鳴のような声。赤ん坊の泣き声。
寝室で独り寝ていたはずの■■は、自分の住んでいる場所ではあり得ない悲痛な声で瞼を開いた。
すると目の前にいたのは、髪が無く、鼻は削ぎ落されている蛇のような青白い男。
そんな青白い男が、■■へ棒を突き付けている。
(……は?)
■■は何故か、目の前の男に見覚えがあるような気がしていた。
だが現実でこんな男に会ったことも無ければ、棒を突き付けられる理由も……棒?
青白い男が突き付けているのは棒だ。少し横を見れば、どこか見覚えのある赤髪の女性も、青白い男へと棒を突き付けている。
銃でもナイフでもなく、棒だ。
青白い男の服装はかなり中世的だが、女性の服装はかなり近代に見える。それもごく最近の。具体的に言えば90年代か少し前くらいの服装だ。
どうやら家の中にいるようだが、建物の内装から見てかなり近代的なものが置かれている。
ここまでの文明を持つ世界ならば、棒を突き付けるなんて遊びでしかない。子供のころにやったことのある棒や箒を使った決闘ごっこのような。
だが、赤髪の女性は真面目な顔で青白い男へと棒を突き付けており、青白い男も真面目な顔で■■へと棒を突き付けている。
……棒か。だが、そんなことがあり得るのか?
■■が考えを纏めている間にも状況は動き続ける。
青白い男は■■へと突き付けていた棒を赤髪の女性へと向け直し、棒の先端から閃光を放出する。
閃光が当たるよりも前に女性が"プロテゴ"と呟くと、女性の周りに青白い薄く光っているドームが形成された。
棒。閃光。プロテゴ。青白い禿げ。赤髪の女性。よく見れば隣には赤ん坊が泣きわめいている。
そして■■の身体もまるで赤ん坊のようなぷにぷにの手だ。
間違いない。これは。
■■が確信を持つよりも早く、青白い男は棒──杖を振り上げる。そして、かつて飽きるほど見て聞いた言葉を力強く発した。
「Avada・Kedavra!」
突き付けられた杖の先端から発せられる緑の閃光。当たればどんな手段を用いても死ぬ。全ての呪文の中で最も邪悪で、しかし効率だけを求めた美しい呪文。ただ効率だけを求めた死の呪文が、隣にいた赤ん坊──ハリー・ポッター目掛けて進んでいく。
このままではハリーは死んでしまうだろう。だがそうはならない。これは物語の始まりだ。
赤髪の女性──リリー・ポッター。旧姓リリー・エバンズが杖を放り出して■■とハリーのいる場所へと手を伸ばすと、溢れ出した白い光がハリーに絡みつき、ついでといわんばかりに■■へも絡みつく。
死の運命にいないものが、死の運命にいる者を自身の命を捨ててでも助けようとした時。とてつもない愛によってしか発動しない古代の魔法。この世で唯一、死の呪文を防ぎきる愛の魔法が、ハリーへと突き刺さるはずの閃光を青白禿げ──ヴォルデモートへと弾き返した。
瞬間、爆音が響き、青白い禿げはその場から消失して家は吹き飛んで冷たい雨が降り注ぐ。
額に傷を刻まれた痛みからか。分霊箱へと変貌したからか。意識を失ったハリーによって雨音しか響かない場所に、一人の男が蒼白でやってきた。
「Lily!」
大きな鉤鼻に肩まで伸びた黒い髪。重たいローブを着た蝙蝠のような男──セブルス・スネイプは、床で倒れ伏すリリー・ポッターの亡骸を抱えて、悲痛な声で泣き叫ぶ。
彼こそが、ハリー・ポッターにおける裏の主人公。愛の行き違いで道を間違え、愛のために全てを捧げた男。
セブルス・スネイプはひとしきり泣き叫んだあと、ハリーと■■。……いや、■■を見て目を見開いた後、何かを決心したような表情をして独特のパチンッ、という音と共に消え去った。
姿くらましを現実で初めて見たが、とても不思議な光景だ。ホグワーツレガシーというゲームでは見たことあったが、やはり現実の方が面白い。
それにしても、セブルスがハグリッドよりも先に来る描写は映画だけだったはずだ。原作においてそのような描写はなかったと、ネットか何かで見た覚えがある。
ならばここは映画の世界か? そう思っていると、大きな身体に髭もじゃの顔をしている半巨人。ルビウス・ハグリッドがやってきた。
ハグリッドはベビーベッドにいる■■とハリーを抱えて英語でなにかしらを言った後。大きな体からは想像もつかないほど優しい手つきで抱き上げてきた。
もはや廃墟と化した建物から出ると、次に聞こえてきたのはエンジンの音。空からやってきたバイクがハグリッドの傍へと着地し、黒髪に白皙の肌、灰色の瞳をしているハンサムな男──シリウス・ブラックが降りてきた。
その顔に激情を乗せて。
英語で何を言っているのかは分からないが、原作を考えるにハリーと男を引き取ると言っているのだろう。
だがハグリッドがダンブルドアという言葉を口にすると、バイクをその場に残して姿くらましで姿を消した。
これから裏切り者であるピーターを激情のまま殺しにかかり、そして捕まるのだろう。
ああ、それにしても。ここまで来ればもはや疑いようはない。
ハグリッドがハリーという名前ともう1つの名前──■■の今世での名前を呼ぶ声を聞きながらこれからどうしようかと思考しようとするが、赤ん坊の身体は睡眠を求めているようだ。抗えないほどの睡魔が襲い掛かってきて、瞼が自然に閉じていく。
まあ、これからどうするかは起きてから考えるとしよう。
■■はそう考えながら、力強い腕の中で眠りについた。