「その他生徒が用意する物は。錫製の大型標準大鍋一つ。希望者は、梟か猫、またはヒキガエルを持ってきても良い」
明るい昼間のロンドンを歩くアイリスは、手を繋いでいるハリーが読み上げる"学校に持っていくべきものリスト"を聞きながら、これからの生活に心を躍らせていた。
「これ、全部ロンドンで買えるの?」
「店を知ってりゃな」
ハグリッドの案内でやってきたのは、黒い外観に薄れた看板が付いた怪しい店。
平然と扉を開けて入ったハグリッドに続いてアイリスとハリーも入ると、そこは会話の声がたくさん聞こえる薄暗いながらも賑やかな酒場だった。
酒場にいる人々は変な服装をしており、仮装大会で魔女や魔法使いの恰好をしているように見える。
「よおハグリッド。いつものやつかい?」
おでこが半ばくらいまで後退している白髪の店員が、親し気にハグリッドへと話しかけてきた。
ハグリッドも親しそうに答える。
「いんや、やめておこう。ホグワーツの用事でな」
ハグリッドが「ハリーとアイリスの入学準備の買い物をしにきた」と続けると、店主が大きく目を見開いて呟いた。
「やれ嬉しや。ポッターの双子か!」
店主が呟いた瞬間、場は静寂に包まれた。
アイリスとハリーが辺りを見回すと、その場にいる全ての人々の視線がアイリスとハリーへと注がれている。
アイリスが少しだけ居心地の悪さを感じていると、傍に座っていたややマグルっぽい服装に身を包んだ白髪の老人が立ち上がった。
「おかえりなさい、ポッターのお二方。光栄です」
老人はとても嬉しそうにしながらハリーと握手すると、アイリスの方へも手を差し出してきた。
ただそれはハリーによって阻止され、老人はアイリスと握手することができなかったが笑顔で元の席へと戻っていった。
そこから次々に来る大人達の「光栄です」や「お会いできてうれしい」という言葉を聞きつつ、ハグリッドに背を押されて進んでいると、頭にターバンを巻いた人物が前へと身を乗り出してきた。
「は、ハリー、っポッター。お会いできて感激です」
「やあ先生気が付かんかった。
ハリー、アイリス。クィレル先生だ。闇の魔術に対する防衛術を教えている」
ハグリッドの説明にハリーは少し眉を顰めながら「よろしくおねがいします」とだけ呟いた。
「き、君には必要ないかもしれませんがね」
お世辞だろうか。どもりながら言うクィレルに、ハリーは苦笑いを浮かべる。
「そんじゃ、もう行かんと。買い物が忙しいぞぉ!」
苦笑いするハリーに気が付いていないのか。ハグリッドは意気揚々とアイリスとハリーの背中を押しながら先へと進み始めた。
アイリスは足がもつれて倒れそうになるのを支えてくれたハリーにお礼をいいつつ、二人の前を歩き始めたハグリッドの後ろを付いていく。
「アイリス、大丈夫?」
ただこけそうになっただけなのに、ハリーは心配そうに小声で聞いてきた。
アイリスが小さく「大丈夫」と呟くと、ハリーは安心したのか前を見て歩き始める。
ハグリッドと共にやってきたのは先ほどの場所とは違う、一面が煉瓦に囲まれた場所だった。
「ええか? 今から押す順番を覚えるんだぞ?」
そう言うと、ハグリッドは懐から傘を取り出して五カ所の煉瓦を傘の先端で順番に叩いていった。
すると、ガシャガシャとまるで機械のように煉瓦がひとりでに動いて組み変わり、ハグリッドでも通れるほどの大きな穴が開いた。
「さあハリー、アイリス。ダイアゴン横丁だ」
誇らしげに言うハグリッドだが、ハリーは全く耳に入っていない様子だった。
かくいうアイリスも、ハグリッドの言葉なんて気にならないくらいには目の前の光景に釘付けになっている。
空からは光が差しており、ここが外だと言うことが分かる。
光りの降り注ぐ中世的な道を歩く人々の服装は、まさしく魔法使いと言うべきローブ姿。頭には魔女らしい帽子を被っている人が大勢いる。
アイリスとハリーが現実からファンタジーに変わった世界に見惚れていると、ハグリッドが前へと歩き始めていた。
慌てて二人で後を追うと、ハグリッドは歩きながら指を差して店の説明をしてくれる。
「羽ペンにインクはこの店。魔法に使うなんだかんだはその店で買える」
アイリスとハリーは辺りを見回して笑顔を浮かべる。
鋏のマークが描かれた服飾店だろう店や、花を売っている店。様々な店を見ながら歩いて、店頭に梟と蝙蝠が止まっている場所を通ろうとした時。急に蝙蝠と梟が飛び立ってアイリスの下へとやってきた。
「わっ!」
蝙蝠と梟はアイリスの肩に止まり、どこか満足気に胸を張っている。
「おっと、こいつらはアイリスのことを好きみたいだな」
アイリスが頬へと身体を擦りつけてくる蝙蝠と梟の背中を撫でると、二匹とも気持ちよさそうに目を閉じた。
そんな姿がとても可愛らしく見え、立ち止まって撫でていると、蝙蝠と梟がいた店の扉が開いて男性が出てきた。
「すみません、お怪我はないですかな?」
どこか心配そうに問いかけてくる店員だろう人物に頷くと、店員は安心したようにホッと息を吐き、アイリスの肩に乗る蝙蝠と梟を回収して店へと帰っていった。
店員が帰る際にアイリスを見ている蝙蝠と梟は、少し悲しんでいるように見えた。
「アイリスは動物に好かれる才能があるのかもしれんな」
ハグリッドはそう言うと再び歩き始めたので、アイリスとハリーも後ろを付いていく。
動物に好かれる。アイリスはフィッグおばさんという家に預けられた時、よく猫が周りに集まってきていたことを思い出す。
あの時はただ嬉しいとしか思っていなかったが、言われてみれば他の動物の時もすぐに仲良くなれていた気がした。
アイリスが過去を思い出していると、箒について語る少年の声が聞こえてきた。
視線を向けると、頑丈そうなケースに収納されたニンバス2000という箒を眺める少年達が見える。
箒屋さんを通り過ぎた辺りで、ハリーがハグリッドへと質問を投げかけた。
「ハグリッド、お金はどのくらいいるの? 僕たちお金なんて持ってないよ?」
「お前さんらの金ならそこにある」
そう言ってハグリッドは前を指さした。
そこにあったのは"GRINGOTTS BANK"と書かれた場所。ハグリッドいわく"グリンゴッツ魔法銀行"と言うらしい場所だった。
アイリスはこの後に待ち受けるジェットコースターに身が竦むが、拒否しても怪しまれるだけなので何も言わずにハグリッドと共にグリンゴッツの中へと入る。
グリンゴッツの中は外とは違い、かなり近代的に見える場所だった。
天井からはシャンデリアのような大きな照明が吊り下げられており、シャンデリアから出る光を磨かれた床が反射している。
そして最も特筆するべきは身長の低い人間とは思えない生物達。
長い耳に細長い指と足。鼻は大きく、とても厳格な雰囲気を漂わせている。
そんな不思議な生物が、左右に連なる机の上で書類仕事をしながらアイリスとハリーの方をチラリと見てきた。
すぐに仕事へと戻ったが、ハリーは疑問を疑問として終わらせれなかったのか。ハグリッドへと問いかける。
「ねえ、ハグリッド。そこにいっぱいいるのは、何?」
「
ハグリッドはハリーへと答えると、突き当りに座っていた帳簿だろう大きな本へと羽ペンで何かを書いている小鬼の前で咳ばらいをした。
小鬼はゆっくりと顔を上げると、ハグリッドへと視線を移した。
「ポッター家の金庫を開けたいんだが」
ハグリッドの言葉を聞いた小鬼は身を乗り出してアイリスとハリーへと声を掛けた。
「鍵はお持ちですかな、ポッター様」
当然鍵なんて持っているわけもないアイリスとハリーが顔を見合わせると、ハグリッドが「待ってくれ、どっかにあったぞ」と懐を探り始めた。
しばらく探っていたハグリッドは見つけたのか、嬉しそうに取り出して「どうだほら」と言いながら鍵を小鬼へと渡した。
そして、全く隠せてない小声で手紙を取り出して小鬼へと渡すと、小鬼は立ち上がって先導を始めた。
そしてやってきたのはどう考えても安全装置が見えないジェットコースターのような乗り物の場所。
ジェットコースターと違うのは席が横向きに付いている事と、身体を抑える安全バーが見当たらない事か。
小鬼はそんな死のジェットコースターの中央へと乗り込むと、アイリスたちへ搭乗を促してきた。
ハグリッドは嫌そうに乗り込み、ハリーもそれに続く。
ただアイリスとしては、こんな安全装置の欠片も無いものに乗るのは怖かったので、つい足が竦んでしまった。
すると、
「ポッター様、ご安心を」
小鬼が気難しい雰囲気のまま、どこか気遣うように声を掛けてきた。
ハグリッドが少し驚いた表情しているのを目に入れながら、アイリスは勇気を振り絞ってハリーの隣へと座る。
ハリーはそんなアイリスの手を握り、優しく微笑みかけてきた。
「では、出発します」
小鬼の言葉と共に、死のジェットコースターが前へと進み始める。
ジェットコースターだったら安全バーがあったり、そもそも前向きだったりで恐怖は感じないだろう。
だがこれは違う。横向きで安全バーなど無く、めちゃくちゃ怖い。なのにもかかわらず、動きはジェットコースターのように急激に落ちて行ったりする。
アイリスは思わず漏れ出る悲鳴を抑えることすらできず、ただひたすら早く終わってくれと願い続ける。
するとその願いが叶ったのか。ジェットコースターは勢いを無くしていき、まるで電車の駅のような場所で停車した。
「687番金庫です」
小鬼はジェットコースターから降りると「明かりを」と呟き、ハグリッドがジェットコースターに積まれていた明かりを手渡す。
明かりはとても大きく、ハグリッドなら片手で持てるが、小鬼だと両手で持たなければならないくらいの大きさだ。
小鬼は明かりをもったまま金属製の扉の前へと向かい、それに続いてハグリッド、ハリー、そして顔色の悪いアイリスが続く。
アイリスは心配そうに見てくるハリーの視線を感じて「大丈夫だよ」と呟くが、ハリーの心配そうな表情は変わらなかった。
アイリスとハリーがやり取りをしている間に、小鬼はハグリッドへと明かりを手渡し、代わりに鍵を受け取って扉へと差し込んだ。
すると金属の音と歯車の回るような音が鳴った後、扉は外向きに自動で開いた。
そうして見えたのは金の山。魔法界の通貨だろう金貨が山のように積まれている光景だった。
ただ、ハリーはそれよりもアイリスのことを見ており、アイリスもそういう状況じゃなかった。
ハグリッドは「父さん母さんが」の後に言葉をつづけようとしたが、顔色の悪いアイリスを見て少し心配になったのか「大丈夫か?」と問いかけてきた。
小鬼もこちらを見ると、「失礼」と言いながら近づいてきて腕を一振りした。
すると、アイリスの顔色はすぐさま元に戻り、まるで何事もなかったかのように正常へと戻った。
アイリスは自身の内側から悪い物が洗い流されたような感覚を不思議に思いながらも、なんとかしてくれたのが小鬼だということは明らかなので「ありがとうございます」と頭を下げた。
ハリーも同じく「ありがとうございます」と頭を下げると、小鬼は「お気になさらずに」と一言言ってから扉の脇へ歩いていった。
「あー、とりあえずお金を取ろうか」
ハグリッドは金庫の中へと足を踏み入れて適当に金貨を鷲掴みにすると、懐から取り出した袋へと詰め込んだ。
「ほれ」
ハグリッドはハリーへと金貨の入った袋を手渡す。
ハリーは袋を受け取ると、大事そうに握りながら「ありがとう」と呟いた。
用事が終わると小鬼は扉を閉めて鍵をハリーへと手渡すと、明かりを持ってジェットコースターへと乗り込んだ。
「あー、もう一個行かにゃならんが、辛いなら先に帰るか?」
心配そうに聞いてくるハグリッドに、アイリスは先ほどとは違ってしっかりと「大丈夫」と答える。
小鬼の魔法か何かのおかげで気分は元に戻ったので、あと一回くらいなら耐えれそうだ。
「そうか。辛くなったんなら言うんだぞ」
そう言ってハグリッドはジェットコースターへと乗り込んだ。
ハリーの「大丈夫?」という言葉にも「大丈夫だよ」と答えてから共にジェットコースターへと乗り込む。
先ほどのような気持ちの悪さは無くなったが、怖さは全く変わっていない。
でも一回やったことで少し慣れたのか、先ほどよりは少なくなった恐怖のおかげで周りを見る余裕ができた。
ジェットコースターは何故か上へと昇っていくが、どうやって昇っているのかが全く分からない。
物理的な現象にも見えるが、どれだけ坂道が続こうとも常に上昇し続けている。
不思議な魔法的な現象に魅入っていると、どうやら目的地に辿り着いたみたいだ。
ジェットコースターが停車して、小鬼の「713番金庫です」という声が聞こえてきた。
先ほどと同じようにみんなで降りると、小鬼は先ほどとは違う方法で扉を開ける。
鍵ではなく、爪を縦にスライドさせると、何故か扉が開いて中に置かれた小包が見えた。
ハグリッドは小包を手に取って懐へと入れると、アイリスとハリーへ「誰にも話さんでくれ」と注意してきた。
アイリスとハリーが頷くと、まるで何事も無かったかのようにジェットコースターへと戻り、元の場所へと戻り始める。
最初の場所へと戻ると、小鬼は最後に一礼してから三人の前から去っていった。
「さて、まずは服を買わにゃな」
ハグリッドはそう言うと、アイリスとハリーの前を歩き始める。
アイリスとハリーは手を繋ぎながら、ハグリッドのことを見失わないように付いていくのだった。