鼻にツンとくる嗅いだことのある匂い。背中へ感じる柔らかな感触。
アイリスがゆっくりと瞼を開けると、視界に映りこんできたのは白い天井。辺りを見回すと、病院を思わすような外観をしている。
真下を見るとふかふかのベッド。どうやら誰かによって病院に運び込まれたようだ。
はて、一体何があったのか。そう思って記憶を思い返し、すぐに気づく。ホグワーツへ向かっている途中の駅で、赤髪の女性に抱っこされたことを。
まさか子供のようにあやされるとは。アイリスが思い出して頬を赤く染めていると、ガラリ、という扉の開く音が耳に入った。
入ってきたのは赤髪のふっくらとした女性。意識を失う前に抱きかかえてくれたモリー・ウィーズリーだった。
モリーはアイリスが起きているのに気が付くと、とても嬉しそうに微笑みながら近づいてくる。
「良かった、起きたのね」
とにかく助けられたことは理解していた。そのためアイリスは上半身を起こし「ありがとうございます」と頭を下げた。
「いいのよ。それより熱は……うん、もう大丈夫そうね」
モリーはまるで我が子の無事を確認するように、アイリスの額に手を添えてホッと安堵の息を漏らす。
助けられたのは理解している。だが今日はホグワーツへ向かう日だ。なのにもかかわらず、列車に乗ることができなかった。
このままではホグワーツへ通えないのでは。まさか空飛ぶ車で向かわなければいけないのか。そんな不安が頭をよぎる。
「あ、あの、ホグワーツは」
「大丈夫よ。体調が良くなったからすぐに行けるわ」
アイリスの心配事に気が付いていたのか。アイリスが質問をすると、モリーはすぐに答えを返してくれた。
どうやら行けるみたいだ。アイリスは良かった、と胸をなでおろす。
それにしてもどうやって行くんだろう。まさか空飛ぶ車ではないだろうし。
「えっと、どうやって行くんですか?」
「煙突飛行粉でホグズミードへ行って、そこから歩きね。大丈夫、今からなら組み分けまでに着くわ」
なるほど、ホグズミード。確かお菓子が売っている所で、三年生からしか行けないと記憶している。
一年生で行けるのは少しワクワクするな。
あと、組み分けには間に合うのか。本当に良かった。
遅刻して、みんなの組み分けが終わった後に一人で組み分けをするだなんて、恥ずかしすぎて穴に入りたくなるところだった。
「良かったです。……あの、私はアイリスって言います。あなたの名前はモリーさんで合っていますか?」
「っ……そうよ、合ってるわ」
モリーは少し悲しそうな顔をする。
何故、と考えて、敬語がダメだったのかなと思いついた。
11歳が敬語を使うわけがないのを忘れていた。ダーズリー家では敬語じゃないと危ないからつい。
ただ今更外しても変な誤解をされそうなので、このまま敬語で話すとしよう。
「えっと、いつホグワーツにいけますか?」
「……そうね、もう体調は平気かしら?」
アイリスはもう一度自身の身体を確認してみる。
あれほどひどかった咳も出てこないし、身体のだるさや寒さは無くなっている。
「はい、大丈夫です」
「それじゃあすぐに行けるわ。ああ、でも、もしもホグワーツで体調が悪くなったら、すぐに医務室へ行くのよ?」
確かマダム・ポンフリーという凄い人がいるんだっけか。ハリーの無くなった骨を生やしていたのは覚えている。
「はい、分かりました。
……あっ、お金」
「いいのよ、気にしないで。
さあ、立てるかしら?」
病院ということはお金が必要なはず。なのでお金を払う意思を見せるが、受け取ってくれそうな気配ではない。
助けてくれたのだから何か恩返しをしないと。でも恩返しの方法がパッと思いつかない。
何らかのお手伝いをしようと思っても、魔法でパパっとやった方が早そうだし……。
アイリスはなんとかして恩返しができないかと考えながら、ベッドからふらふらと立ち上がる。
地面に足が付いた際に少しふらついて、モリーが心配そうにしてきたが、いつものことなので大丈夫だと答えておく。
それよりもホグワーツである。
10年だ。ホグワーツへ向かうことを希望に、あのダーズリー家で生きてきたのだ。
アイリスはわくわくする気持ちを隠し切れず頬をほころばせながら、モリーと手を繋いで病室を出て行く。
廊下を歩いている際、ここがどこかをモリーへ聞いてみると、ここが聖マンゴ病院だと答えてくれた。
ただの風邪で来れるんだ、とも思ったが、ここくらいしか病院が無さそうなので納得である。
アイリスが周りをきょろきょろと見回したり、癒者の人を見たりしながら出入り口まで向かうと、とんでもない人物が立っていた。
曖昧な記憶しかないアイリスでも知っている人物。1945年の伝説的な決闘から、現代まで最強と言われる魔法使い。
ゆったりとした服装に長い白ひげ。どこかオーラを感じるような佇まい。半月型の眼鏡に、数多の叡智を閉じ込めたかのような青い瞳。
今世紀最大の魔法使い。アルバス・ダンブルドアが、目を見開いてアイリスのことを見てきていた。
「ダンブルドア先生、まさかあなたがこられるとは思いませんでしたわ」
モリーは心の底から驚いた表情をしつつ、ダンブルドアへと近づいていく。
ダンブルドアは瞬きを一度だけ行うと驚きの表情が消え去り、親しみやすい老人へと変化した。
「なあに、生徒が大変なのだから迎えに来るのは当然じゃよ。他の先生方も皆、名乗りをあげておっての。結局はカムカムキャンデイーで勝負をして、わしが見事勝利を収めたのじゃ」
カムカムキャンディーで勝負とはどういうことなのだろうか。アイリスが首を傾げていると、モリーによって前へ押されてダンブルドアの前へとやってきた。
こうしてみると、ダンブルドアの身長はとても高くて威圧感を覚えるが、穏やかな顔のおかげでどこか安心感を覚える。
「さあ、行こうかの。モリー、君には本当に感謝せねばならんの」
「当然のことをしただけですわ」
アイリスへと優しく声を掛けてから、ダンブルドアはモリーへと視線を移した。
言われたモリーは頬に手を当てながら謙遜する。
アイリスとしては本当に感謝しかない。さすがに血痰が出るまで咳をする日は久々だったので、あのままだと列車の中で寝込むことになっていただろう。
「あの、モリーさん。助けてくれてありがとうございました」
「いいのよ、気にしないで」
気にしないでと言われてもそうはいかないので、アイリスは恩返しの方法を何とか考え出そうと心に決めた。
家事のお手伝いとかができたらいいのだが……手で手伝うとしても、アイリスじゃ邪魔にしかならないだろう。
何か無いものか……。
「それじゃあ行こうかの。アイリス、わしの手に触れてくれるかの?」
ダンブルドアはもう一度モリーへ感謝を表してから、アイリスへと手を差し出した。
アイリスが皺の目立つ手へ触れると、ダンブルドアは優しく握り返す。
そして、ダンブルドアがモリーへもう一度お礼を言った後、アイリスの目の前がぐにゃりと曲がった。
次に感じたのはとてつもない不快感。息苦しさとぐにゃぐにゃの管を通っているかのような気持ち悪さ。
目の前の景色が変わり、喧噪の聞こえる街中っぽい場所へ出た瞬間、アイリスはダンブルドアの手を離して地面に手をついた。
「うっ……」
胃がひっくり返り、何かが込み上げてくる感覚。アイリスは二度と経験したくないと思いながら、心配の声をかけてきたダンブルドアを見上げて「大丈夫です」と呟いた。
アイリスがしばらくその場で蹲っていると、気分が徐々に戻ってきた。
まるでインフルエンザに罹った時のような、39℃の熱が出ているような、とてつもない気持ち悪さだった。
アイリスはふぅ、と息を吐きながら立ち上がり、待ってくれていたダンブルドアへと頭を下げる。
「あの、先生。お待たせしてすみません」
「大丈夫じゃよ、わしも丁度日向ぼっこしたかったからの」
それが冗談でずっと心配してくれていたのを知っているが、アイリスは何も言わずにただ微笑む。
ダンブルドアも微笑み、「それじゃあ行こうかの」と皺の目立つ手を差し出してきた。
なのでアイリスも手を差し出して優しく繋ぎ、めちゃくちゃ気遣ってくれてるなぁと思いつつ、ダンブルドアの先導で歩き始めた。
ダンブルドアの口調、難しすぎますね。
頭の良い人のセリフは頭の良い人しか書けないのじゃ……。
※独自設定・独自解釈が多くなりそうなので、二つのタグを追加しました