あらすじはタイトル通りです。

※注意※
この作品には以下の要素があります。
・本編ネタバレ
・本編捏造
・オリキャラ(幽閉されていた囚人たち)

なお、設定資料集を未所持の為、乖離がある場合があります。

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第1話

大魔女とメルルが去って早数日。

死亡届の撤回には時間がかかるらしく、わたくしたちは牢屋敷に待機する事になった。

 

数多の少女が解放され、同じように一時的に牢屋敷で各々過ごしている。

そんな中、わたくしとシェリーさんは今日も今日とて洗濯をしていた。

 

「ゴシ、ゴシ、ゴシ、ゴシ、ゴシ、ですわ!」

「ゴシ、ゴシ、ゴシ、ゴシ、ゴシ、ですね!」

「悪くないじゃありませんの」

「素直に褒めてくださいよー」

「さ、次はすすいで絞ってシワを伸ばしますわよ!」

「はいなー!」

 

全員分の洗濯物……は無理ですけれど、1日20着分前後は洗っていて、この日も例外ではなかった。

 

シェリーさんは先程わたくしが言ったように洗った服を新しい水ですすいでいた。

わたくしはそれを受け取り水を絞る。

……本当はシェリーさんが絞った方が水は切れるだろうが。

 

“あっ!破れちゃいました、てへ☆”

 

それはまだ【怪力】を持っている頃。

わたくしたちじゃないわたくしたちが見た光景。

もう魔法は使えないとはいえ、毎日新しい服が支給されない今、あの記憶を思い返すと託すのが不安だった。

 

そうして何着が絞り終えた頃。

 

「痛っ」

「大丈夫ですか?ハンナさん」

「これぐらいなんて事ないですわ。そんな事よりそっちは終わりましたの?」

「えーん!心配してるのにー!」

 

喚く彼女を尻目に自分の手を見ると、ひびやあかぎれが目立った。

 

気にしても仕方ない。むしろ、兄弟で支え合いひもじく生きていたあの頃よりはマシだ。

 

洗濯物を終え、牢屋敷に戻ろうと洗濯物に背を向ける。と、目の前にはシェリーさんがいた。

 

「どうかしたんですの?」

 

彼女は答えず、じっと下を見つめていた……正確にはわたくしの手の辺りを見つめていた。

 

「ちょっと、シェリーさん?」

 

反応がないのが居心地悪く、彼女に手を伸ばそうとした。

すると、その手をガシッと掴まれる。

 

「……なんっなんですの!」

「たくさん、たくさん苦労してきたんだと思います。それはきっとハンナさんの誇りでもある気がして……だから否定はしません。でも、痛い思いはしてほしくないんです」

「シェリーさん?話が全く読めませんわ」

「私がどうにかしますね」

 

そう、独白とも捉えられる意味が分からない言葉を残した彼女は、そのままわたくしの手を引き牢屋敷へと入った。

 

牢屋敷へ入ると、ちょうどお昼時だからか食堂からいい匂いと騒がしい声がした。

 

「あ〜沁みるぅ〜」

「味噌汁っていいよねぇ、私、日本人で良かった!って思うもん」

「ジュリナちゃんのご飯、ほんっとに美味しいね」

「えっへへ、ありがとう」

 

囚人時代に提供されたご飯はそれはもう酷いものだったが、どうやら他の子の時もそうだったらしく、少女たちが解放されてすぐにジュリナ、と呼ばれた先程の彼女がご飯当番になると名乗り出てくれた。

 

なんでも、両親がレストランを営んでいたらしく、自分もある程度は料理ができるらしい。

 

「今日のお昼は何でしょうね?」

「匂いからするにブリじゃありませんこと?」

「ブリ、いいですね!」

 

提供は囚人時代と同じ、ビュッフェスタイルだ。

ご飯と味噌汁、サラダとメインのおかず。それにフルーツ。それが順に並んでいた。

わたくしたち2人は空いている席を見付け、荷物を置く。

 

それからトレーを手に取り……取ろうとして気付く。

 

ずっと手を繋いだままでしたわ!?

 

顔が熱くなるのを誤魔化すようにパッと手を離し、さっさと料理を盛り、自席に戻った。

 

「ハンナさん、随分早かったですね。そんなにお腹空いてたんですか?」

「そ、そんなところですわ」

「食べずに待っててくれるなら急がなくても同じじゃないですか?」

「いいじゃありませんの!わたくしの勝手でしょう!」

「それもそうですね!」

 

いつも通り戯れ、ご飯を食べるわたくしたち。

その間、シェリーさんは珍しくキョロキョロと周りを見渡していた。

 

「お行儀悪いですわよ」

「ごめんなさい!」

 

わたくしの言葉を素直に聞き入れ、料理に向き合い直す。

しかし、どことなく急いでいるような気がした。

 

「ご馳走様でした!ハンナさん、私用事があるのでまた後で話しましょう!」

「はいはい、いってらっしゃいな」

 

わたくしたちは常に行動を共にしているわけではない。

午前中に洗濯をし、昼食から夕食時までは別行動、夕食時に合流する。というのが大まかなルーティンとなっていた。

 

その日、わたくしはアトリエで趣味となった人形作りをしていた。

黙々と作業を進めて気付けばベランダの外が暗くなり始める。

 

そろそろ今日の作業は終わろう。そう思って片付けを始めると、なんだか廊下側からけたたましい足音が聞こえてきた。

 

「ハンナさーん!」

「そんなに慌ててどうしたんですの?」

「ちょーっと用事がありまして、防護服みたいなものってありますか?」

「防護服ぅ?あなた、そんなの何に使うんですの?」

「まぁまぁいいじゃないですか!」

「さすがに本格的な物はありませんが、長袖と長ズボンはありますわ」

「ありがとうございます!借りていきますね!」

 

わたくしからそれらを受け取るとシェリーさんは嵐のように去っていった。

 

「なんだったんですの」

 

わたくしはボソッと呟き、片付けを終えた。

ラウンジに降り、ソファでシェリーさんを待つ。

時間にして10分ほど。シェリーさんの話し声が玄関ホールの方から聞こえてきた。

 

「んじゃ、また後でね~シェリーちゃん」

「はい!その時はよろしくお願いしますね!」

 

シェリーさんはラウンジに入り、話し相手の少女は階段を昇って行ったようだった。

 

「誰と一緒だったんですの?」

「ハンナさん!あの子はハルさんって言って、今日一緒にいたんですよ!」

「そう、珍しいですわね。あなたがわたくしやエマさん以外と行動を共にするなんて」

「そうですね!いつもお2人と一緒でしたし、たまにはいいかなーって!」

 

話しながら、食堂へ移動する。

今日の夕食は煮込みハンバーグ。

トマトベースのソースとご飯が非常によく合い、おいしかった。

 

その足でシャワールームに向かう……はずだったのだが、この日のシェリーさんは違った。

 

「後程用事があるので、私はその後に入りますね!」

「あなた、今日1日バタバタしていますけれど、その用事ってなんなんですの?」

「詳しくはテントに戻ったら話しますね!」

 

答えを得られぬままわたくしはシャワーを浴び、シェリーさんはまたどこかへ駆けて行った。

シャワーを終え、フルーツをもらいに食堂に向かう。

リンゴとオレンジを1つずつ。吟味していると厨房からシェリーさんが現れた。

 

「どうしてあなたが厨房から出てくるんですの」

「ふっふっふー、これです!」

 

彼女は大き目の袋をわたくしに見せつけた。

 

「それは?」

「そんなに急かさないでくださいよ!」

「ま、どうせロクな事じゃねーんでしょうけど」

「酷いですー」

 

フルーツの吟味を終えたわたくしはシェリーさんと共に花畑方面へ向かう。

収監人数が多いためか花畑にドームテントが設置され、わたくしたち2人はその1つを借りていた。

 

やがてドームテントに到着するとシェリーさんは袋を開け、着替え始めた。

どうやら袋の中身は服一式だったようだ。

なんとなくそれを眺めつつ、先ほどの話の続きをする。

 

「それで?今度は何を企んでますの?」

「ミツバチの巣を取ろうと思いまして!」

「はぁ?ミツバチ?」

「はい!今日外を歩いていたら巣があったんです。ゴクチョーさんに確認したんですけど、国内外来種に当たる上に、最近は少しずつ増えているからどうしようかと思っていたそうで!」

「だからって、なんであなたが駆除することになったんですのよ」

「ついでに蜜蠟でも取ろうかなーって。というか、そっちが本命だったりしますね!」

「装備はあるんですの?」

「夕方、ハンナさんから借りたこれと、さっき調達したコックシューズとゴム手袋と帽子で十分じゃないですか?」

「絶対顔か首が刺されますわよ」

「その時はその時ですね!」

「こんのお気楽女」

 

着替え終わった彼女はそう言うや否やテントを出ていく。

 

「猪突猛進にも程がありますわよ……」

 

わたくしの呟きは誰の耳にも入らなかった。

それから、寝る準備をしてベッドの上で人形作りを再開する。

 

作業を続け、気付けば日付が変わりそうな時間になっていた。

 

「シェリーさん、遅いですわね」

 

こんな時間になっても彼女は帰って来ず、他のドームテントの明かりもほとんどが消えていた。

 

本当は彼女の帰りを待つ予定だったが、もう寝てしまおうと、ドームテントの電気を消し、眠りに着いた。

 

結局、朝になっても彼女が帰ってくる事はなかった。

 

その日もいつもと変わらず洗濯をしている。

いつもと違うのは、隣にシェリーさんがいない事。

ここに来てから洗濯をする時は常に隣にいたシェリーさんが今日は姿を見せない。

初めての事で少しだけ寂しさを覚えた。

 

なんだかんだ言って、楽しかったんですのね。

 

昔のわたくしは家事を楽しんでなんていなかった。

しかし、ここに来てシェリーさんと家事をする日々は楽しかった。笑っていた。そんな事に今更気付く。

 

気付いたからと言って、洗濯を中途半端にするわけにもいかず、わたくしはさっさとそれを終えた。

 

玄関ホールに入り、近くの少女に声をかける。

 

「あの、シェリーさんを見ませんでした?」

「シェリー……って、あの青髪の子?30分ぐらい前にハルと医務室に向かうの見たよ」

 

─また、ハルさん。

 

「そう、ありがとうございますですわ」

「いーえー」

 

少しずつ、重りが乗るように、心が重くなる。

わたくしはそんな心に蓋をするように早足で医務室へ向かう。

普段鍛えていないからか、早足でも息が上がり始める。

ドクドクと心臓の音が聞こえてくる気がした。

 

医務室に到着し、扉の付近から中を覗く。

 

「シェリーさ……!」

 

目に入った光景に衝撃を受け、咄嗟に隠れる。

 

 

なにをしていますの?

 

ズキン……ズキン……と心臓が痛む。

違う、これは息が上がっているせいだ。

 

バク……バク……と音が大きくなる。

違う、これはきっと風邪か何かだ。

 

吐きそうになるのを堪えながらもう一度中を覗く。

 

眼前に広がる光景は、シェリーさんがベッドに座っていて、ハルさんと思わしき人がシェリーさんの首に触れていて、顔の……距離が……ちかく、て……

 

うっ、と胃から何かが上がってくる感覚がしてトイレに駆け込む。

それとほぼ同時にわたくしは胃液を吐いた。

 

「うっ、おぇ……げぇ……はぁ、はぁ」

 

何度か吐き、落ち着いた頃にはもう胃液すら出なかった。

 

まだ日は高いが今日はもう何もする気になれず、このままドームテントに戻ろうとトイレを後にする。

 

すると、後ろから声をかけられた。

 

「あんたが遠野ハンナか?」

 

振り返ると、そこにはレイアさんと背丈が同じぐらいで一見男性と見間違えそうになる顔立ちの少女がいた。

 

「そう、ですわ。何か御用かしら?」

 

わたくしはこの気持ち悪さを悟られないよう、なるべく普段を装いながら返事をする。

 

「この時間はあんたが洗濯してるだろうから手伝ってやってくれって、ちと頼まれてな」

 

わたくしが洗濯物をしている事は大抵の少女は知っているだろう。

しかし、それに気にかけてくれるのはきっとシェリーさんだけで……そのシェリーさんが依頼したという事はこの人も医務室にいたという事と、シェリーさん自身は来られないという事を示していた。

 

「それならもう終わりましたわ。お気遣い感謝ですわ」

「そうか、なら良かった……って、あんた顔色悪くねぇか!?ほら、医務室行くぞ」

 

そう言うと彼女はわたくしを引っ張っていこうとする。

 

「や、やめてくださいまし!」

「はぁ?んでだよ、体調不良を見逃せってのか?」

「い、今は医務室になんて行きたくないんですの」

「意味わかんねぇ」

「だって、シェリーさんが……いるじゃありませんの」

「あんたら、喧嘩でもしたのかよ」

「そ、そんな所ですわ」

 

それなら、と食堂まで引っ張られる。

 

この人は何がしたいんだろうと考えながら身を任せると、食堂の椅子に座らされ常温の水を手渡される。

 

「ゆっくり飲め」

 

言われた通り、少しずつ飲んだ。

少しだけ、心が落ち着いた気がした。

 

「で、何されたんだよ」

「あなたには関係ないのではなくって?」

「それもそうか。でもな、あのシェリーがあんたと喧嘩するとは思えないんだ」

「あのシェリー……ってあなたはシェリーさんの何を知ってますのよ」

「少なくとも、喋ると必ず“ハンナさん”の名前が出る事は知ってるぜ」

「わたくしの名前?」

「あんたの事、かなり大事にしてるみたいだな」

「だったら……」

 

だったら、さっき見た光景は何だったんですの?

言いかけて、辞めた。

この人は答えを知っているだろうが、嫌な予感が当たっていたらわたくしはきっと立ち直れないぐらいに深い闇へと落ちてしまう。

 

「ま、とにかく悪いようにゃなんねぇよ。オレから言えんのはそれだけだ」

 

向かいに座っていた彼女はそう言って席を立とうとする。

それをわたくしは引き止めた。

 

「ひとつ、聞いてもいいかしら」

「なんなりと」

「あなたは、シェリーさんのなんなんですの?」

 

この人が医務室にいて、シェリーさんが洗濯物の手伝いを依頼したなら、この人も仲良くしているんだろう。

それがどんな関係なのかは計り知れないが、ハルさんよりはマシだろう。

そう、願いを込めてわたくしは問うた。

 

「オレとシェリーはただのダチだよ。どっちかっつーと、オレとハルが相棒?みたいな?」

「そう」

「あんたが何心配してんのか分かんねぇけど、オレから見ればハルもシェリーもただのダチだぞ」

「そんなの、分からないじゃない」

「……オレはあいつを庇って処刑までされたのに、ぽっと出の奴に取られてたまるかよ」

 

そう言った彼女の声音はとても低く、怒りと悲しみが入っているように聞こえた。

 

「う、疑って悪かったですわね。あなたがそこまで言うなら信じてあげてもよろしくてよ?」

「誰目線だよ」

 

ブハッと吹き出して笑った彼女はそれを最後に踵を返した。

 

“信じてあげてもよろしくてよ?”

 

先程はこう言ったが、心の底からシェリーさんを信じる事ができていない。

シェリーさんは自分では感情がない、なんて言いながら、友達想いで、優しくて、気を配れる。そんな人なのは誰が見ても明らかだった。

そんな彼女が誰からも好かれないなんてことは無く、実際に彼女を好意的に見ている人がいるのをわたくしは知っていた。

 

だからこそ、シェリーさん自身が誰かに惹かれる事があったらわたくしの元を離れるかもしれない。その相手はハルさんかもしれない。

 

そうなる前にいっそ、わたくしだけのシェリーさんになってくれないかしら。

そうなればずっと一緒にいられるのに。こんな気持ちになんてならないのに。

 

なんて、嫌な事を考えてしまいますわね。

 

そんな邪な想いを振り払うようにわたくしは水を飲み干し、席を立つ。

 

結局その日は何も手に付かず、ドームテントに帰って横になっていた。

 

いつの間にか寝てしまったのか、気付いたらテント内に差し込んだ光に目が覚めた。

 

「寝てしまっていたんですのね」

 

ゴロンと寝返りを打ち、シェリーさんのベッドに体を向ける。

彼女は今日も帰っていなかったようだ。

 

昨日、男勝りな少女の"ハルとシェリーはただのダチ"という言葉に少しだけ安心していた心がまた、重くなる。

それと連動するように体も重くなる。

 

それでも、ルーティンを崩すわけにはいかない。

誰かに悟られてしまうかもしれない。

それは嫌だった。

 

重い体を引きずるようにわたくしはテントを後にし、洗濯場へ向かう。

いつものように、たらいに水を張り、洗剤を入れ、洗濯板で衣類を擦っていく。

 

「痛っ」

 

鋭い痛みに自分の手を見ると数日前より手荒れが酷くなっている。

そういえば、シェリーさんは私がどうにかしますね、と言っていたが……

 

「傍にいないなら何の意味もないじゃありませんの」

 

心の声が漏れ出す。

同時に、生暖かい液体が わたくしの頬を伝う。

 

「わたくしをっ、一人にしないって、言ったじゃない」

 

ぽたぽたと涙が零れ、わたくしの服を濡らす。

 

「ハンナさん?」

 

後ろから声をかけられ、びくりと体が跳ねる。

その声は最も聴きたかった声で、過去に最も聴いた声だ。

 

ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは想像通りシェリーさんだった。

彼女は一瞬驚いた顔をし、直ぐにその表情を強張らせた。

 

「誰に泣かされたんですか」

 

そう言いながら座っていたわたくしと同じ目線の高さまで腰を落とし、彼女の手がわたくし涙を拭った。

 

「言いたくありませんわ」

「ダメです。教えてください」

「知ってどうするんですの」

「懲らしめますか?」

 

普段見ることのない表情でそう言う彼女。

そうですわね、少し懲らしめてやりましょうか。

 

「わたくしが、泣いたのはあなたのせい、ですわ」

「私ですか?」

「あなたは!わたくしを一人にしないって誓ったじゃない!なのに、ここ数日はずっとずっとハルさんハルさんって!テントにも帰ってこない、ご飯も一緒に食べてくれない、あなたのあの言葉はウソだったんですの!?」

 

少しだけ懲らしめるつもりが、不満が止めどなく溢れてしまう。

そしてわたくしは聞いてしまった。

 

「あなたとハルさんは一体どういう関係ですの!」

 

聞いて、ハッとする。

もしこれで親密な関係であったなら、わたくしは自死を選んでしまうかもしれない。

 

「ハルさんには、これを作る為に手伝ってもらってただけですよ」

 

シェリーさんはこれ、と呼んだものをわたくしに手渡す。

 

「これは?」

「ハンドクリームです。と言っても、手作りなので効果の程は分かりませんけどね」

「どうして、わざわざ作ったんですの?」

「ここでは生活必需品ぐらいしか頼めないじゃないですか。だから作るしかないかなぁって」

「それで、なんでこんなに時間がかかったんですのよ」

「そうですねー、では少しだけ話しましょうか」

 

それからシェリーさんはここ数日の出来事を話してくれた。

 

わたくしの手が荒れている事に気付き、アロマやクリームなんかを自作するのが好きなハルさんに接触を図った事。

材料は蜜蝋、精油、オイルだという事。

蜜蠟はミツバチから、精油は庭に生えてるローズウッドから、オイルはオリーブオイルから、それなら牢屋敷でも作れるという事。

 

まず取り掛かったのは蜜蝋。

ミツバチは日が沈んでから─時間にして21時以降に活動が静かになるため、夜に巣の採取をするしかなかった事。

 

だからあの日は帰ってこなかったんですのね。

 

翌日、ハルさんに報告した時に刺されていることにハルさんが気付いた事。

幸い、大事には至らなかったが数時間ベッドの上に拘束されていたらしい。

 

次に取り掛かったのは精油。

シェリーさんがミツバチに刺された上に厨房はご飯の準備で忙しかったようで、精油の抽出ができたのは夜だった事。

 

これで、2日間連続で帰ってこなかった理由がハッキリする。

 

わたくしは自身の心がスッと軽くなるのを感じた。

今なら昨日から気になっていた事を聞けるかもしれない。

 

「実は昨日、わたくしも医務室に行っているんですの」

「えぇ!?ハンナさん、体調悪いんですか!?それなら今すぐテントに戻りましょう!」

「話は最後まで聞きなさい、この猪突猛進女!」

「ぶー」

「ったく、わたくしが医務室に行ったのはあなたがそこにいるって聞いたからですわ」

「でもでも、ハンナさんの姿は見ませんでしたよ?」

「それは、その……あ、あなたとハルさんの距離が近くて……それを見て気まずくなったんですの 」

「距離が近い?そんな時ありましたっけ?」

 

頭にハテナを浮かべたような顔をするシェリーさん。

 

「あなたの首元に触れていたじゃありませんの」

「あぁ!あの時ですか!あれは刺された部分を見てもらってたんです!」

 

その後、ベッドに拘束されてお説教でしたー!と笑う彼女はおそらく何も反省していないだろう。

 

後でわたくしからもお説教ですわね。

 

これでようやく、シェリーさんの数日が知れ、わたくしは心底ほっとした。

 

「さ、シェリーさん!洗濯物の続きですわよ!」

「あ、待ってください!」

 

急に立ち上がったわたくしに倣い、シェリーさんも立ち上がる。

そのままシェリーさんはわたくしの手を取りハンドクリームを塗り始めた。

 

「今日からしばらくは私がやります」

 

彼女は想像つかないぐらい優しい手つきでわたくしにハンドクリームを塗る。

その手は温かく、クリームは滑りが良く、とても気持ち良かった。

 

「はい、できましたよ」

「わ、悪くないじゃありませんの」

「こういう時ぐらい褒めてください!」

「褒めてますわよ!」

「分かりにくいですー!」

 

きゃんきゃんと軽口を叩き合いながらシェリーさんは洗濯物を終わらせる。

その手際はかなり良くなっていた。

 

「あなた、いつの間にこんなにできるようになったんですの?」

「ずっとハンナさんを見ていたのでやり方は分かりますよ!」

「しれっと恥ずかしい事言いますわね」

 

そんなこんなで洗濯物を終えたシェリーさんは後ろで見守っていたわたくしに駆け寄ってきた。

 

「ハンナさんは今日もお裁縫ですか?」

「えぇ。あなたに贈りたいものがありますの」

「どんな物で?」

「今日の夜には嫌でも分かりますわよ」

「サプライズってやつですね!」

 

ノアさんのアトリエに到着し、ちくちくと縫い始める。

するとシェリーさんはまたふらっとどこかへ行こうとした。

 

「どこへ行くんですの」

「本を取りに行こうとしただけですよ?」

「わたくしも一緒に行きますわ」

 

不思議な顔をするシェリーさん。

もう、勝手にどこかに行ってほしくない。

そんな思いを込めて、彼女の指に自分の指を絡ませる。

 

図書館で目的の本を数冊見つけ、アトリエに戻る。

わたくしは裁縫を、シェリーさんは読書を始めた。

 

数時間後、あたりはすっかり暗くなり、ベランダから入る風が冷たくなってきた。

 

「すっかり遅くなっちゃいましたね」

「おかげさまで完成しましたわ」

「何を作ったんですか?シェリーちゃんに見せてください!」

 

はい、と彼女にそれを渡す。

ハンナが作ったのはチョーカーだ。

 

「緑とオレンジのバラ!ハンナさんらしいですね!それに……よく見ると、黒いバラも?」

「い、いいから!ほら、付けますわよ」

 

はーい、と後ろを向くシェリーさんの首に手を回しチョーカーを付けた。

 

「今更ですが、いいんですの?」

「なにがですか?」

「わたくし、あなたを縛るような事をしているんですのよ」

「構いませんよ!」

「ここ数日、ずっと寂しかったんですの。だから今後は何をしていても常に一緒じゃなきゃ嫌ですわ」

「私もです!」

「束縛も、独占もするかもしれないんですのよ?」

「どーんと来いです!」

 

いつもの調子でそう言った彼女はこちらを振り返り、不安と嫉妬に塗れたわたくしを抱きしめる。

その行動がたまらなく嬉しくて、わたくしも同じように抱きしめ返す。

 

あの時感じた寂しさも、悲しさも、心の痛みも。

今、こうしていると満たされるのも。

全部一つの想いだと。

この人の事がどうしようもなく好きなのだと。気付いた。


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